特務捜査官レディー(三十二)性転換
2021.08.05

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(三十二)去勢手術

 黒沢医師の言った【あそこ】とは、黒沢産婦人科病院の地下施設である。
 いわゆる闇病院として非合法的な治療を行っている。

「お、重いよお」
 男達を運ぶのを手伝われる真樹。
 敬が上半身を支えて、真樹が足を持って、黒沢医師が持ってきた患者用移送ベッド
に乗せている。真樹に万が一のことがあった時のために用意していたようだ。
「なさけないなあ……。これくらいで根を上げるとは」
「なによお。わたしは女の子なのよ、少しは気遣ってよ」
 幼少の頃から女性として暮らしてきた非力な真樹にはつらいものがあった。
 体格は完全に女性の身体つきをしているのだ。
 筋肉よりも脂肪の方が多く、腕を曲げてみても二の腕に力こぶすらできない。
「へいへい。確かに女の子でしたね」
 敬もそのことは良く知っているが、ふざけて言っているのである。
「もう……」
 ふくれっ面を見せる真樹。
「おいおい。いちゃついてないで、早く運んでくれ」
 黒沢医師がせっついている。
「いちゃついてないもん!」
「判った。判ったから早くしてくれ」

 ともかく部屋から地下駐車場までの間を、四人分都合四回もエレベーターの昇降を
繰り返す。途中数人の通行人と鉢合わせたが、こういう所に出入りする人間は、事な
かれ主義のものが多いので、いぶかしがりながらも黙認するように態度をみせて、そ
れぞれの目的の場所へと移動していく。最悪となれば、二人が持っている警察手帳を
見せればいいのだ。
 地下駐車場には、黒沢医師の助手が救急車で迎えに来ていた。
「よし。無事に運び終わったな」
 何とか男達を救急車に乗せ終わった。
「それじゃあ、先生。わたしはここで帰ります」
 美智子が別れることになった。
 真樹の救出を終えたところで用事は済んでいた。
「悪かったね。こいつらからアジトを聞き出したら、またお願いするかもしれないの
で、その時はよろしく」
「判りました。麗華様にはそう伝えておきます。では」
 レース仕様の重低音のエンジンを轟かせながら、美智子の運転するスーパーカーが
立ち去っていった。
「それじゃあ、私達も行くとしよう」
 黒沢医師の言葉を受けて、男達と一緒に救急車に乗り込む。
 前部の運転席には助手と先生とが座り、後部の救急治療部に適当に寝転がせた男達
と敬と真樹が乗り込んだ。
「狭いわ」
「我慢してくれ。すぐに着くから」
 救急車である。
 当然サイレンを鳴らしながら走り出す。男達が目を覚ます前に目的地に到着しなけ
ればならないからである。
 赤信号を注意しながら走りぬけ、混んでいる道も反対車線を難なく走り続けていく。
 そしてものの十数分で目的地に到着したのである。
「さすがに救急車だわ、早いわね。急用があったら乗せてもらおうかしら」
 事も無げに真樹が言うと、敬がたしなめるように答える。
「あのなあ……。無理言うなよ」
「言ってみただけじゃない」
「お帰りなさいませ」
 病院に勤務する医師や看護婦が出迎えていた。
「先生、手術の準備は完了しています」
「よし。男達を降ろして中へ運び入れる。裸の二人とこいつは睾丸摘出して、例の場
所へ移送してくれ」
「判りました」
 先生が指示したのは男優二人とカメラマンだった。
 どうやらここにいる医師団によって分業で同時に手術するようだ。
「たまたま……取っちゃうんですか?」
「ああ、これまでの悪行の罪を償ってもらう。盗聴していた会話を聞いていれば、罪
のない素人の女性を無理矢理強姦生撮りAV嬢に仕立て上げたり、散々な酷いことを
重ねていたようだからな」
「例の場所ってどこですか?」
「決まっているだろう。玉抜きした人間の行き着く場所は一つだよ。裏のゲイ組織で
働いてもらうのさ。まあ、よほどのことがない限り、そこから出ることはできないだ
ろう」
「ちょっと可哀想ね」
「同情かね。敬が飛び込まなければ、こいつらに犯されていたんだぞ」
「そ、それは……」
 言葉に詰まる真樹。
 法の番人の警察官として、ちゃんと裁きに掛けるのが筋だと思っているからである。
このような私刑というべき行為は許されていないのではないか……。
「私は、こいつを担当する」
 指差したのは、真樹をあの雑居ビルに連れ込んで、AVビデオを撮ろうとした勧誘
員だ。男達のリーダー的存在だった奴。
「やっぱり、たまたま取っちゃうのですか?」
「いや、こいつには別の手段を使う。何せ、売春組織のことを洗いざらい吐いてもら
わなければならないからな。組織のことを知っているのは、こいつだけだろうから
な」
「どんな手段ですか?」
「まあ、見ていたまえ」
 そう言って、含み笑いを浮かべたかと思うと、勧誘員を乗せた移送台を押して病院
の中へと入っていった。
 真樹と敬もその後に続いて行く。


