特務捜査官レディー(三十四)新しい生活へ
2021.08.07

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(三十四)新しい生活へ

 というわけで、とんでもない展開になってしまったが、勧誘員の情報を得て、警察と麻薬取締部が結束して、売春組織の壊滅に成功したのである。

 それから数ヶ月が過ぎ去った。
 その勧誘員は……。いや、そういう言い方はやめよう。

 彼女の名前は、榊原綾香。
 黒沢医師による性転換手術を受けて、完全なる女性として生まれ変わった。
 もちろん完全であるからには、妊娠し子供を産み育てることのできる真の女性としてである。
 黒沢産婦人科病院にて女性看護師見習いとして忙しい毎日を送りながらも、正看護師になるべく看護学校に通っている。
 おだやかな性格で、子供に対してもやさしく、入院している妊婦達からの評判も上々で、まさしく看護師となるべくして生まれてきたような仕事振りだった。
 そんな働き振りを見るにつけても、性転換を施しすべての罪を許すという、黒沢先生の決断は正しいと言えるかもしれない。
 例の薬によって、脳の意識改革が行われて、男性脳から女性脳へと再性分化が起きたと考えられている。もはや心身ともに完全に女性に生まれ変わったのである。
 彼女は性転換されることによって罰を受け、さらに看護師として人の命を守る職につくことで、罪を償っている。
 罪を憎んで人を憎まず。
 彼女はもはや一人の善良なる女性に生まれ変わったのである。

 ところで、この榊原綾香のこともそうではあるが、黒沢産婦人科病院にはもう一人、気にしなければならない患者が入院していた。

 磯部響子である。
 覚醒剤の犠牲となり、母親殺しから少年刑務所に入り、その後には暴力団の情婦として性転換して女性に生まれ変わって生活していたものの、暴力団の抗争事件から捕らえられて覚醒剤を射たれた挙句に投身自殺した、あの悲劇の女性である。
 綾香の勤務ぶりを視察した後で、話題を切り替える真樹だった。
「響子さんの具合はどうですか?」
「ああ、やっと覚醒剤を体内から除去できたよ。フラッシュバックも起きないだろう。もうしばらく様子をみたら退院だ」
 フラッシュバックとは覚醒剤特有の再燃現象と呼ばれるもので、大量に飲酒したり、心理的なストレスが契機となって、幻覚・妄想といった覚醒剤における精神異常状態が再現されるものである。
→薬物乱用防止「ダメ。ゼッタイ。」ホームページ http://www.dapc.or.jp/data/kaku/3-3.htm
「良かったですね。もし響子さんに何かあったら、一生後悔ものです」
「会っていかないのかね?」
「いえ……。わたしは麻薬取締官です。わたしの身の回りは麻薬の匂いにまみれ、麻薬に関わる人間達との抗争の毎日です。そんな世界に生きるわたしが、響子さんのそばにいればいずれ麻薬の災禍が降りかからないとも限りません。遠くから見守るだけにした方が、響子さんのためだと思います」
「そうだな……。君の言うとおりかも知れないな。君が麻薬取締官である限り、犯罪組織と関わらざるを得ない。組織に君の顔が知られることもあるだろう。そうなった時に響子君がそばにいれば身代わりにされることも起こりうるというわけだ」
「ですから、会わないほうがいいんです。これ以上、響子さんを覚醒剤の渦中に引きずり込むことは避けたいのです」
「判った」

 それから数ヶ月して、磯部響子は無事に退院し、黒沢先生の経営する製薬会社の受付嬢として就職。
 ごく普通のOLとしての平和な日々を暮らしているという。
 さすがというか、思春期以前から女性ホルモンの投与をし続けてきたおかげで、どこからみても女性にしか見えない美しい顔とプロポーションで、指折りの美人受付嬢として社内はおろか出入りする業者の間でも評判となっていた。

 そしてわたしの方にも大きな変化があった。


 その朝、麻薬取締部目黒庁舎に赴いたわたしは課長に呼ばれた。
「真樹君。非常に特殊なケースなのだが、君の警察庁への出向が決定した」
「警察庁へ出向……? どういうことですか?」
 敬をまみえて、麻薬取締官と地方警察が一致団結して、売春組織&覚醒剤密売組織を壊滅させたことと、例の生活安全局局長押収麻薬・覚醒剤横流し事件と合わせて、縦割り行政によらない新しい組織の発足が促されたというのである。
 警察庁特殊刑事部特務捜査課。
 これが新しく発足した組織名だ。
 警察庁はもとより、厚生労働省麻薬取締部・財務省税関・海上保安庁・東京都警視庁/福祉保険局/知事局治安対策本部などから、麻薬・銃器取締や売春(人身売買)取締にあたる捜査官が集められた。
「一応階級は巡査部長待遇ということになっている。君は国家公務員採用試験I種行政の資格を持つ国家公務員だから、本来ならキャリア組としての警部補からスタートしても良いはずなのだが、出向組ということで巡査部長からということになった。まあ……実情を話せば君が女性ということなんだ。警察というところは、今なお男尊女卑的な部分があって、女性の配属されるのは交通課と決まっている。そもそも警察官は初任配属先は地域課もしくは交番勤務と人事規定され、キャリアでも最初は地域課に配属されるのだが女性警官の場合は原則的に交通課なのだ。実際に危険が伴う部署、いわゆるおまわりさんと呼ばれる交番勤務などは全員男性だ。一般的な地方警察職員は地方公務員で、警視正以上になってはじめて国家公務員扱いとなる。つまり資格から言えば君は地方警察ならば警視正と同等以上ということになるのだが、いかんせん麻薬取締部と警察では、その構成員の数が一桁も二桁もまるで違う。警視正と言えば、警察庁の各警察署長や地方警察本部方面部長にも任命されようかという地位で、その配下に収まる警察職員は数千人から数万人規模にもなる。そんな地位にいくらなんでも、大学出たばかり麻薬取締官ほやほやの君が就任できるわけがない。双方の構成員と部下として動かせる人員から考えて、巡査部長待遇が順当という線で落ち着いた。
どう思うかね」
 課長の長い説明が終わった。
「巡査部長ですか……」
「不満かね?」
「いえ、そんなことはありません。巡査でも身に重過ぎるくらいです」
「まあ、そう言うな……。国家公務員がいくらなんでも平巡査待遇では、麻薬取締部の沽券(こけん)に関わるからな。これだけは譲れないというところだ。本来なら警察大学校卒同様に警部補あたりからはじめてもいいのだがな」
 警部補といえば地方警察署の課長クラスである。
 わたしとしては、別に平巡査でも構わないと思っている。
 何せ前職の時の階級は巡査だったもの。
 敬は日本に帰ってきて、研修を終えたと言う事で巡査部長に昇進したけどね。
 生死の渕を乗り越え、特殊傭兵部隊で鍛えられたんだから、それだけのお手盛りがあってもいいだろう。
 しかしわたしは……。
 何もしていない。
 先生に救われて斉藤真樹として生まれ変わって、女子大生として気楽に生活していただけだから。
 
