特務捜査官レディー(二十一)行動開始
2021.07.25

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(二十一)行動開始


「さて仕事だ! そいつの機能説明しよう。と言っても、俺も聞きかじりだから詳しく説明できないがね。真樹ちゃんのことだから、試行錯誤ですぐに覚えてしまうだろうね」
「そうそう。課内にあるパソコンの接続設定とかインストールとかできちゃうんだから」
 確かに言われるとおりにパソコンとかPDAとかの扱い方には強い真樹だった。
 初心者にありがちなのは、ソフトを動かしてパソコンを壊したりはしないか? とか、下手にファイルを削除して動かなくなったとか、余計な心配したり懲りて触るのが怖くなってしまうことである。パソコンは落としてハードディスクなどの機械部分を壊すとかでなければ、ソフトを操作したぐらいでは壊れるものではない。ファイルの削除でも、ゴミ箱の中身を元に戻したり、WINDOWSならシステム復元を実行すればある程度元に戻るものだ。
「たいしたことありませんよ。毎日のようにパソコンに触れている、今時の女の子なら誰でもできますよ」
「まあ、そうだけど。時代の隔世を感じるね」
 ともかくも一応、機能説明を受けて一通りのことは理解できた。
「それで肝心の奴の顔を知っているのは、我々の中にはいないので……」
「いないんですか!? それじゃあ、どうやって」
「まあ、最期まで聞け。以前に覚醒剤の売人を捕らえていて、刑を軽減するから仲買人を教えろということで、協力してくれる奴がいる。その端末にそいつの写真画像がインプットしてあるから、顔を覚えておくんだ」
 端末を操作して売人の写真を表示する真樹。
「ああ、これね。女の人」
「前から言っているように、奴に近づけるのは女性だけだ」
「そうだったわね。この女性に接触すればいいの?」
「いや、逆に知らぬ振りをして、そいつが奴と接触するまで待つんだ。いわゆる泳がせ捜査で、覚醒剤を買い付けることで奴と接触するように手筈が整っているはずだ。そいつが奴と接触し、覚醒剤を受け渡したその瞬間を、麻薬取引の現行犯で押さえるのだ」
「捜査に協力する振りをして、その人が逃げたり逆に相手と結託したりしたら?」
「それはない。彼女が覚醒剤の売人になったのは、奴の属する組織に子供を人質に捕られていて仕方なくやっていたのだ。現在子供はこちらで保護している。今回の件が成功したら、執行猶予処分が付くことになっていて、収監されることもなく子供と一緒に暮らせる」
「司法取引というやつですね。でも日本ではまだ法整備が整ってないですが」
「まあな、いわゆる裏取引というやつだよ」
「なるほどね……結局、当局も彼女を利用しているというわけね。それじゃ、組織と同じじゃない」
「ち、違うぞ! これは……」
 と反論しようとした時だ。
「あ、待って! 挙動不審な女性がいるわ。きょろきょろあたりを窺っている。あ、この写真の人だ!」
「来たか!」
「じゃあ。あたし、行きます」
「おお、気をつけてな。何かあればすぐに連絡するんだ」
「判りました!」
 車を降りて、ホテルに向かって歩き出す真樹。
 胸元には、麻薬取締官を示す目印のブローチを付けている。
 相手もそれに気づいて、おどおどしながらも中へ入っていく。
「さあ、これからが勝負よ」
 と、振り向きざまに指を二本立てて、後方のバンの中にいる同僚にピースサインを送るのであった。
「あの、馬鹿が……遊びじゃないんだぞ」
 頭を抱えて、これからのことを不安に感じる主任取締官なのであった。

囮捜査や泳がせ捜査は、一般の日本警察官には認められていないが、麻薬取締官には例外として認められている。
日本の司法取引については、2014年9月18日に法制審議会で審議されて、2016年5月に改正刑事訴訟法で成立、2018年6月1日より施行。