 その勧誘員を運び込んだ部屋は、産婦人科で使われるあの診察台のある部屋だった。
「手伝ってくれ。こいつを診察台に乗せるんだ」
 言われるままに勧誘員を診察台に乗せるのを手伝う二人。
「そうしたら、こいつの手足を台に縛り付ける」
 両腕を台に縛りつけ、両足を足台に乗せた状態にして、動けないように固定する。
「よし、準備完了だ。目を覚まさせよう」
 薬品棚から瓶を取り出して、ガーゼに含ませている。
「気付け薬ですか?」
「そういうこと」
 そのガーゼを勧誘員の鼻先に近づけると……。
「ううっ!」
 といううめき声を上げて目を覚ました。
「こ、ここはどこだ?」
 開口一番、ありきたりな質問だった。
 まあ、それ以外には言いようがないだろうが。
 そして診察台に固定されていることに気づいて、縛られている状態から抜けようと
して盛んに身体を動かしていた。
 しかし無駄な行為だった。
「とある病院だよ」
「俺を、どうするつもりだ?」
「貴様が売春婦の斡旋業をしていることは判っているのだ。若い女性を『アイドルに
してあげよう』とか言葉巧みに誘い込んで、強姦生撮りビデオを撮影していた。そし
て、その後には売春組織に売り渡していたこともな」
「そ、それは……」
 図星を言い当てられて言葉に窮する勧誘員。
「これまでに侵した罪を償ってもらうことにする」
「な、何をするつもりだ?」
「強姦された挙げくに売春婦にされてしまった罪もない女性たちの苦しみをおまえに
も味わってもらうことにする」
「どういうことだ」
「おまえを女に性転換して、売春婦として一生を惨めに生きてもらうのさ」
「性転換だ……。売春婦だと? 馬鹿なことを言うな」
「信じたくもないだろうがな……」
 と言いながら再び薬品棚から別な薬剤の入ったアンプルを持ち出してくる黒沢医師。
「さて……。これが何か判るか?」
 アンプルを取り出して、その中の薬剤を注射器に移している。
「な、なんだ?」
「究極の性転換薬だ」
「性転換薬だと? 嘘も休み休み言え!」
「信じられんだろうな。だが、明日の朝になれば真実かどうか判る。その目で確認す
るんだな」
 その声は相手を脅すには十分過ぎるほどの重厚な響きを伴っていた。
「や、やめてくれ!」
 診察台に縛り付けられて、どこからともなく漂ってくる薬剤の匂い。明らかに病院
の中だと判る場所。
 そんな所で言われれば、さすがに本当なのかと思い始めているようだった。
「た、たのむ。何でも言う事を聞く。組織のことも喋る。おまえら警察だろう?」
 勧誘員の声は震え、懇願調になっていた。
「無駄だよ。お前の運命は決まってしまったんだ」
「本当だ。嘘は言わない。組織のことを喋る。おまえらそれが知りたいんだろう?」
 しかし、冷酷な表情を浮かべて、押し殺すような声の黒沢医師。
「諦めるんだな」
 そいういうと、注射を勧誘員の腕に刺した。
「やめろー!」
 黒沢医師が止めるはずもなかった。
 注射器のシリンダーが押し込まれ、薬剤が勧誘員の体内へと注入されていく。
「い、いやだ……やめて……くれ」
 勧誘員の声が途切れ途切れになり、そしてそのまま意識を失ってしまったようだ。

「どうしたんですか?」
 真樹が近づいて尋ねる。
「薬剤の中に睡眠薬を入れておいた。明日の朝まではぐっすりだ。逃げられないよう
に、このままの状態で置いておく」
「睡眠薬? 性転換薬じゃなかったのですか?」
「睡眠薬も入っているということだ。性転換薬というのは本当だ」
「冗談でしょう?」
 真樹は麻薬取締官であると同時に薬剤師でもある。
 現在市場に流通している薬剤のことならすべて知っている。
 性転換薬など、許認可されてもいなければ、開発されたという噂すら聞いたことも
ない。
「私の運営している会社は知っているだろう?」
「もちろんです。医者は副業、本職は薬剤メーカーの社長さんですよね」
「その通りだ」
「まさか、開発に成功されたのですか?」
「いや、奴に射ったのは試験薬だ。人間に投与しての臨床試験に入っていない」
「まさか、この男で人体実験を?」
 敬が核心に触れるように言った。
 意外なところで他人の心を読み取ることがある。
「あはは、その通りだ。何せ、臨床試験しようにも、出来る訳がないだろう? 女に
なりたいという人間は数多くいても、どうなるかも知れない怪しげなる薬を試してみ
ようという人間はいないさ。もっと確実に性転換できる手術が発達しているからな」
「なるほど……」
「明日の朝っておっしゃってましたけど……」
「ああ、動物実験から類推するに人間なら一晩で可能なはずだ」
「本当にできるのでしょうか?」
「だから、人体実験だよ。明日が楽しみだ」
 といって笑い出す先生だった。
「そんな……」
「まあ、興味があって成果を見たいなら明日来てみるんだな。成功か失敗か、いずれ
にしても面白いものが見られるはずだ」
「見に来ます! 乗りかかった船ですよ。最後まで見届けたいです」
「いいだろう。明日の午前九時にきたまえ。囮捜査のことで、明日も出勤日ではない
のだろう」
「はい。明日の九時ですね。必ず参ります」