 なんにしても、警察庁出向か……。
 元の鞘に納まるという感じがなきにしもあらずである。

「ああ、それから君の友達の沢渡君も一緒だよ」
「敬もですか?」
「ああ、何せ我々と一緒にこれまでの事件を解決してきた功労者でもあるし、組織改革を上申して新組織の発足を促した本人だからね」
 そうだったわ。
 以前からずっと、上層部に上申してきたんだったわ。
 それがやっと認められたということ。
「ところで個人的な質問なんだが……」
「何でしょうか?」
「君と彼は、随分親しいようだが」
「ええ、婚約しています」
「そうか、やっぱりね」
「何か問題でも?」
「いやなにね、結婚となると寿退社するんじゃないかと思ってね」
「大丈夫です。結婚しても、この仕事は続けます。もっとも妊娠すれば、出産・育児休暇を願い出ると思いますけど」
「そうか……。安心したよ。君みたいな優秀な職員を失うのは、局の一大損失になるからね」
「ありがとうございます。そう思って頂けていると思うと光栄です」
「まあね……」
 一般の会社なら、育児休暇を好ましく思っていない所も少なくなく、退職を勧められたり、復帰しても居場所がなくなっているということも良くあることである。
 しかしわたしの所属する麻薬取締部は厚生労働省内の一部局である。
 男女雇用均等法やら育児休暇促進委員会とかが目白押し。
 「寿退社」という慣用句で、女性を退職に追いやることは不可能だ。
「それで、警察庁へはいつから出向ということになりますか?」
「来週の月曜からだ。その日に直接その足で警察庁へ赴きたまえ」
「判りました」
「それから、新しく君に交付された警察手帳を渡しておこう」
「警察手帳ですか?」
「麻薬取締官としての身分と、警察庁職員としての身分の双方を記してある、特別誂えの手帳だ。君の今持っている警察手帳と交換してくれ」
「はい」
 わたしは、現在持っている麻薬取締官証と引き換えに、その新しい警察手帳を受け取った。
 開いてみると、最初のページは今まで通りの麻薬取締官証と同じものであった。次のページを開くと懐かしい警察手帳の図案が飛び込んできた。中身の様子は、上部には顔写真、階級、氏名、手帳番号が書かれた証票、下部には警察庁という名と、POLICEの文字が入った金色の記章(バッチ)がはめ込まれている。ちなみに大きさは縦10.8センチ、横6.9センチ。
「なるほど、巡査部長になってるわ」
「これで君は、あらゆる警察犯罪を取り締まることができるようになったわけだ。しっかり心して任にあたってくれたまえ」
「判りました」
 警察流の敬礼をしてみせるわたしだった。
 今後はそういうことも多くなるだろう。
「もちろん麻薬取締官としての自覚と任務も忘れないでくれ」
「はい」

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特務捜査官レディー(三十三)巨乳なる姿
2021.08.06