 売人の後を追うようにしてレディースホテルに入る真樹。
 泳がせ捜査の始まりだった。
 売人を追跡しつつ、近寄る不審人物をチェックする。
「さあて、どんな奴だろうね」
 仲買人の顔を知っているのは、売人だけである。
 まだ時間があるのか、ロビーの応接セットに腰掛けていた。
 彼女が観察できる位置の応接セットに腰掛け、ホテルを出入りする人物をチェックすることにする。
「あたしの知っている人物は来るかな」
 女性警察官時代に担当した麻薬課の犯罪者リストの顔写真が思い起こされる。もちろん自分自身で逮捕した容疑者もいるが、そういう人物に顔を覚えられているとやっかいだ。
「ばれたりしないよね」
 顔を整形しているとはいえ、どことなく面影が残っているかも知れないし……。
 この泳がせ捜査に関わらず、今後の麻薬取締においても、警察官なり麻薬取締官なりの顔を覚えられると、逃げられる確立が高くなって問題なのだ。
 もっとも女性警察官時代においても、実は男性だったことを知る容疑者たちはいないはずだが。
 彼女はまだ動かない。
 その間も、ネット手帳を使って、同僚達と連絡を取り合う。
 まあ、他人目にはインターネットで調べものしている風に見えるだろう。
「あ、動いた!」
 席を立ち、階段を昇りはじめる売人
 エレベーターがあるのに階段を使うのは、精神を落ち着かせるためであろう。エレベーター内は閉鎖空間であり、息が詰まるものである。犯罪に関わるものは、すぐに逃げられるような行動を無意識にとるものだ。
『今、移動をはじめました』
 電子手帳に入力して、同僚たちに知らせる。
『仲買人がどこかで監視しているかも知れないから、慎重に行動してくれ。何かあったらすぐに連絡してくれ』
 すぐに返信メールが返ってくる。
『了解しました』
 電子手帳を閉じて、ショルダーバックに納めて、売人の後を追いかける。
 警察時代にも囮捜査に何度も借り出された経験もある。尾行の方法とか注意点とかを叩き込まれた経緯があるから、その経験をここでも発揮すればいいのである。
 まず一番大切なことは、それぞれの階の見取り図をしっかりと把握しておくこと。
 取引の行われる化粧室を中心として、エレベーターや階段(非常階段含む)の位置関係。通路がどのように繋がっているかなど。犯人の逃走ルートは確実に押さえておく。

 化粧室は、その名の通りに化粧をする所である。
 一般的にはトイレも併設してあるが、化粧室だけというホテルもあるので、要注意である。
 敬とニューヨーク観光してた時に、急に用がしたくなってホテルに駆け込んで化粧室に入って驚いたことがあった。
 化粧とトイレは、はっきり区別しておいた方が良い。上品ぶって化粧室はどこですかと聞いたりなんかすると、ほんとにトイレのない化粧室に案内される。トイレに行きたければトイレとはっきりと尋ねるべきである。
 おっと横道にそれた。
 何にせよ。トイレではなく化粧室でよかった。
 化粧直しに念入りに時間を掛けられるから、売人や接触してくるはずの仲買人の観察もそれだけじっくりと行えるからである。三十分くらい化粧直しに専念する女性なんかざらにいる。
 もちろん直接眺めたり、化粧室内の大鏡で見ることはしない。あくまで観察は化粧用のコンパクトの鏡を使って、こっそりとばれないように気をつける。
 鏡の中の売人はおどおどとし続けであった。
(あーあ……。あれじゃあ、仲買人に何かあると察知されちゃうじゃない)
 こりゃあ、それと判明しだい即座に行動に出ないと逃げられちゃうかも。
 と思った時だった。
 売人の表情が変わった。
 来たみたいね……。
 コンパクトの鏡の角度を変えて、入ってきた人物の顔を捉える。
(へえ、彼女が仲買人か……)
 ちょっと背が高めの冷たい感じのする女性。
(化粧が濃いわね……)
 一目そう思った。それだけでなく、着ている服にもどこかアンバランスで、今時の女性はこんな着方はしない。ファッションに敏感な女性の目には異様な雰囲気だった。
 まさか……女装してる?
 緊張している売人は気づかないのかも知れないが、明らかに男性が女装しているようだ。

