梓の非日常/第六章・ニューヨークにて(二)ニューヨーク散策
2021.03.16

梓の非日常/第六章・ニューヨークにて


(二)ニューヨーク散策

 その夜のディナー。
 食卓を囲んで談笑中の一同。真条寺家のしきたりにより、世話役の麗香と恵美子も同席している。
『でも変な気分ね』
 絵利香が首をかしげている。
『なにが?』
『こうして眺めていると、みなさん日本人の顔しているのに、ごく自然に英語を話してらっしゃるのが妙なの』
『そうかなあ、あたしは何も感じないけど』
『それは、梓ちゃんが生まれた時からずっと英語の世界で育ったから。最初に覚えたのが英語じゃない。わたしも、ニューヨークで生まれ育った点は同じだけど、両親が日本人だし国籍も日本になってる。母親共々アメリカ国籍の梓ちゃんとは、そこが違うのよね。だからかな、麗香さんにやさしく丁寧に日本語を教えてもらって普通に話せるようになったんだけど、その頃から、日本人なら日本語を話すのが自然じゃないかなって思うようになったのよね。英語を自由に話せるんだけど、どこかに常に日本語の存在があるって感じかなあ』
『そうですね。絵利香さんが妙な気分になるのは、理解できますよ。フランス人なんかも自国語のフランス語に誇りを持っているのは有名ですよね。フランス人ならフランス語を使うのが当然という風潮があります』
『ここでの公用語を英語に限定しているのは、渚さま率いる四十八社に及ぶグループ企業が世界各地に販路と生産拠点を有する国際企業で、多種多様の言語圏からの幹部達が毎日のように屋敷を訪れるからです。英語はもちろんのこと、フランス語、ドイツ語、ロシア語、言語を統一しなければ収拾がつきませんし、それらの幹部の世話をするメイド達も混乱してしまいます。公用語として、渚さまや梓お嬢さまの国語である、英語を使用するのは自然の成り行きでしょう』
『でも、みなさん日本語も完璧に話されますよねえ』
『それは、真条寺家の本家が日本にあり、日本語を公用語としているからです』
『本家ですか?』
『本家との付き合いが不可避である関係上、日本語を修得する必要があります。梓お嬢さまに日本語をお教えしていたのはそのためです。もちろん言語を本当に理解するには、その国に行って生活してみなければ真に理解したとは言えません。だから中学校以降は日本へ留学することになったのです』

 朝日が差し込む部屋。
 日本に残してきたはずの専属メイドが、かいがいしく働いている。
『なんであなた達がいるの?』
『梓さま専属のメイドですから』
『それでわざわざ日本から追いかけて来たというわけ? しかもその英語』
『出国手続きの都合で遅れました。メイドの採用条件には、英語会話が堪能なことが必須なんですよ』
『そうなんだ?』
『はっきりいいますと、世界中どこへでもお嬢さまに付いていきますよ。それがこの子達の任務ですから』
『でも基本的に屋敷からは出られないんでしょ』
『その通りです』
『そうか……』
 何事か考えている梓。
『今日はメトロポリタン美術館とかニューヨークの街を散策しようと思っていたんだけど……あなた達、一緒についてこない? せっかくニューヨークに来ているのに屋敷でくすぶっているのは、もったいないわ』
『いいんですか?』
 メイド達の表情が輝きだす。そして自分達の直属の上司である麗香の方を見つめる。
『お嬢さまが、そうおっしゃるなら構わないでしょう。外出を許可します。ただし! あくまでお嬢さまの警護役としてです。観光気分に浮かれないようにくれぐれも充分気を付けてください』
『はい! かしこまりました』