 というわけで、奇妙なる性転換薬というものの存在を知り、もっと早くこれが完成
していて自分がそれを使うことが出来ていたら……。
 心底そう思う真樹だった。

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11
特務捜査官レディー(三十一)雑居ビル
2021.08.04

特務捜査官レディー・特別編
(響子そして/サイドストーリー)


(三十一)雑居ビル

 勧誘員が案内したのはどこにでもありそうな雑居ビルの一つだった。
 雑居ビルでは当然ともいうべき小汚い通路からエレベーターに乗って上へと向かう。
 車のなかにおいてもそうだが、怪しい男と二人きり、狭い場所に閉じ込められた状
態というのは息苦しいものである。勧誘は時折ちらちらとこちらの胸や足元にいやら
しい視線を投げかける。
 どの階でもいいから早く止まれ!
 女性なら誰しも思うだろう。
 やがてエレベーターは七階で止まった。
 相変わらず小汚い通路だ。どの階も同じなのだろう。
 火災とか起きたときの避難路とかは大丈夫かしらね……。

「ここだ」
 勧誘員が立ち止まったのは705というプレートの貼られた扉の前。
 ”エンジェルカンパニー”というどこにでもありそうなありきたりの企業名らしき
看板……というかシールが貼られていた。
 エンジェルカンパニー?
 あまりにも俗すぎて思わず噴出しそうになる。
 ○○カンパニーとか○○企画とかいうのはこの業界でよく使われる名前だ。
 その営業場所は、こういった雑居ビルやワンルームマンションなどである。
 決して一所で長期間も事務所や店を構えることはせずに、警察の摘発を避けるため
に転々と居場所を変えていくのである。また警察内部の事情に詳しくて、摘発情報を
売る情報屋などというものの存在もある。
「そういえば、あの刑事……今頃どうしているかしらね」
 佐伯薫として生活安全局の警察官としてAV業界の摘発を行っていた頃を思い出し
た。
 その刑事は、こういった場所や裏ビデオショップとかブルセラショップとかに出入
りしては、摘発情報を教えては幾ばくかの情報料をせびる悪徳刑事だった。ついでに
裏ビデオとかもただでくすね取る奴だった。裏事情に詳しく店を変えても執拗に居場
所を探し出してしまう。そいつに逆らってはこの業界では食っていけなくなるので、
店主達は仕方なくいいなりになっていた。
 こういった組織やその背後にある暴力団とかと密接に関わって、甘い汁を吸おうと
する悪徳刑事はいくらでもいる。
 摘発屋からの情報と背後関係とかを極秘裏に調べ上げて、その組織と刑事を逮捕に
至ったのである。懲戒免職の上、地方裁判所にて懲役5年の刑が下され、控訴したと
聞いたがその後の事は判らない。
「入りたまえ」
 勧誘員がドアを開けて中へと誘う。
 中へ入ると、ドアに鍵を掛けた。
 だろうね。
 こんな所に入ってこられると困るだろう。

「今、カメラマンを呼んでいるところだ。しばらく待っていてくれないか」
 応接セットを指差して、流し台のある方に行ったかと思うと、カップを持って戻っ
てきた。
「まあ、コーヒーでも飲みながら雑誌でも読んでいてくれ」
 と、持ってきたコーヒーカップとアイドル情報が載っている雑誌を、目の前のテー
ブルの上に置いた。
「コーヒーか……」
 おそらく睡眠薬が入っていると思われる。
 準備が整うまで眠らせておこうという魂胆である。
 これからこの男と、おっつけやってくる組織員とによって、繰り広げられるだろう
場面が想定された。
「素人本番シリーズ! 強姦生撮り! 奪われた処女!!」
 とかいったタイトルが付けられるだろうAV撮影場面である。
 誘いこんだ女性を身動きできないようにしておいて、本番の強姦シーンを撮影しよ
うというのである。
 それは女性が目を覚ましてから撮影が開始される。眠っていては迫力ある強姦シー
ンなどあり得ないからである。
 もちろん女性はまさしく強姦されるわけだから、逃げようとし必死で泣き叫ぶだろ
う。
 そんなことはお構いなしに、犯され苦痛にゆがむ様を生撮りしていくのである。
 強姦マニアにはよだれもののAVビデオの出来上がりである。
 撮影が終われば、
「言う事を聞かないと、今撮影したビデオをAV業界に売り渡すぞ」
 とか脅迫して口止めとすると共に、次なる段階である売春婦の道へといざなうのだ。
 女性が言う事を聞いて売春婦となるもならないも、結局ビデオは売られてしまうの
だ。