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(三十三)巨乳なる姿

 翌日となった。
 真樹は敬を連れて、早速黒沢医師の下へと急行していた。
「先生! あの男はどうなりました?」
「早速来たな。見てみるか?」
「もちろんです」
 というわけで、昨日の場所に向かう。
 例の産婦人科用の診察台に括り付けられたままの勧誘員はまだ目覚めていなかった。
「どれどれ、見るか」
 と、診察台に近づいて勧誘員の診察をはじめる黒沢医師だった。
「台に縛り付けたままにしていたのですか?」
「ああ、逃げられたくないからな。完全独房の覚醒剤患者用リハビリ病室というのもあるが、どうせまたこれに乗せなきゃならんから、二度手間は面倒だ」
「で、どうなんですか?」
「ふふふ。面白いことになっているよ」
 勧誘員の上着がはだけられて、胸が露出していた。
「こ、これは……」
 そこにはまさしく豊かな胸が形成されていた。
 それもFカップはありそうな巨乳サイズだ。
 普通の日本人は仰向けに寝たりすると、乳房がのっぺりと扁平状態になってしまうものだが、これはまあ……張りがあって天を向いて、豪快なくらいに山形になったドーム上の乳房を維持していた。
「あれから、豊胸手術をしたんじゃないですよね」
「本物の乳房だよ。手術なら一晩では治らない縫合痕ができるはずだろが」
「まあ……そうですが。しかし、たった一晩でこんなに大きな胸ができちゃうなんて信じられないわ。どんな薬剤なのですか?」
「私の製薬会社の新薬開発研究所の所員が開発したものでね。ハイパーエストロゲンとスーパー成長ホルモンというものが調合されている」
「どちらも女性化には必須のホルモンじゃないですか」
「まあな……。実はその研究員は、君と同じ性転換手術を行った最初の女性なんだ」
「性転換……してるのですか?」
「ああ、彼女は性転換をテーマにした新薬を開発していてね。MTFの人々の気持ちは身に沁みて感じているから、一人でも多くの患者を救いたいと、実に真剣に日夜取り組んでいるよ。で、臨床試験直前にまでこぎ着けた新薬の成果がこれだ」
 と、勧誘員を指差す。
「へえ、面白い話ですね。確かに一晩でこれだけの胸が出来ちゃうなんて、すばらしいじゃないですか。人体実験されたこの人には悪いですけど」
「天然痘の予防方法の種痘法の効果を確かめるために、当時下僕だった8才のジェームズ・フィップスという父親のいない子供(自分の子供という説は誤りであり、その効果を確認した後に自分の息子のロバートに摂取したというのが正しい)に牛痘摂取したというジェンナーのように、何事にも誰かが犠牲にならなければならない。たまたま、悪事を働いたこいつに実験台になってもらったわけだ」
 話し声や黒沢医師に胸を触れているせいか、勧誘員が目を覚ました。
「ん……ん?」
「どうかね、気分は?」
「お、おまえは!」
 一瞬として、自分の身に起きていることを理解できなかったようだが、昨日のことにすぐに気がついて叫んだ。
「俺に、一体何をしたんだ!」
「おや、気がつかないようだ。じゃあ、これならどうかな」
 と言いながら、その豊かな胸を掴んだ。
「これを見たまえ。おまえの胸だよ」
 寝てていても張りのある巨乳である。目の前にあるそれが見えないわけがない。
「こ、これは……!!」
 さすがに事態を飲み込まざるを得ないようだった。
「見事なものだろう。おまえの胸にできた本物の乳房だよ。これだけ大きな、いや巨乳というべきかな……。これだけのものはそうは見られないぞ。どうだ、嬉しいか?」
「誰が、嬉しいものか?」
「納得していないようだな」
「当たり前だ!」
「うむ……じゃあ、これならどうかな」
 というと計器を操作する。
 天井に固定されていたとある器械が、かすかな音を立てて降りてくる。
「鏡だよ。おまえの位置から、自分の姿を良く見ることができるぞ」
 やがて鏡が静止して、診察台の勧誘員の全身像を写した。
 はだけられたシャツの胸から、大きく張り出した巨乳に釘付け状態になっている勧誘員。
「さてと、これだけじゃまだ。信じられないだろう」
 というと、洋裁用の大きな鋏を取り出して、勧誘員の服を切断しはじめた。大やけどを負った患者の衣服を切り裂くために用意してあったのだろう。やけどを負うと体液で衣服が皮膚に張り付いて、衣服を脱がそうとするとべろりと皮膚まで剥がれてしまう。それを避けるために癒着していない部分を選んで切り裂いていくための鋏である。

 とにもかくにも診察台に縛り付けている者の衣服を剥ぐには切り裂くしかない。
「な、何をする!」
「鏡を見ているんだな。面白いことになっているぞ」
 やがて上半身は露になった。
 驚いたことに、その上半身は男性ではない、撫で肩の細い体格をした明らかに女性的な骨格になっていたのである。
「す、すごい!」
 真樹が思わず声を上げた。
「どうだ。どこから見ても女性にしか見えないだろう?」
「ええ、本当にあの勧誘員なのですか?」
「別人ではないよ。当の本人そのものだ」
 その本人は変わり果てた姿に茫然自失となって言葉を失っていた。
「たった一日でこれですか?」
「私もこの目で見るまでは信じられなかったよ。何せ、この薬を使ったのはこの男がはじめてだからな。一体どうなるかとね。さてと……下半身はどうなっているかな」
 黒沢医師は鼻歌交じりで、ズボンを切り裂きに掛かった。
 科学者的な探究心で目が輝いていた。
「何か今日の先生……。怖いくらいね」
 真樹が敬に小声で囁く。
「ああ、まるでマッドサイエンティストだ」
「言えてる」
 確かに、性転換に関わることとなると目つきが異常に鋭くなる黒沢医師だった。まるで自分の世界に没頭したように夢中になってしまう性格を持っていた。
「どうですか?」
 真樹が覗き込む。
「残念だが、完璧な性転換とまではいかなかったようだ」
 とその股間を指差す。
 そこには男性特有のものが残存していた。
「ありゃりゃ。可愛い♪」
 まあ、確かに男性自身であったが、子供くらいに小さくなっていたのである。
「ここまでが限界のようだ。内性器がどうなっているか調べる必要があるな」
 と勧誘員の方に振り向いて、話しかける。
「おい、呆然としてないで、そろそろ自分の現状を見つめて、今後のことを考えてみたらどうだ?」
「ど……、どうしろというのだ?」
 やっとのことで言葉を搾り出したという感じだった。
「まあ、不完全だが……おまえはもはや、今のままではまともな男としては生きられないと言う事だ」
「嘘だ!」
「どうだ。この際、この股間のものも取り去って、今すぐ完全な女性にしてやろうか? おまえが望めば今すぐにでもできるぞ」
「じょ、冗談じゃない。女になんかなりたくない」
「そうだなあ……。このまま女性にしてしまって、どっかの売春組織に売り飛ばすこともできるぞ。生きている限り抜け出せないような所がいいだろう」
「な……。や、やめてくれ!」
「これだけ、大きな乳房ならひっきりもなしに客が付くかも知れないな。もちろん、おまえにはそれを拒絶することはできない。毎日毎日、より多くの男に抱かれなければならないというわけだ。身体を壊すのもそれだけ早いと言う事だ」
「い、いやだ……」
「身体を壊して使い物にならなくなった売春婦の行き着く末は……。おまえなら知っているかも知れないが……」
 勧誘員の言葉には耳を傾けることなく、売春婦にされ残酷な日々を暮らす惨状を、たんたんと語り続ける黒沢医師だった。
「やめてくれ!」
 突然に大きな声を張り上げて黒沢医師の言葉を遮る勧誘員。
「た、たのむ。昨日も言ったように、なんでも言う事を聞く。アジトのことも話す。たのむから女にするのはやめてくれ!」
「そうか……女にはなりたくないか……。残念だな」
 というと勧誘員に微かな安堵の表情が浮かんだ。
「仕方ないな。おまえが心を入れ替えて、善人の道に入るというのなら、元の男性に戻してやることもできるのだが……」
「も、元に戻れるのか?」
 急に明るさを取り戻す勧誘員だった。
「ああ、今ならまだ間に合う。男性ホルモンを飲めば、時間は掛かるかもしれないが、元に戻ることができるだろう。しかしこのまま放って置いて時間が経てば、さらに女性化が進んで手の施しようがなくなる」
「た、頼む! 元に戻してくれ。男性ホルモンといったな。それをくれ!」
「それには条件がある! もちろんおまえの組織のアジトを吐いてもらう以外にな」
 と険しい表情に変わる黒沢医師だった。
「それは……?」
 ごくりと唾を飲み込んで黒沢医師の次なる言葉を待つ勧誘員だった。