 玄関車寄せに、梓のアメリカでの公用車である、GM社製キャデラック・エルドラドが停まっている。
 水冷V8FFエンジン、総排気量8195cc、最大出力400PS/4400rpm、最高速度195km/h、全長5613mm、全幅2029mm、全高1354mm、車両重量2134kgと、ロールス・ロイス・ファンタムⅥより多少小型軽量ながら、エンジン性能で優るこの車は速度重視、広大なアメリカ大陸を走るのに都合がよい。しかもファントムⅥ同様の完全防弾にして、セキュリティーシステム完備である。
 ちなみに渚の公用車は、クライスラー社製、インペリアル・ル・バロンである。
 また車庫を覗けば、1960年代、モータリゼーション華やかりし頃の往年の名車がずらりと並んでいる。
 GM社製シボレー・インパラ、フォード社製フェアレーン500、アメリカン・モータース社製AMX。他国に目を向けると、メルセデス・ベンツ300SEL、BMLCジャガーXJ6ー42、シトロエンDS21、フィアット128、ボルボ1800Sなどなど。梓と渚が現在公用車としているものも、この中に含まれていたものだ。
 これらはすべて渚が若かりし時代に、各国を代表する名車の数々を、オークションなどで集め回ったものだった。残念ながら日本社製はない。当時の日本車に関する諸法規(道路交通法、道路運送法、自動車に関する税法)の制約、道路舗装状態の問題、時速20km/hでトップに入れなければならないという自動車運転免許試験制度などから、渚の好奇心を刺激する優秀な車はまだ登場していなかったからだ。当時の日本はまだまだタクシーと官公庁・会社の公用車時代、オーナードライバーはまだ少数派でしかなかったのだ。世界一売れたという、日産フェアレディー・Zはまだ発売されていなかった。
 この屋敷でない別の倉庫には、アメリカの車社会を切り開いたT型フォードをはじめとして、1935年製メルセデス・ベンツSL500K、1954年製メルセデス・ベンツ300Sカブリオレ、1940年製BMW328ツーシーター、1957年製フォード・エドセル・サイテーション、1995年創立50周年記念フェラーリF50・ベルリネットなどなど。
 ルノー、ビュイック、シボレーなどの二十世紀初頭を代表する名車もずらりと保存されている。しかもすべてが完璧に整備・動態保存されて、いつでも走らすことができるのだ。中には物置の中で朽ち果てぼろぼろになっていたものを譲り受けて、メーカーから資料を取り寄せ部品やボディーなど一個一個手作りして、見事復元にこぎつけたものもある。

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梓の非日常/第六章・ニューヨークにて(一)ブロンクス屋敷
2021.03.15

梓の非日常/第六章・ニューヨークにて


(一)ブロンクス屋敷

 ニューヨークのブロンクス地区。
 とある墓地の中でおごそかに執り行われている葬儀に立ち並んでいる喪服姿の梓と絵利香。羽田に待機していた真条寺専用機には喪服が用意されていて、ニューヨーク到着後にそのまま葬儀場へと向かったのである。

 それから数時間後。
 ブロンクスにある真条寺家本宅前。タクシーから降り立つ梓と絵利香。
 城東初雁の制服から喪服へ、そして今は外出着を着ている。着替えは専用機の中に用意されていたものだ。
『うーん、ひさしぶりだわ』
 呼び鈴を鳴らす梓。スピーカーから英語で尋ねて来る。
『どちら様でございますか』
 すかさず梓も英語で応える。
『梓です。アズサ・シンジョウジ』
『え? 梓お嬢さまですか』
『YES』
『し、しばらくお待ちください』
 正門の監視カメラが動いている。梓達の姿を確認しているようだ。
『この屋敷内では、公用語は英語だからね。たとえ身内でも日本語使っちゃだめなの』
『知ってるわよ。だいたい、英語で育ったわたし達じゃない。その方が気楽でいいわ』
 だが、十数分たっても、応答がなかった。
『長いね』
『いつまで待たせるのかしら』
『もういいわ。お母さんに直接連絡取るから』
 梓はバックから携帯電話を取り出して連絡を入れた。