(五十四)睡眠薬

 それでも言う事を聞かない女性には、覚醒剤である。
 奴らの本当の目的は売春婦を斡旋することであり、AVビデオは副業として行って
いることなのだ。
 目の前に置かれた睡眠薬の入ったコーヒー。
 さて、どうするべきか……。
 飲まなければ、いつまで経っても先に進まない。
 覚醒剤の中和剤を投与しており、これは睡眠薬に対しても効果がある。
 だから薬で眠らされることはないのだが、眠っている振りをするのも、果たして上
手くいくかが問題だった。
 まあ、何とかなるでしょう。
 コーヒーカップを手に取って飲んでいく。
 コーヒーの独特の苦味によって、薬の味はかき消されている。
 コーヒーに含まれるカフェインは本来覚醒作用のあるものだが、睡眠薬の方が強力
なのでやがて眠りへと入っていく。
「あれ……。何だか眠くなってきたな……」
 いかに中和剤を飲んでいるとはいえ、完全に睡眠薬の効果を遮断することは不可能
だ。ある程度は効果が現れてしまう。
 そもそもこの囮捜査に際して、緊張と興奮によってここしばらく不眠状態が続いて
いたのである。睡眠不足と睡眠薬との相乗によって、いつしかまどろみを感じはじめ
ていた。
「まあ、いいわ。どうせ、組織員がやってくるまではしばらく時間がかかるだろうし
……」
 それに、今この状況は敬にも聞こえているはずだから……。
 というわけで、ちょっとばかし眠らせてもらうことにした。

 その頃。
 敬は、スーパーカーの中で真樹の髪飾りに仕込まれている盗聴器から届けられる音
声に聞き耳を立てると共に、車載のナビゲーションシステムに釘付けになっていた。
 真条寺家のメイドである神田美智子が持ってきたこのスーパーカーには、最新式の
ナビゲーションシステムが搭載されている。
 上空の衛星軌道にあるスパイ衛星や通信衛星に接続され、ありとあらゆる情報がリ
アルタイムで判るのである。
「今映っているのは、真樹さんのいる部屋の透視映像です。二つの生命反応が見られ
ます。この動いているのが勧誘員でしょう。そしてこちらの動かない点が真樹さんだ
と思われます」
 生きている人間はもちろんのこと物質であるものはすべて、常に熱を発生して目に
見えない遠赤外線や電波を出している。それはコンクリートの壁を透過してしまうほ
どのもので、その遠赤外線や電波を軌道上にある三つの衛星を使って三点透視図法的
に画像処理すれば、どんな場所でも3Dな映像として現わすことができるというわけ
だ。また人間は電気を通す導体でもあるから、地球地磁気の中で動き回ればフレミン
グの法則どおりに電場も生じる。それらの極微弱な電流変動さえをも見逃さずに感知
できる、完璧な究極の探知システムである。そんな最新鋭のシステムの端末がこの車
には搭載されているのである。それらはすべて、真条寺家当主である「梓」の生命を
守るために開発されたセキュリティーシステムの一部で、その一部を間借りして使わ
せてもらっているのである。もちろんそのために梓の専属メイドの神田美智子が同行
してきているのである。参照*梓の非日常より
「動かない?」
「先ほどの会話を聞いていなかったのか? 出されたコーヒーは当然睡眠薬入りだろ
う。薬が効いて眠ってしまったか、眠った振りをしているかのどちらかだ」
 黒沢医師が解説する。
「なるほど……」
「とにかく奴らの仲間が来るまでは安全だろう。何にしても部屋の様子はこうして手
に取るように判るのだ。とにかく、気長に待つしかないだろう」
 敬としても判りきっていることである。
 奴は覚醒剤を所持しているはずである。
 それだけでもとっ掴まえる材料にはなるが、仲間をも一緒にまとめてしまったほう
が、後々のためにもなる。
 だいいち令状もなしに踏み込むことなどできないじゃないか……。
 とはいえ、恋人である真樹を渦中の只中に置いていることには心中ただならぬもの
があるのだ。今すぐにでも駆け込んで真樹を救出したいという気持ちで一杯であった。
「まあ、何にせよだ。真樹ちゃんは、身に降りかかるであろうすべてを承知の上で頑
張っているのだ。恋人としてやるせない気持ちは理解できるが、彼女が成果を挙げる
までは、ここから見守ってやろうじゃないか」
 その時、美智子が突然叫んだ。
「あ! 不審な車が駐車場に入っていきます」
「どれどれ?」
 黒沢医師と敬がナビゲーターに目を移す。
 黒フィルムを全面に張って中を見えなくした車が地下駐車場に入っていくところだ
った。
「いよいよだな」