「男性に戻る限りには、二度とあんな真似をする気が起きないように、罰を受けなければならない」
「罰だと?」
「そうだ。すぐに男に戻しては罰を与えることができない。おまえはその格好のまま一年の期限付きで奉仕活動をしてもらうことにする」
「奉仕活動だと……?」
「そうだ。奉仕だよ。それも男性相手のな」
「な、なんだって?」
「つまりゲイバーで一年間働いてもらうことにする」
「ゲ、ゲイバーだと!」
「そうだ。女装して酒飲みの男達を接待する仕事だ」
「そこを逃げ出したらどうする?」
「構わないさ。しかし、一生をそんな中途半端な姿で暮らさなければならないぞ。男でもなく女でもない、そんなおまえが生きていくには、他に仕事はないぞ」
「しかし……」
「無事に一年の勤めを果たしたら、男性に戻してやる」
「ほんとうだな」
「ああ、私は医者だ。信じることだ。というより信じるしかないのがおまえの現状だ」
 現実を突きつけられ、考えあぐねている様子の勧誘員だった。
 こんな姿に変えられてしまった今、元に戻るにはこの医者の言う事を聞くしかないだろう。
 しかし、男相手に女装して接客するゲイバーのホステスになるしかないのか?
 ある日突然に女性に性転換されてしまって、自分がなさなければならない現実を考えるとき、将来の不安に掻きたてられるのであった。

 黙ったまま考え込んでいる勧誘員のその豊かな胸を注視しながら、黒沢医師が次なる段階へと言葉の口調を変えて切り出した。
「なあ、これだけのものを持ったんだ。男に戻るより女性になった方がいいんじゃないか?」
「いやだ!」
「残念だなあ……。顔も飛び切りの美人だというのに。例え男に戻ってもたぶんその顔はそのままだろうなあ……」
「な、なに?」
「おや、まだ気が付いていなかったのかい? もう一度じっくりと自分の顔を見つめてみろよ」
 改めて鏡を見つめる勧誘員。
「こ、これは……?」
 どうやら今までは巨乳にばかり目が行っていて、顔の方には注目していなかったようだ。
「どうだ。きれいだろう? 今時、これだけの美人はいないぞ」
「う、嘘だろう。これが俺の顔だというのか?」
「正真正銘の今のおまえの顔だよ」
「し、信じられない……」

 その会話を耳にした真樹が敬に耳打ちする。
「ねえ、わたしと彼とどっちが美人かしら?」
 やはり女性としては、美人だと言われた相手が気になるようだ。
 特に男だった相手には負けられないという感情があるのだろう。
「そ、そんなこと……比べられないよ」
「あ! やっぱり彼の方が美人だと思ってるんでしょ」
「そうじゃなくて……」
「いいわよ。どうせ、わたしは整形美人だもん。ぷん!」
 と膨れ面をしてみせる真樹だった。
 そうなのだ。
 真樹の顔は確かに誰の目にも美人として映るが、黒沢医師によって死んだ女性そっくりに整形されたものだった。
 そして方や、性転換薬によって変貌した美人。
 果たしてどちらが真に美人と言えるものなのか。
 敬が答えに窮するのも当然と言えるだろう。