 屋敷内執務室。
 L字型に並べられた机に座り、渚と世話役の深川恵美子がそれぞれの書類に目を通している。
 その机の上の電話が同時に鳴りだす。この電話が鳴るのは、日本の別宅執務室及びホワイトハウスからのホットラインと、梓の持つ携帯電話からのダイレクトコールしかない。通常では屋敷内の電話交換センターから取り次がれるのが普通である。
 恵美子が電話の液晶画面に梓の名前が表示されているのを確認して伝える。
『お嬢さまからのダイレクトコールです』
『わかりました』
 電話のオンフックボタンを押して話しだす渚。
『梓ちゃん、どうしたの?』
『お母さん。今、屋敷の前にいるんだけど、確認作業に手間取っているらしくて、入れてもらえないの。何とかして』
『ちょっと待ってね』
 渚が机の上のコンソールを操作すると、背後にパネルスクリーンが降りてきて、門の前で立ち尽くす二人の映像が映しだされる。
 恵美子が梓の姿を確認して、自分の机の上の電話を掛けはじめる。
『今、門を開けさせるわ。玄関まで遠いから送迎車を出させるので、もう少しそこで待っててくれるかしら』
『わかった、速くしてね』
 そう言って、梓からの電話が切れた。
 電話交換センターを経由して電話が警備室に繋がる。
『あ、警備室ね。恵美子です。あなた達、梓お嬢さまをいつまで門の前にお待たせするつもりなの。言い訳は聞きたくないわ。今すぐ門を開けなさい。それと送迎車を出してちょうだい。大至急よ。それから責任者は、私のところに来なさい』
 続けざまにそれだけ言うと、恵美子は少し乱暴気味に受話器を置いた。
『ちょっと、梓を迎えにいってくるわ。後をお願い』
『かしこまりました』

 車寄せに二人を乗せた送迎車が入って来る。執事が後部座席を開け、梓がゆっくり降りてくる。
 ずらりと並んだメイド達が一斉に声をあげ、深々と頭を下げる。
『お帰りなさいませ、梓お嬢さま』
 メイド達のほとんどが迎えに出ているようだった。
 渚が手を広げて梓を迎え入れる。
『お帰り、梓』
『ただいま、お母さん』
 母親の胸の中に飛び込み、その頬にキスする梓。
『ごめんね。門の前で待たせてしまって。警備室に保存されていた梓ちゃんの写真が三年前のままでね。容貌がすっかり変わってしまっていたから、判らなかったらしいの』
『そうか……』
『しばらく見ないうちに、また奇麗になったわね』
『お母さんの娘だからね』
 お互いの温もりを確かめ合うようなスキンシップが続いている。アメリカと日本とに別れて暮らす母娘にとって、娘の成長ぶりと母のやさしさを確認しあう儀式である。そんな微笑ましい母娘の様子をそばで眺めている絵利香。
 ……感情を身体全体で包み隠さず表現するアメリカ式もいいものね。でも同じ事をわたしのお母さんにしたら卒倒しちゃうかな。純日本人だものね……
 一方、執務室に残っている恵美子。
『母娘というものはいいわねえ。私もお嬢さまを抱きしめたいわ』
 母娘の情景が映しだされているディスプレイを眺めながら呟く恵美子。
『それはかなわない夢です。お嬢さまの肌に触れていいのは、渚さまと世話役のわたしだけです』
 振り向くと麗香が戸口に立っていた。
『麗香! どこから入ってきたのよ』
『医療センターの方の通用ゲートを通ってきました。IC認証カードさえあれば簡単に通れますからね。それに表玄関にまわると遠回りになりましたので』
『どうしてお嬢さまのおそばにいないのよ。おかげで表玄関でちょっとしたトラブルが発生したのよ。あなたがいれば』
『仕方がありませんよ。ヴェラザノ神父とは面識がないし、クリスチャンでもありませんから、梓さまと一緒に葬儀に参列できません。その間コロンビア大学で調べものしてました』
 といいながらディスプレイに視線を移す麗香。
『ところで、この映像ですが、玄関先にはこの角度のカメラはありませんよね。それにかなり上空から捕らえているようですし、人工衛星からの映像ですか?』
『さすが、するどいわね。これは極秘事項なんだけど……まあ。あなたなら何も問題はないでしょ。お嬢さまが十六歳になれば、渚さまから正式な話しがあると思うわ』
『お嬢さまが家督を継がれればですね。渚さまも先代の恵さまも十六歳で家督を継がれましたからね。そうか、この映像はお嬢さまを』

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梓の非日常/第五章・音楽教師走る(五)オルガン
2021.03.14

梓の非日常/第五章・音楽教師走る


(五)オルガン

 それから数日後の音楽教室。
 教室へ向かって廊下を歩いている教師二人。
「あれ? 女子生徒が一人でピアノ弾いてますね。予鈴が鳴って、じきに授業が始まるというのに」
「真条寺さんじゃないですか。噂の」
「ああ、英語の授業を免除されていて、幸田先生がてこ入れしている女子生徒ですね」
「コンクール用の課題曲でも練習しているんじゃないですか。こういう静かな曲なら授業の邪魔にならんでしょう。そっとしておきましょう」
 授業開始の鐘が鳴り響く。
「おおっと。授業がはじまる。急ぎましょう」