(五十四)睡眠薬

 それでも言う事を聞かない女性には、覚醒剤である。
 奴らの本当の目的は売春婦を斡旋することであり、AVビデオは副業として行って
いることなのだ。
 目の前に置かれた睡眠薬の入ったコーヒー。
 さて、どうするべきか……。
 飲まなければ、いつまで経っても先に進まない。
 覚醒剤の中和剤を投与しており、これは睡眠薬に対しても効果がある。
 だから薬で眠らされることはないのだが、眠っている振りをするのも、果たして上
手くいくかが問題だった。
 まあ、何とかなるでしょう。
 コーヒーカップを手に取って飲んでいく。
 コーヒーの独特の苦味によって、薬の味はかき消されている。
 コーヒーに含まれるカフェインは本来覚醒作用のあるものだが、睡眠薬の方が強力
なのでやがて眠りへと入っていく。
「あれ……。何だか眠くなってきたな……」
 いかに中和剤を飲んでいるとはいえ、完全に睡眠薬の効果を遮断することは不可能
だ。ある程度は効果が現れてしまう。
 そもそもこの囮捜査に際して、緊張と興奮によってここしばらく不眠状態が続いて
いたのである。睡眠不足と睡眠薬との相乗によって、いつしかまどろみを感じはじめ
ていた。
「まあ、いいわ。どうせ、組織員がやってくるまではしばらく時間がかかるだろうし
……」
 それに、今この状況は敬にも聞こえているはずだから……。
 というわけで、ちょっとばかし眠らせてもらうことにした。

 その頃。
 敬は、スーパーカーの中で真樹の髪飾りに仕込まれている盗聴器から届けられる音
声に聞き耳を立てると共に、車載のナビゲーションシステムに釘付けになっていた。
 真条寺家のメイドである神田美智子が持ってきたこのスーパーカーには、最新式の
ナビゲーションシステムが搭載されている。
 上空の衛星軌道にあるスパイ衛星や通信衛星に接続され、ありとあらゆる情報がリ
アルタイムで判るのである。
「今映っているのは、真樹さんのいる部屋の透視映像です。二つの生命反応が見られ
ます。この動いているのが勧誘員でしょう。そしてこちらの動かない点が真樹さんだ
と思われます」
 生きている人間はもちろんのこと物質であるものはすべて、常に熱を発生して目に
見えない遠赤外線や電波を出している。それはコンクリートの壁を透過してしまうほ
どのもので、その遠赤外線や電波を軌道上にある三つの衛星を使って三点透視図法的
に画像処理すれば、どんな場所でも3Dな映像として現わすことができるというわけ
だ。また人間は電気を通す導体でもあるから、地球地磁気の中で動き回ればフレミン
グの法則どおりに電場も生じる。それらの極微弱な電流変動さえをも見逃さずに感知
できる、完璧な究極の探知システムである。そんな最新鋭のシステムの端末がこの車
には搭載されているのである。それらはすべて、真条寺家当主である「梓」の生命を
守るために開発されたセキュリティーシステムの一部で、その一部を間借りして使わ
せてもらっているのである。もちろんそのために梓の専属メイドの神田美智子が同行
してきているのである。参照*梓の非日常より
「動かない?」
「先ほどの会話を聞いていなかったのか? 出されたコーヒーは当然睡眠薬入りだろ
う。薬が効いて眠ってしまったか、眠った振りをしているかのどちらかだ」
 黒沢医師が解説する。
「なるほど……」
「とにかく奴らの仲間が来るまでは安全だろう。何にしても部屋の様子はこうして手
に取るように判るのだ。とにかく、気長に待つしかないだろう」
 敬としても判りきっていることである。
 奴は覚醒剤を所持しているはずである。
 それだけでもとっ掴まえる材料にはなるが、仲間をも一緒にまとめてしまったほう
が、後々のためにもなる。
 だいいち令状もなしに踏み込むことなどできないじゃないか……。
 とはいえ、恋人である真樹を渦中の只中に置いていることには心中ただならぬもの
があるのだ。今すぐにでも駆け込んで真樹を救出したいという気持ちで一杯であった。
「まあ、何にせよだ。真樹ちゃんは、身に降りかかるであろうすべてを承知の上で頑
張っているのだ。恋人としてやるせない気持ちは理解できるが、彼女が成果を挙げる
までは、ここから見守ってやろうじゃないか」
 その時、美智子が突然叫んだ。
「あ! 不審な車が駐車場に入っていきます」
「どれどれ?」
 黒沢医師と敬がナビゲーターに目を移す。
 黒フィルムを全面に張って中を見えなくした車が地下駐車場に入っていくところだ
った。
「いよいよだな」