「信じられないだろうが、今見ている通りに現実だ。顔だけではなく、体格もまんま女性そのものだよ。ほんとに……、まさかこの薬が、ここまでほぼ完璧に女性化させるとは、私もこの目で見るまでは、とても信じられなかったよ」
「お、男にする薬はないのか?」
「ないな!」
 きっぱりと断言する黒沢医師。勧誘員の表情が暗くなる。
「この薬の開発者は、男性から女性への性転換を可能にする薬剤の研究をしてはいるが、その反対の女性から男性への薬の開発研究する意思は毛頭ないからだ。つまり……それがどういうことかというと……」
 と、ここで一旦言葉を止めて、勧誘員の身体を嘗め回すように観察する。
 勧誘員に自己判断を促しているようだった。
「つまり……なんだよ。ま、まさか……」
 おそらく自分でも結論に達しているのだろうが、認めたくない感情から尋ねずにはいられないといったところだろう。
「そう……。その、まさかだよ。おまえは、生涯その女性の身体と言う事だよ」
「嘘だろ?」
「物体というものは、大きいものを小さくするのは簡単だ。氷像みたいに削って小さくすればいいのだからな。だから筋骨隆々だった身体が、こんな風に華奢でしなやかな身体にするのも簡単というわけだ。だが、一旦小さくしてしまったものを、元の大きさにするのは不可能だ。それくらいは判るだろう?」
「い、いやだ。そんなこと……。そうだ! さっき男性ホルモンで元に戻れる言ったじゃないか。あれは嘘なのか?」
「嘘ではないが……。ここまでほぼ完全な体型に女性化してしまうと、完全な元の男性に戻ることは不可能だ。今さっき言った通りなのだが、例え男性ホルモンを飲んだとしても、骨格までは変えられないということだ。せいぜい筋肉がついてくる程度のものだ」
「も、戻れないのか?」
「ああ、戻れないな。……なあ、この際男性に戻るのはあきらめて女性になってしまわないか? 完全なる女性にしてやるぞ。もちろん手術の費用はただにしてやる。女性になったからには、これまでの罪はすべて水に流してやろうじゃないか。男性として行ってきた過去は一切無罪放免にして、女性として何不自由なく暮らしていけるように、ちゃんとした仕事も斡旋してやるぞ。だが、元の男性に戻るというのなら、しかも不完全な身体のままだ、罪を償わなければならない。どうだ? 男性に戻って罪を償うか、女性に生まれ変わって新しい人生を踏み出すか。男性といってもおかまみたいな男性にしか戻れないが、女性になればその美貌を活かしてファッションモデルにすらなれる」
 勧誘員は黙り込んでしまっていた。
 そりゃそうだろう。
 たとえ元の男性に戻っても、身体はほとんど女性並みでおかま扱いされるのは必至である。そしてどんな罪の償いをさせられるか……。この黒沢医師の性格を推し量ってみるにつけ、とんでもないような苦しい罰が待っているような気がする。
 だが、女性になることを選択すれば、この豊かな乳房と美貌で黒沢医師の言うとおりの薔薇色の人生が待っているかも知れないのだ。そして無罪放免され仕事も紹介してくれるという。
 どう考えても、答えは一つしかないじゃないか……。
 勧誘員は、じっと考え込んでいる。
 その表情を見つめ柄、にやにや笑っている黒沢医師だった。

「ねえ、先生ったら……。女性への性転換ばかりすすめているけど、元の男性に戻すつもりはないんじゃない?」
「ああ、たぶんな。先生の悪い癖がまたはじまったというところだ」
「可哀想ね。どうやら女性になるしかないみたい」
「だが、あの格好のままだとしたら、男に戻ってもなあ……。笑い種だ」
「そうね……」

「か、考えさせてくれないか」
 ついに、勧誘員が折れてきた。
 さすがに、黒沢医師の性転換薔薇色人生攻撃? を畳み掛けられては、承諾するよりないと結論に至ったようだ。
 ただもうしばらく考える時間が欲しい。
 そういうことのようだ。
「いいだろう。二日待ってやる」
「なあ、せめてこの格好から解放してくれないか?」
 勧誘員は診察台に縛られている。
 その状態で二日もいることは我慢の限界を超える。
「そうだな……」
 というと、敬の方を向いて言った。
「解くのを手伝ってくれ」
「いいですよ」
「悪いな」


 だが、解き放たれた瞬間だった。
 勧誘員が、猛然と敬に体当たりしてきた。
 隙を見計らって、脱出を試みたようだった。
 しかし……。
「い、いたた……。痛い」
 敬に簡単に腕をねじ上げられてしまった。
 勧誘員は、自分が女性の身体になっていることを、すっかり忘れていたのだ。
 その女性的な華奢な身体では、特殊傭兵部隊時代に鍛えた筋骨隆々の敬を、弾き飛ばすことすらできなかった。
 腕を取られてもそれを振りほどく腕力さえもまるでない。
 体格も筋力も、そしてその美貌をもして、勧誘員は完全なまでに女性化していた。
「どうやら、まだ自分のことが判っていないようだな。言ったろうが、おまえはもはやほぼ完全な女性になっているんだよ。あきらめるんだな」
 その言葉に、うなだれる勧誘員。
 もはや女性になるしかない状況なのだと理解したようだ。
「もう、結論は出たな」
 問いかける黒沢医師に対して、ゆっくりとうなづく勧誘員だった。
「ほ、ほんとうに……。完全な女性になれるんだろうな?」
 女性になると決めたからには、やはりまがい物ではない真の女性になりたいと願うのは当然だ。
「もちろんだ。わたしは産婦人科医だ。女性の身体の事はすべて理解しているし、性転換手術のことなら、ここにいる真樹が証明してくれる」
 と、突然に言い出した。
「な、何を言い出すんですか? 先生! そのことは……」
 さすがに慌てふためく真樹だった。
 それを知っているのは、黒沢医師と敬、そして両親の四人だけである。
 全くの他人に明かすような内容ではないだろう。
「いいじゃないか。今日からこの娘は……。そう、この娘と言おうじゃないか。私たちの仲間となるんだ。言わば真樹とこの娘は姉妹というわけだよ。秘密事はなくして、仲良くしようじゃないか」
「そんな……。勝手に決めないでください!」
「あはは、さてと……。いつまでも裸のままじゃ、可哀想だな」
 といいながら、戸棚から手提げ袋を取り出した。
「さあ、これを着なさい」
 と勧誘員に手提げ袋を手渡す。
 勧誘員がそれを開けると……。
 出てきたのは、女性用の衣料だった。
 ワンピースドレスにブラやショーツといったランジェリーも揃っていた。
 それを見た真樹が驚いたように言った。
「せ、先生! やっぱり最初から、この人を女性にするつもりだったんですね?」
「あはは……。その通りだよ。私は男は嫌いだからな、男に戻すことは端から考えていない」
 女性衣料を手渡されて勧誘員はとまどっていた。
 そりゃそうだろう。
 これまで男として生きてきたのだ。
 例え身体が女性になってしまったとはいえ、いきなり女性衣料を着るには勇気がいるだろう。
「成り行きでこういうことになってしまったが、判るな?」
 と念を押す黒沢医師だった。