 そうこうしているうちに、コンクール当日となった。
 出場者控え室にて順番が来るのを待っている梓。高校生の音楽コンクールなので制服姿である。午前の課題曲を終えて、午後の自由曲演奏のため、目を閉じ精神統一している。
 そこへ血相を変えて、絵利香が飛び込んでくる。
「梓ちゃん。大変よ、セント・ジョン教会のヴェラザノ神父がお亡くなりになったって」
「え?」
「たった今。ブロンクスのお屋敷から連絡があったの」
「お母さんから?」
「ええ。コンクールが終わったら、至急羽田に向かいなさいって。専用機を待機させているそうよ」
「そうか……。ヴェラザノ神父がお亡くなりになったのか……」
 小さく呟きながら天井を仰ぐようにして考え込んでいる梓。
「麗香さん。会場の後ろにあるオルガンを使えるように、手配していただけませんか」
「オルガン?」
「そうです。お願いします」
「わかりました。お嬢さま」
 麗香は梓の心づもりを察知した。大急ぎで事務所や裏方に回ってオルガンの使用許可や作動準備が手配された。それらのすべてが済んだ丁度その時、梓の出番が回ってきた。
 舞台袖で待機する梓。名前が紹介される。
 壇上をゆっくりと歩き、ピアノのそばに立ち、マイクに向かって語りだした。
「今日、わたしが生まれ育ったニューヨークにあるセント・ジョン教会のヴェラザノ神父がお亡くなりになりました」
 会場がかすかに騒ぎだす。
「神父は、わたしにオルガンの手ほどきをしてくださり、また色々な面で先生であり、良き父親でもありました。その神父がお亡くなりになったというのに、ここ東京からでは花を手向けに行くこともできません。ですから、神父が生前一番お気に入りにしていた曲を、手向けとしたいと思います」
 そういうと一礼してから、ピアノを離れ後方の巨大なパイプオルガンの前に座った。
 静かにオルガンを弾きはじめる梓。荘厳なオルガンの旋律が会場全体に響き渡る。腹の底にまで届く重低音、耳元をくすぐるような高音の響き、壁に張り巡らされた大小さまざまなパイプ管から掃き出される音色の数々。
 日本でも数台しかない本格的なパイプオルガン。演奏するには鍵盤を弾くだけでなく、パイプに空気を送るレバーの操作などピアノとはまるで違った特殊な技術が必要なのだ。それを苦もなく一人の女子高校生が弾きこなしている。それも神業とも言うべき完璧な演奏である。
 梓の脳裏にあるのは、セント・ジョン教会にあるあのパイプオルガン。そしていつも弾いていた馴染みの曲。
 それは聖歌の伴奏曲だった。
 会場が静かになった。
 ふと一人の老人が立ち上がり、目を閉じて歌いはじめた。するとまた一人また一人と、次々に立ち上がって歌いはじめるものが続出した。教会に通っている敬虔なクリスチャンなら、誰もが知っている有名な聖歌の一つ。その旋律を聞けば歌わずにはおれない。
 審査員も何もいわず黙って目を閉じ、その荘厳な音色に聞き入っている。

 全員の演奏が終わり、審査発表となった。
「残念ながら、金賞の授賞者はおりません」
 会場がざわめいた。
 誰もが梓の金賞を疑わなかっただけに、あちらこちらからため息が聞こえてくる。
「しかしながら、真条寺梓さんのオルガンの演奏は、とても素晴らしく感動的なものでした。真条寺さんに金賞をという一部の審査員の意見もありましたが、あくまでピアノコンクールである以上、それはできないという結論になりました。そこで審査員全員一致の意見で、真条寺梓さんに金賞に準ずる審査員特別賞を送ることに決定しました」
 会場を覆い尽くすような大喝采が沸き上がった。
「なお真条寺梓さんは、ヴェラザノ神父の葬儀に参列されるために、ニューヨークに発たれました。真条寺梓さんに替わりまして指導教員の幸田浩子先生に授賞式に出ていただきます。幸田先生、前へどうぞ」
 幸田教諭がしずしずと舞台上へ歩いて出る。

第五章 了

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