(五十五)強姦生撮り

 それからしばらくして、例の透視映像に三つの点滅が増えた。
 そして真樹のそばに近づいていった。
「一人はビデオカメラマンで、後の二人は……おそらく男優だろうな」
 と、ぽつりと黒沢医師が呟いた。
 強姦生撮り撮影が開始されるというわけである。
 男優一人では強姦生撮りは難しい。女性が必死で抵抗すれば事を成されることを防
ぐこともできる。
 そこで抵抗する女性を押さえつける役も必要というわけであろう。気絶させては迫
力ある強姦シーンにはならないからだ。
 あくまで泣き叫ぶ女性の姿が欲しい!
 というところだ。

 つと敬が腰を上げた。
「行くのか?」
 それには答えずに黙って車から降りて雑居ビルの方へと一人歩き出した。
「しようがないな……。まあ、恋人が犯されるのを黙ってみている訳にもいかないか
……」
 それを眺めて美智子が尋ねる。
「行かせてよろしいのでしょうか? 当初の予定ではここから売春組織のあるアジト
まで案内させるはずでしたよね。今踏み込んでしまえば、その機会を失うことになる
のではないでしょうか。彼らを捕らえたところで、そう簡単には組織を売るようなこ
とはしないでしょう」
「まあな。通常の手段で、奴らのアジトを吐かせることは無理だろう」
「では、なぜ?」
「私に考えがある。否が応でも吐きたくなるような方法をね」
 と言って、黒沢医師も車を降りて敬の後を追った。
 一人残された美智子。
「もう……。わたしは何のために来たのか……」
 実は、相手を策略に掛けてアジトを探し出し、売春組織を壊滅させる。
 そんなスリリングな期待を抱いていたのである。
 ここで踏み込んでしまえばそれでおしまいである。
「つまらないわ……」
 ぼそっと呟いて苦虫を潰したような表情の美智子であった。

 雑居ビルの一室。
 ベッドの上で眠っているその周囲でカメラ機材を並べている男達がいる。
 部屋の隅では男優とおぼしき男二人が服を脱いでいる。
 その傍らで勧誘員が説明をしている。
「今日は強姦生撮り撮影だ。女が目を覚ましたところからはじめるぞ。いつも通りに、
女が泣き叫ぼうがなんだろうが、構わずにやってしまえ!」
「女は処女ですか?」
「いや、そうでもなさそうだ」
「ちぇっ、それは残念だ」
「ふふん。で、今日はどっちが先にやるんだ?」
「今日は、俺からっすよ。前回はこいつでしたからね」
「しかし今日のは、ずいぶん綺麗な女じゃないですか。前回のはひどかったですから
ね。仕事だから仕方なくやりましたけど」
「だめっすよ。交代はしませんからね」
「とにかく一ラウンド目はいつも通り。ニラウンド目は、覚醒剤を打って淫乱女風に
なった状態で撮る」

 そんな男達の会話を、真樹は目を覚ました状態で聞いていた。
 うとうとと眠ってしまったが、男達が周りで動き回る音に目を覚ましたのである。
「ひどいことを言ってるわね……」
 覚悟していたとはいえ、いざ男達に取り囲まれ、強姦生撮りされると思うと、さす
がに緊張は極度に高ぶっていた。
 しかし、それもこれもより多くの女性たちを救うための人身御供である。
 何とかこの試練に耐えて、奴らのアジトに潜入しなければならないのである。
 身が引き締まる思いであった。

「よし! ビデオの準備OKだ。はじめてくれ!」

 その合図で、男優達が動き出した。
 真樹の横たわっているベッドに這い上がってきた。
「きた!」
 思わず身を硬くする真樹であった。

(五十六)手を上げろ!

 きしきしとベッドが鳴る。
 男優がすぐ間近に近づいてくる。
 さすがに心臓が早鐘のように鳴り始める。
 あ……ああ。
 捜査のための囮とはいえ、やはり後悔の念がまるでないとは言えない。
 ごめん、敬……。
 貞操を汚されることにたいして、敬には許してもらいたくも、もらえるものではな
いだろう。
 ごめん、敬……。
 何度も心の中で謝り続けていた。

 そしてついに男が身体の上にのしかかってきた。
「おい。頬を引っ叩いて目覚めさせろ。眠っていちゃ、いい映像が撮れねえよ」
 カメラマンが忠告する。
「判った」
 ちょっとお、わたしは敬はおろか、母親にだってぶたれたことないのよ。