 少し考える風だったが、やがてゆっくりとその衣料に手を伸ばす勧誘員だった。
 黒沢医師は、最初から性転換するつもりだった。
 だが、それを知ったところで、今更どうすることもできない。
 男には戻れない。
 黒沢医師にその意思がない以上、これは確定的だ。
 一生をこのまま女性として生きていくしかない。
 ならば、この目の前にある女性衣料……。
 着るしかないじゃないか。
 ブラジャーを手にした勧誘員だったが……。
「どうやって付けるんだ? これ?」
 というような困った表情をしていた。


「真樹、着方を教えてやってくれ」
「ええ? わたしが?」
「他に誰がいる。彼女は、ブラジャーなんかしたことないんだ。正しい付け方を教えてやらないと、せっかくの形よい乳房が型崩れしてしまうじゃないか」
 そう……。ブラジャーは正しい付け方というものがある。
 それを知っているのは真樹だけだ。
「でも、先生だって正しい付け方があることを知ってるくらいだし、産婦人科医として診察の際に、多くの女性の着衣を見てきたんでしょうから、付け方ぐらいは知っているんじゃないですか?」
「あのなあ……。ただ見ていただけじゃないか、実際に身に付けている女性でないと、良く判らないことがあるだろう」
「そりゃそうだけど……」
 そんなわけで、ブラジャーの正しい身に着け方をレクチャーすることになった真樹だった。
「あのね、ブラジャーの付け方は……こうやってね……」
 勧誘員のそばに寄って、手取り足取り教える真樹。
「はい! これでいいわ。しっかり覚えておいてね。あなたみたいに、これだけ大きな乳房だと、しっかりカップに入れて正しく付けておかないと、先生のおっしゃったように型崩れしていわゆる垂れパイになっちゃうからね」
「はい。判りました」
 生まれてはじめてのブラジャーを身に着けた勧誘員は、すっかりしおらしくなっていた。
 女性になると覚悟した以上、おとなしく言う事を聞くしかないと判断したのであろう。
 それ以上に女性のランジェリーを身に着けたと言う事が、何にもまして女性としての気概を植えつけてしまったと言ってもよい。女性だけが身につけることを許されたランジェリーの持つ魔性ともいうべきものである。
 それからその他の服をもすべて身に付けてすっかり女性的な外観に変わってしまっていた。
 もはやどこから見ても立派な美しい女性にしか見えない。
「ところで先生、こんな大きなカップのブラジャーなんか、どうして用意できたんです?」
「なあに、簡単だよ。ここは産婦人科だ。はじめての出産を経験する初妊婦は、分娩の後に授乳が始まるのは予備知識で知っていても、いざ乳が張ってきて予想外に大きくなって、用意してきたブラが入らなくて困るということが良くあるんだ。だから購買部でそんな人のために大きなサイズのブラジャーを置いてあるんだ。もちろん授乳専用の前部が開くやつがほとんどなのだが、普通のやつもある。それを持ってきたのさ」
「なるほどね……」
「あの……。真樹さんと言いましたね」
「え、ええ」
「教えてくれませんか。女性のこと……何も知らないから」
 話しかけられてとまどう真樹。
「え? 突然そんなこと言われても……。ねえ、敬」
「あのなあ……。こっちに話しを振るなよ。これはおまえとこの人の問題だろ」
「だって……」
「俺は、思うんだけどさあ……」
 と何か言いかけて口を噤む敬。
「なに、言って? 考えがあるんでしょう?」
 真樹は何事かと聞き出そうとする。
「この人は、女性に性転換されてしまったことで、もう罪に対する罰は十分に受けたと思うんだ。先生も言ったように、これからは新しい人生をはじめることになる。生まれ変わってね」
「それで?」
「しかし女性としての経験はまるでないだろう? 社会に出て女性として生きていくには最低限の知識は必要だ。衣服の着こなしはもちろんのこと、化粧とかも必要だろう。それを教えられるのは真樹しかいないんじゃないか?」
「そうかも知れないけどさあ……」
「教えてやれよ。真樹なら、この人の気持ちは良く判ると思う。違うか?」
 真樹が元々は男性であり、性転換して女性になったことを示唆しているのだった。
 同じ境遇である真樹にしか、その気持ちは判らない。
 他に誰が、この性転換女性を正しい道に導けるものがいるだろうか?
「もう……。判ったわよ。教えてあげればいいんでしょう」
 致し方なく承諾する真樹だった。
「あ、ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします」
 深々と頭を下げる勧誘員だった。
 その仕草も態度もすっかり女性的な雰囲気があった。
 郷に入れば郷に従えだ。
 女性として生きることを決心したことが、その態度をすっかりと変えてしまったのである。
 あるいは性転換薬が、身体だけではなく精神構造をも、純朴な女性的な性格にしたに違いない。