 間違いない! 仲買人は女装した男性だ。

 女性の服を着て化粧し、かつらを被っていれば、人は中身も女性だと思い込む。
 よほどの男性的な顔や姿をしていなければ、堂々と正面を向いて歩いていると、意外と気づかれないものだ。これが女装に自信がなくおどおどとしていると、注目の視線を浴びてしまって気づかれてしまう。
 この仲買人も、気をつけて見ていなかったら、見落としてしまうところだった。

 取締りの現場に駆り出される麻薬課の警察官や麻薬取締官は男性ばかりである。危険な仕事に女性を従事させることはできない。真樹のように志願でもしない限りは。
 女装して、レディースホテルの化粧室を利用することで、安心して麻薬取引ができる。

(考えたわね)

 ゆっくりと注意深く売人に近づいていく仲買人。
「ひさしぶりね」
「は、はい」
「金は持ってきたわね」
「もちろんです」
 バックを開けて中身を見せる売人。
「いいわ」
 二人は小さな声で商談をしている。
 仲買人は、声のトーンを高くし女性らしく振舞っているが、やはり男性の声だ。
 売人は気づいていない。
「どうしたの? 震えているじゃない」
「そ、それは……」
「まさか! サツを呼んだわね」
 気づかれてしまった。
 仲買人は、バックを開けて中から拳銃を取り出した。その際に紙包みがこぼれ落ちる。
 覚醒剤だ!
 これで証拠は挙がった。
「さては、あなたね」
 その銃口がわたしを捉える。
 この化粧室には、その二人を除けばわたししかいなかった。
「言いなさい! あなたは誰?」
 ばれてはしようがない。

 彼女の持っている拳銃は、ベレッタのM1919(25口径)のようだ。小型ながらも装弾数は8発の自動拳銃。対してこちらの持っているのはレミントン・ダブルデリンジャー(41口径)の二発だけ。
 破壊力はデリンジャーだが、弾数と命中精度はM1919の勝ちである。

 絶体絶命のピンチ!

 ……かしら?

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響子そして(二十)遺産
2021.07.24

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(二十)遺産

「どうやら君は、いずれ響子が相続する遺産を狙っているような人間じゃなさそうだな」
「おじいちゃん! 秀治はそんな人じゃありません」
「判っているよ。今まで、お母さんやおまえに言い寄ってくるそんな人間達ばかり見てきたからな。懐疑的になっていたんじゃ。だが、彼の態度をみて判ったよ。真剣だということがな。まあ、たとえそうだったとしても、響子が生涯を共にすると誓い合った相手なら、それでもいいさ。儂の遺産をどう使おうと響子の勝手だ」
「遺産、遺産って、止めてよ。おじいちゃんには長生きしてもらうんだから」
「あたりまえだ。少なくとも、曾孫をこの手に抱くまでは死なんぞ」
「もう……。おじいちゃんたら……」
 ゆっくりと祖父が立ち上がる。腰が弱っているので、わたしは手を貸してあげた。
「秀治君と言ったね」
「はい」
「孫の響子をよろしく頼むよ」
「もちろんです。死ぬまで、いや死んでもまた蘇ってきますから」
「やだ、ゾンビにはならないでよ」
「こいつう……」
 秀治に額を軽く小突かれた。
 わたしの言葉で、部屋中が笑いの渦になった。
「あ、そうだ。遺産って言ったけど、わたしには相続権がないんじゃない? 法定相続人のお母さんをこの手で殺したんだもの」
「遺言を書けばいいんだよ」
「あ、そうか」
「儂の直系子孫は、娘の弘子の子であるおまえだけだ。遺産目当ての傍系の親族になんかに渡してたまるか。まったく……第一順位のおまえの相続権が消失したと知って、有象無象の連中がわらわら集まってきおったわ」
「でしょうね。お母さんが離婚した時も、財産目当ての縁談がぞろぞろだったもの」
「とにかく、今夜親族全員を屋敷に呼んである。やつらの前で、公開遺言状を披露するつもりだ。儂の死後、全財産をおまえに相続させるという内容の遺言状をな。だから屋敷にきてくれ、いいな」
「わたしは、構わないけど。女性になっているのに、大丈夫なの? 親族が納得するかしら。それに遺留分というのもあるし」
「納得するもしないも、儂の財産を誰に譲ろうと勝手だ。やつらに渡すくらいなら、そこいらの野良猫に相続させた方がましだ。それに遺留分は被相続人の兄弟姉妹には認められていないんだ。遺留分が認められている配偶者はすでに死んでいるし、直系卑属はおまえしかいない。遺言で指名すれば、全財産をおまえに相続させることができるんだ」
「へえ……そうなんだ。でも、やっぱり納得しないでしょね。貰えると思ってたのが貰えないとなると」
「だから、儂が生きているうちに納得させるために生前公開遺言に踏み切ったのだ」