 その時だった。
 部屋の扉がどんどんと叩かれたのだ。
「なんだ?」
 一斉に扉の方に振り向く男達。
 そして次の瞬間。
 扉がバーン! と勢い良く開いて……。
 敬だった。
「何だ! 貴様は?」
「おまえらに答える名前はない」
 と背広の内側から取り出したもの。
 拳銃だった。
 え?
 敬、それはやばいよ。
 ここはアメリカじゃないのよ。日本なのよ。
 取り出したのはS&W M29 44マグナムだ。
 敬の愛用の回転式拳銃である。
 その銃口が男達に向けられている。
 さすがに男達も驚き後ずさりしている。
「か弱き女性に手を掛ける極悪非道のお前達に天罰を加える」
 と、問答無用に引き金を引いた。
 一発の銃声が轟いた……。
 ……はずだったが、銃声がまるで違った。
 実弾はこんな音はしないだが……。
 振り向いてみると、裸の男優の胸が真っ赤に染まっている。
 驚いている男優、そしてそのまま倒れてしまった。
 それを見て、他の男達が怯え震えながら、
「た、助けてくれ!」
「い、命だけは」
 と土下座して懇願している。
 つかつかと男達に歩み寄っていく敬。
「この外道めが」
 と、軽蔑の表情を浮かべ、当身を食らわして気絶させてしまった。
 そして、
「おい、真樹。大丈夫か?」
 と声を掛ける。
「大丈夫も何も……。計画が台無しじゃない」
 ベッドから降りながら、敬に詰め寄る。
「もう……。これじゃあ、こいつらからアジトの情報を得ることができなくなったじ
ゃない。せっかくわたしが囮となって潜入した意味がないわよ」
「だからと言って、真樹が犯されるのを黙ってみていられると思うか? おまえだっ
て俺のそばで他の男に抱かれたいのか?」
「それは……」
 急所を突いてくる敬。
 ここで肯定したら関係がまずくなるのは間違いない。
 声がかすれてくる。
「で、でも……。アジトが判らなくなったわ」
「それなら何とかなるだろう」
 と、後ろから声が掛かった。
 振り返ると、黒沢医師がのそりと部屋に入ってくる。
「先生。それはどういうことですか?」
「説明は後だ。ともかくこいつらを私の仕事場に連れて行く」
「仕事場って……。あそこですか?」
「そう……。あそこだ」
「判りました」
「ともかく目を覚まさないように、麻酔を打っておこう」
 と、手にした鞄を開いている。まったく……用意周到なドクターだ。
 それにしても男優はどうしたんだろう?
 敬の撃ったのは実弾じゃない。
 明らかにペイント弾だった。
「この人はどうしたの? ペイント弾が当たっただけでしょう?」
 胸を真っ赤にして倒れている男優を指差して尋ねる。
 それに先生が答えてくれた。
「ああ、撃たれて真っ赤な血のようなものを目にすれば、誰だって本当に撃たれたも
のと勘違いする。ショックを起こして気絶しても無理からぬことだろう」
「そんなものでしょうか?」
「ああ、銃口を向けられただけでも怯えてしまうくらいだからな」

 やがて麻酔注射を射ち終えた男達を運び出すことなった。
 奴らが乗ってきた車を探し出して分乗して、あそこへと向かうのだ。
 先生は一体何をしようというのだろうか……?

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響子そして(三十)大団円(最終回)
2021.08.03

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(三十)大団円(最終回)

 舞台稽古に向かっていたあの日。
 あの舞台は演じられることなくお蔵入りになったはずだった。
 しかし、わたしの人生という舞台においてそれはすでに開幕し着々と進行していたのだった。裕福だったわたしが、少年刑務所で娼婦となり、明人という王子さまが登場して婚約。組織抗争という戦争で死んだと思われた王子さまは、生きて戻って来た。
 そして今、舞台は大団円を迎え、娼婦だったわたしは、憧れの王子さまとの結婚式に臨んでいる。

 ついにその日を迎える事ができた。
 軽井沢別荘近くにある教会。
 わたしと里美、そして由香里と三人娘。花嫁の控え室で真っ白なウエディングドレスに身を包んでいる。里美の縁談もまとまってこの日を迎えることができた。何せ、最初に縁談を持ってきたのは相手の方、花婿が社内一の美人な里美に一目惚れ、黒沢英子という資産家のバックボーンもあれば、まとまらないはずがなかった。その後の交際で里美もその見合い相手を気に入り、相思相愛となっていた。何度か見たけど、結構いい男って感じね。
 里美と由香里には母親が付き添って化粧などを手伝ったりしている。母娘共々、本当に幸せそうな顔をしている。
 わたしには母親がいなかった。代わりに屋敷のメイドが数人来ている。
 母親をその手に掛けたのは自分自身だった。
 哀しかった。
 この姿を母親に見てもらいたかった。
 今ここに生きた母親を連れて来てくれたなら、何千億という財産のすべてを差し出してもいい……。しかしそれは適わぬ夢。いくら英子さんでも灰になってしまった母親を生き返らせてくれることはできない。
「お姉さん、大丈夫?」
 里美が声を掛けてきた。
 長らく一緒に暮らしているから、わたしの一喜一憂を感じ取ることができる……みたいだ。
「表情、ちょっと暗いよ」
「そう見える?」
「うん……」
 そうよ。
 わたしが哀しい表情をしていると、里美まで哀しい思いをさせることになる。
「ちょっと昔のことを思い出してたからかな……」
「あの……お母さんを殺した……?」
「ええ、でも……もう、どうしようもないのよね……」
 思わず涙が出てきた。
 それは、母親を手にかけたあの時の涙……のような気がした。
 ああ、こんな時にだめだよ。そう思えば思うほど涙が溢れてくるのだった。
「お姉さん。泣いちゃだめだよ」
「そういう、あなたこそ泣いてるじゃない」
 里美は涙もろい。人が泣いているとすぐにもらい泣きする。
「だって、お姉さんが泣いているから」