「それじゃあ、性転換手術をする日は後で決めるとして、早速例の組織のことを教えてくれないか」
 黒沢医師が本題に話題転換した。
 囮捜査のことも何もかも、すべては売春組織を探し出し壊滅することだった。
 その情報を知っているのは、この勧誘員である。
 そのためにこそ、黒沢医師は性転換を実施し、言葉巧みに仲間に組み入れたのである。
「はい。何もかもすべて話します」
 すでに勧誘員はこちら側の人間である。
 それから売春組織のアジトはもちろんのこと、勧誘員の知りうる幹部達のことなど、洗いざらいの情報を話し始めたのである。
 黒沢医師の目論見大成功である。

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特務捜査官レディー(三十二)性転換
2021.08.05

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(三十二)去勢手術

 黒沢医師の言った【あそこ】とは、黒沢産婦人科病院の地下施設である。
 いわゆる闇病院として非合法的な治療を行っている。

「お、重いよお」
 男達を運ぶのを手伝われる真樹。
 敬が上半身を支えて、真樹が足を持って、黒沢医師が持ってきた患者用移送ベッド
に乗せている。真樹に万が一のことがあった時のために用意していたようだ。
「なさけないなあ……。これくらいで根を上げるとは」
「なによお。わたしは女の子なのよ、少しは気遣ってよ」
 幼少の頃から女性として暮らしてきた非力な真樹にはつらいものがあった。
 体格は完全に女性の身体つきをしているのだ。
 筋肉よりも脂肪の方が多く、腕を曲げてみても二の腕に力こぶすらできない。
「へいへい。確かに女の子でしたね」
 敬もそのことは良く知っているが、ふざけて言っているのである。
「もう……」
 ふくれっ面を見せる真樹。
「おいおい。いちゃついてないで、早く運んでくれ」
 黒沢医師がせっついている。
「いちゃついてないもん!」
「判った。判ったから早くしてくれ」

 ともかく部屋から地下駐車場までの間を、四人分都合四回もエレベーターの昇降を
繰り返す。途中数人の通行人と鉢合わせたが、こういう所に出入りする人間は、事な
かれ主義のものが多いので、いぶかしがりながらも黙認するように態度をみせて、そ
れぞれの目的の場所へと移動していく。最悪となれば、二人が持っている警察手帳を
見せればいいのだ。
 地下駐車場には、黒沢医師の助手が救急車で迎えに来ていた。
「よし。無事に運び終わったな」
 何とか男達を救急車に乗せ終わった。
「それじゃあ、先生。わたしはここで帰ります」
 美智子が別れることになった。
 真樹の救出を終えたところで用事は済んでいた。
「悪かったね。こいつらからアジトを聞き出したら、またお願いするかもしれないの
で、その時はよろしく」
「判りました。麗華様にはそう伝えておきます。では」
 レース仕様の重低音のエンジンを轟かせながら、美智子の運転するスーパーカーが
立ち去っていった。
「それじゃあ、私達も行くとしよう」
 黒沢医師の言葉を受けて、男達と一緒に救急車に乗り込む。
 前部の運転席には助手と先生とが座り、後部の救急治療部に適当に寝転がせた男達
と敬と真樹が乗り込んだ。
「狭いわ」
「我慢してくれ。すぐに着くから」
 救急車である。
 当然サイレンを鳴らしながら走り出す。男達が目を覚ます前に目的地に到着しなけ
ればならないからである。
 赤信号を注意しながら走りぬけ、混んでいる道も反対車線を難なく走り続けていく。
 そしてものの十数分で目的地に到着したのである。
「さすがに救急車だわ、早いわね。急用があったら乗せてもらおうかしら」
 事も無げに真樹が言うと、敬がたしなめるように答える。
「あのなあ……。無理言うなよ」
「言ってみただけじゃない」
「お帰りなさいませ」
 病院に勤務する医師や看護婦が出迎えていた。
「先生、手術の準備は完了しています」
「よし。男達を降ろして中へ運び入れる。裸の二人とこいつは睾丸摘出して、例の場
所へ移送してくれ」
「判りました」
 先生が指示したのは男優二人とカメラマンだった。
 どうやらここにいる医師団によって分業で同時に手術するようだ。
「たまたま……取っちゃうんですか?」
「ああ、これまでの悪行の罪を償ってもらう。盗聴していた会話を聞いていれば、罪
のない素人の女性を無理矢理強姦生撮りAV嬢に仕立て上げたり、散々な酷いことを
重ねていたようだからな」
「例の場所ってどこですか?」
「決まっているだろう。玉抜きした人間の行き着く場所は一つだよ。裏のゲイ組織で
働いてもらうのさ。まあ、よほどのことがない限り、そこから出ることはできないだ
ろう」
「ちょっと可哀想ね」
「同情かね。敬が飛び込まなければ、こいつらに犯されていたんだぞ」
「そ、それは……」
 言葉に詰まる真樹。
 法の番人の警察官として、ちゃんと裁きに掛けるのが筋だと思っているからである。
このような私刑というべき行為は許されていないのではないか……。
「私は、こいつを担当する」
 指差したのは、真樹をあの雑居ビルに連れ込んで、AVビデオを撮ろうとした勧誘
員だ。男達のリーダー的存在だった奴。
「やっぱり、たまたま取っちゃうのですか?」
「いや、こいつには別の手段を使う。何せ、売春組織のことを洗いざらい吐いてもら
わなければならないからな。組織のことを知っているのは、こいつだけだろうから
な」
「どんな手段ですか?」
「まあ、見ていたまえ」
 そう言って、含み笑いを浮かべたかと思うと、勧誘員を乗せた移送台を押して病院
の中へと入っていった。
 真樹と敬もその後に続いて行く。