「さて、みなさん。全員がお揃いになったところで、もう一度はっきりと申しましょう」
 英子さんが切り出した。全員が注目する。
「響子さん、里美さん、そして由香里さん。三人には、承諾・未承諾合わせて真の女性になる性別再判定手術を施しました。それが間違いでなかったと、わたしは信じております。もちろん秀治さんのお言葉ではありませんが、将来に渡って幸せであられるように、この黒沢英子、尽力する所存であります。わたしは、三人を分け隔てなく平等にお付き合いして参りました。今後もその方針は変わりません。そこで提案なのですが、三人同時に結婚式を挙げてはいかがでしょうか? もちろん里美さんの縁談がまとまり次第ということになります」
「賛成!」
 里美が一番に手を挙げた。そりゃそうだろうね。
「しかし俺達の日取りはもう決まってるんだぜ」
 と、これは英二さん。
「延期すればいいわよ。あたしも賛成です。あたしだけ先に挙式するの、本当は気が退けていたんです。三人一緒に式を挙げれば、何のわだかまりもなくなります。だってあたし達仲良し三人娘なんですから。いいわよね、英二さん」
「ま、まあ、おまえがいいというなら……英子の発案でもあるし」
 相変わらず英二さんは、由香里のいいなりね。
 で、わたしはと言うと……。
「わたしも、秀治さえよければ、三人一緒で構いません」
「ああ、俺はいつだっていい。明人として、一度は祝言を挙げているから」
 というわけで三人娘の意見は一致した。
「それでは、親御さん達は、いかがでしょうか?」

「わたし達は構いませんよ。どうせ縁談が決まるのはこれからです。反対にみなさんにご迷惑をかけるのが、心苦しいくらいです」
「儂も構いませんよ。秀治君の言った通りです」
 というわけで、わたし達の三人同時の結婚式が決定した。
「はい」

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特務捜査官レディー(二十)初出動
2021.07.24

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(二十)初出動

 相手は産婦人科医である。どんな診察がなされたかは、各自の想像にまかせるとしよう。

「……で、最後に血液を採取して終わりだ」
「ほ、ほんとに終わりですかあ……」
 疲れ切っていた。
 まさか、ここへ連れてきた敬も、わたしがこんなことされるために呼び出されたとは、想像すらしなかったであろう。
 応接室で、欠伸を連発しながら、
「ずいぶん長い診察だな」
 と思ってはいるだろうが。
 やっと解放されて衣服を着なおす。
 もちろん敬に気取られないように、しっかり服の乱れを直すことを忘れてはいけない。
 わたしの気持ちを知ってか知らずか、
「診断の結果が判るのは、二週間後だ。その頃にまた来てくれないか」
 と平然と再来訪を求めた。
「まさか、また同じような診察するんじゃないでしょうねえ」
「するわけないだろう! 何か変に勘ぐってはいないだろうな?」
「いえ、確認しただけです。先生のことは信じてますから」