 そうだ。
 いつまでも過去の涙を流し続けているわけにはいかない。
 麻薬取締官の真樹さんにも言ったじゃない。
「もう気にしていないわ。過ぎてしまったことは仕方ありませんから。楽しい思い出だけを胸に、前向きに生きていきたいと思っています」
 ……と。

「ごめん、ごめん。泣いている場合じゃないわよね」
「そうだよ。これから幸せになるんだからね」

 その時、真菜美ちゃんが三人の花婿達そして祖父を連れて入ってきた。
「じゃーん! 花婿さんを連れてきたわよ」
「わーお。きれいどころが三人もいる。素敵だあ」
 わたしの夫となった磯部秀治の姿もあった。
 磯部家を残したかった祖父の希望を入れて、磯部を名乗ることにしたのだ。祖父の養子として入籍したのではなく、婚姻届で夫婦名の選択で磯部を選んだのだ。元々柳原は他人の名前だから、何の未練もないと言ってくれた。
「なんだ、泣いていたのか?」
「うん。お母さんのこと考えてたら、つい……」
「その気持ちは俺にも判るよ。しかしいつまでも過去にばかりこだわっていちゃだめだよ」
「判ってるわ」

 結婚式がはじまった。
 荘厳なオルガンの演奏される中、わたしはおじいちゃんに誘導されてバージンロードを、神父の待つ教壇に向かって歩いている。その後ろには、同じように里美と由香里が続いている。誰が先頭を行くかというので一悶着があったが、結局歳の順ということで決着した。婚約順とか若い順とか、わたしは意見したのだが、歳の順という二人に負けた……。言っとくけどわたしは再婚なんだからね。
 教壇の前に立つ秀治の姿が目に入った。
 おじいちゃんが抜けて、わたしは秀治の隣に立つ。他の二人も両脇の新郎にそれぞ
れ並んだ。

 
 真樹さんもその隣に、恋人と仲良く並んで座っている。英子さんが招いたようだ。英子さんにとっては、わたし達も真樹さんも、自ら臓器移植を手掛けた患者はすべて、大切なファミリーの一員と考えているのだ。

 曲が変わって、結婚の儀がはじまった。
 よくあるような祝詞が上げられ宣誓の儀を経て誓いのキスとなった。
「それでは三組の新郎新婦、誓いのキスを……」
 三人の花婿が一斉に花嫁と向かい合った。秀治が覆っているベールを上げて唇を近づけてくる。静かに目を閉じそれを受け入れるわたし。
 場内にどよめきがあがった。
「神の御名において、この三組の男女を夫婦と認める。アーメン」


 結婚式は滞りなく終了し、わたし達三人は、晴れて夫婦となった。
 教会の入り口で、参列者から祝福を受けるわたし達。
 親戚一同、会社の同僚達が集まって、歓声をあげている。
「三人ともきれいだよ」
「お幸せにね」
「ブーケ、お願い」
 わたし達花嫁はそれぞれブーケを手にしている。恒例のブーケ投げだ。それを受け取ろうと未婚の女性達が群がっていた。
 わたしの視界に、ブーケ取りの群衆から少し離れたところにいる真樹さんの姿が映った。隣には敬さんの姿もある。真樹さんは、敬さんと結婚するつもりみたいだから、ブーケ取りには参加しないのかな。
 その敬さんに向けてブーケを投げるわたし。強く投げ過ぎたブーケは弧を描いて、
敬さんの頭上を通り過ぎるが、軽くジャンプしてそれを受け止めてくれた。それを真樹さんに手渡して、頬にキスをした。
「もう……いきなり、何よ」
 怒ってる。でも本気じゃない。
「何だよ、ほっぺじゃ嫌か。それなら」
 抱きしめて唇を合わせる敬さん。
 おお!
 公衆の面前で唇を奪われて、しばし茫然自失の真樹さんだったが、気を取り戻して、

 パシン!

 敬さんに平手うちを食らわした。
「もう! 知らない!」
 頬を真っ赤に染め、すたすたと会場を立ち去っていく。敬さんがあわてて後を追う。真樹さんが、会場出口付近でふと立ち止まり、ブーケを持った手を高く掲げて叫んでいた。
 サンキュー!
 声はここまで届かなかったが、そう言ってるみたいだった。
「敬さんと仲良くね。今度のヒロインは真樹さん。あなたなんだから」
 わたしは心の中でエールを送った。

 了

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