 その勧誘員を運び込んだ部屋は、産婦人科で使われるあの診察台のある部屋だった。
「手伝ってくれ。こいつを診察台に乗せるんだ」
 言われるままに勧誘員を診察台に乗せるのを手伝う二人。
「そうしたら、こいつの手足を台に縛り付ける」
 両腕を台に縛りつけ、両足を足台に乗せた状態にして、動けないように固定する。
「よし、準備完了だ。目を覚まさせよう」
 薬品棚から瓶を取り出して、ガーゼに含ませている。
「気付け薬ですか?」
「そういうこと」
 そのガーゼを勧誘員の鼻先に近づけると……。
「ううっ!」
 といううめき声を上げて目を覚ました。
「こ、ここはどこだ?」
 開口一番、ありきたりな質問だった。
 まあ、それ以外には言いようがないだろうが。
 そして診察台に固定されていることに気づいて、縛られている状態から抜けようと
して盛んに身体を動かしていた。
 しかし無駄な行為だった。
「とある病院だよ」
「俺を、どうするつもりだ?」
「貴様が売春婦の斡旋業をしていることは判っているのだ。若い女性を『アイドルに
してあげよう』とか言葉巧みに誘い込んで、強姦生撮りビデオを撮影していた。そし
て、その後には売春組織に売り渡していたこともな」
「そ、それは……」
 図星を言い当てられて言葉に窮する勧誘員。
「これまでに侵した罪を償ってもらうことにする」
「な、何をするつもりだ?」
「強姦された挙げくに売春婦にされてしまった罪もない女性たちの苦しみをおまえに
も味わってもらうことにする」
「どういうことだ」
「おまえを女に性転換して、売春婦として一生を惨めに生きてもらうのさ」
「性転換だ……。売春婦だと? 馬鹿なことを言うな」
「信じたくもないだろうがな……」
 と言いながら再び薬品棚から別な薬剤の入ったアンプルを持ち出してくる黒沢医師。
「さて……。これが何か判るか?」
 アンプルを取り出して、その中の薬剤を注射器に移している。
「な、なんだ?」
「究極の性転換薬だ」
「性転換薬だと? 嘘も休み休み言え!」
「信じられんだろうな。だが、明日の朝になれば真実かどうか判る。その目で確認す
るんだな」
 その声は相手を脅すには十分過ぎるほどの重厚な響きを伴っていた。
「や、やめてくれ!」
 診察台に縛り付けられて、どこからともなく漂ってくる薬剤の匂い。明らかに病院
の中だと判る場所。
 そんな所で言われれば、さすがに本当なのかと思い始めているようだった。
「た、たのむ。何でも言う事を聞く。組織のことも喋る。おまえら警察だろう?」
 勧誘員の声は震え、懇願調になっていた。
「無駄だよ。お前の運命は決まってしまったんだ」
「本当だ。嘘は言わない。組織のことを喋る。おまえらそれが知りたいんだろう?」
 しかし、冷酷な表情を浮かべて、押し殺すような声の黒沢医師。
「諦めるんだな」
 そいういうと、注射を勧誘員の腕に刺した。
「やめろー!」
 黒沢医師が止めるはずもなかった。
 注射器のシリンダーが押し込まれ、薬剤が勧誘員の体内へと注入されていく。
「い、いやだ……やめて……くれ」
 勧誘員の声が途切れ途切れになり、そしてそのまま意識を失ってしまったようだ。

「どうしたんですか?」
 真樹が近づいて尋ねる。
「薬剤の中に睡眠薬を入れておいた。明日の朝まではぐっすりだ。逃げられないよう
に、このままの状態で置いておく」
「睡眠薬? 性転換薬じゃなかったのですか?」
「睡眠薬も入っているということだ。性転換薬というのは本当だ」
「冗談でしょう?」
 真樹は麻薬取締官であると同時に薬剤師でもある。
 現在市場に流通している薬剤のことならすべて知っている。
 性転換薬など、許認可されてもいなければ、開発されたという噂すら聞いたことも
ない。
「私の運営している会社は知っているだろう?」
「もちろんです。医者は副業、本職は薬剤メーカーの社長さんですよね」
「その通りだ」
「まさか、開発に成功されたのですか?」
「いや、奴に射ったのは試験薬だ。人間に投与しての臨床試験に入っていない」
「まさか、この男で人体実験を?」
 敬が核心に触れるように言った。
 意外なところで他人の心を読み取ることがある。
「あはは、その通りだ。何せ、臨床試験しようにも、出来る訳がないだろう? 女に
なりたいという人間は数多くいても、どうなるかも知れない怪しげなる薬を試してみ
ようという人間はいないさ。もっと確実に性転換できる手術が発達しているからな」
「なるほど……」
「明日の朝っておっしゃってましたけど……」
「ああ、動物実験から類推するに人間なら一晩で可能なはずだ」
「本当にできるのでしょうか?」
「だから、人体実験だよ。明日が楽しみだ」
 といって笑い出す先生だった。
「そんな……」
「まあ、興味があって成果を見たいなら明日来てみるんだな。成功か失敗か、いずれ
にしても面白いものが見られるはずだ」
「見に来ます! 乗りかかった船ですよ。最後まで見届けたいです」
「いいだろう。明日の午前九時にきたまえ。囮捜査のことで、明日も出勤日ではない
のだろう」
「はい。明日の九時ですね。必ず参ります」

 というわけで、奇妙なる性転換薬というものの存在を知り、もっと早くこれが完成
していて自分がそれを使うことが出来ていたら……。
 心底そう思う真樹だった。

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