 診察を出て、敬の待つ応接室に戻る。
「やあ、長かったね」
 こっちの気も知らないで……。
 と、思ったが事情を全く知らない敬に苛立ちを覚えてもしようがない。
 うん。
 妊娠したら、絶対に分娩に立ち会ってもらうからね。
 覚悟してよね。

 いつものようにオフィスレディーしていた真樹だったが、その日は慌しく飛び込んできた職員の一声で、事態は急展開することになる。
「課長!」
「どうした?」
「例の女が動き出しました!}
「そうか、動き出したか」
「はい! 間違いありません」
 例の女?
 配属されたばかりの真樹には、何のことやら判らない。
 首を捻っていると、課長が真樹に向かって言った。
「真樹君。君の出番だ」
「え?」
「この件は女性がいないとだめなんだ」
「どういうことですか?」
「相手が女だからだ」
「つまり女性しか入れない場所……」
 女子更衣室や女子トイレ・化粧室などが浮かんだ。
「その通り。覚醒剤の受け渡しにレディスホテル、しかも念入りに化粧室が使われているんだ。男性である俺達が入れない場所だ。踏み込むには、確実に覚醒剤を所持しているところを押さえなければならない」

 話を要約するとこうであった。
 覚醒剤中毒者から売人を探し出して逮捕し、流通経路を吐かせたところ、とある仲買人の存在が浮かび上がった。しかも女性だというのだ。
 その女性は、覚醒剤を自ら携行することは決してせずに、ホテルの化粧室を受け渡しの場所として利用していた。当然その相手も女性に限ることになる。
 レディスホテルのとある階の化粧室で運び人から覚醒剤を受け取り、今度はその足で階を移動して、別の化粧室で末端の密売人に売り渡すのである。
 男性ばかりの麻薬取締官にとって、レディスホテルのしかも化粧室という女性だけに許された密室で行われる覚醒剤取引を摘発することは不可能であった。取り押さえられるとすれば、運び人か密売人ということになるのであるが、確実に覚醒剤を持っているという保証はない。万が一所持していなければ、とんでもないことになるのだ。ただでさえ相手は女性である。その身体に触ることさえ困難である。
 女性麻薬取締官の真樹に白羽の矢が立つのは当然といえた。
「とにかく今回動けるのは、この課内で唯一の女性である君だけしかいない。相手も抵抗してくるだろうし、拳銃を持っているかも知れない。自分の身を守るのも君自身しかいない。そこでこれを君に預ける」
 と言って、机の引き出しから出したものは、小さな拳銃だった。

 レミントンダブルデリンジャー。

「君が以前に、制式拳銃の換わりを申請していた奴だ。やっと手に入れることができたのだよ。手に入れるのも、当局に所持携帯の許可を取るのにも相当苦労したんだぞ。君専用の護身銃だ。大切に扱えよ」
「はい! ありがとうございます」
 早速デリンジャーを手にとって見る。
 女性的な真樹の小さな手にもしっくりと馴染む大きさと形状をしていた。
 これならハンドバックに忍ばせて携行することができる。
「銃弾は二発きりだが、今回の任務ならこれで十分だろう。もっと装弾数が多い銃が必要な任務の時はまた考える」
「装弾数が多い?」
「ああ、今回は個人が相手だから、それで十分だが。組織を巻き込んだ大掛かりな麻薬取引摘発の時には装弾数の多い自動拳銃が必要になるだろう」
「これ以外にも銃を与えてくれるのですか?」
「そのデリンジャーは、君が女性と言うことで特別に支給する護身銃だ。任務遂行中以外でも常に携行してもらっても構わない。組織に顔を覚えられて付け狙われる可能性があるからだ。美人だからな……」
「ありがとうございます」
「課長、いいですか?」
 先ほど飛び込んできた職員が間に入ってきた。
「ああ、頼む」
「それじゃあ、真樹ちゃん。行こうか」
「はい!」
 さあ!
 ついに取締の現場への出動だ!
 頑張りましょう。


 某レディスホテルの表玄関を見渡すことのできる、道路を隔てた側にあるビルの谷間の路地にバンが停車している。その運転席と助手席には双眼鏡を構えてホテルのほうを監視している怪しい人物がいる。
 その一人が振り向いて、後ろの座席に待機している真樹に語りかける。
「大丈夫か? 真樹ちゃんにとっては、今日が初仕事だからね。震えていない?」
「大丈夫です。ご心配なく」
 平然として答える真樹だった。
「銃はちゃんと持ってきてるよね。弾は入ってる?」
 こと細やかに真樹の心配をする同僚達であった。
 確かに麻薬取締官としては初仕事ではあるが、警察官としての経験なら豊富にある。
 銃の取り扱いにも慣れている。もっともその時のはザウエルのP220だったが。
「ちゃんと持ってますし、弾も入ってます」
「それなら、大丈夫だね」
「相手が銃を持っていて、撃ってくるようだったら、迷わずに撃つんだよ」
「判りました」
「それから、これを君に渡しておく」
 と、SONY製のPalm OS-5 200MHz ネットワーク手帳「PEG-NX80V」を手渡された。
 無線LANと130万画素のカメラ及び手書き認識ソフトなどを搭載した通信機器である。
「こちらとの連絡は、このネットワーク手帳を使用する。無線LANで、メールで逐次情報をやりとりできる。レディスホテルを利用する女性には、いわゆるキャリアガールと呼ばれるビジネスライクな人間が多い。このようなデジタル手帳を持っていても不思議ではないから、怪しまれる危険性は低いと思う。常にオンラインにしておいて、何かあれば書き込んで送信してくれればいんだ。カメラも搭載してあるから、これで奴の写真が撮れれば万全だ」
「連絡なら携帯電話のメールでも十分なんじゃないですか? 写真だって撮れますよ」
「いやね。携帯電話だと、やたら迷惑メールがくるだろう?」
「それは仕方がないですよね。ドメイン指定とかして防いでますけど」
「業務用で使用するとなると困ることが多いそうだ。それで、今度からこいつで連絡を取り合うことになったらしい。というか……これを扱ってる業者のテストモニターで無料で手に入れたらしい。業者としてもこのモニターから、気に入ってもらえれば、ゆくゆくは官庁への指定業者となれるかも知れないだろう?」
「へえ……無料のモニターですか。モニター期間が終わったら、ただで貰えるんでしょ?」
「ああ、まあ……そういうことになっているらしい」
「じゃあじゃあ、あの……これ、貰えるんですか? あたしに……」
 非常に多機能の最新機器である。
 個人として、是非とも欲しくなったのである。
「いや……。一応、この件の連絡用にと備品として手に入れたんだ。あげるわけには……」
「ねえ、そう言わないで。何とかできませんか?」
 精一杯の甘えた声を出してねだる真樹だった。
 可愛い女の子にせがまれたら、男の意思もぐらつく。
「そう言われてもなあ……」
 と主任取締官は、同僚達と顔を見合わせている。
「今回の件で奴を見事逮捕して、無事解決したらご褒美にあげてもいいんじゃないですか?」
「そうそう。課長に上申してはいかがでしょうか?」
「おまえら、気楽に言うが……」
「大丈夫だ。主任も課長もやさしいから」
「そうそう! あげるというのではなくても、拳銃みたく支給貸与という名目にすればいいんですから。それなら問題ないでしょう?」
「そりゃそうだが……」
 というわけで、どうやら自分のものになりそうな雰囲気になって喜ぶ真樹だった。
 ここは一押ししておく方がいい。
「ありがとうございます」
 精一杯の笑顔を作り、出来る限り可愛い声で感謝の意を表す。
「まったく……しようがない奴らだ。みんな真樹ちゃんに甘いんだからな」
「そういう主任こそ甘いですよ」
「言うな!」


ネットワーク手帳などの機器は執筆当時のものです。
今では、スマートフォンのアプリがあって、さらに高性能となってますね。


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