(六)魔女っ子変身アイドルになれる薬

(六)魔女っ子変身アイドルになれる薬

「社長! また新薬ができました」
 いつもながらのパターンで登場する研究員。
 毎度のことだから、飽きてきたぞ。
「今度は、何を開発したんだ?」
「魔女っ子変身アイドルになれる薬です」
「魔女っ子変身アイドル?」
「はい。前回の女子高生になれる薬は、女子高生だけにしかなれませんでしたが、今度のは……」
「呪文を唱えれば何にでも変身できるか?」
「その通りです。さすが、社長ですね」
「それくらい、誰だって推測はつく」
「ですよね……」
 まあ、いいさ。
 スチュワーデスや看護婦とか、一つしか変身できないよりも何パターンもあったほうが楽しいかもしれない。
 特撮ヒロインもののTV番組に使えそうだが……。
 ごく普通の女の子が、悪の組織に立ち向かうために、魔女っ子変身アイドルとなって戦うという設定で、この薬を使って変身シーンを撮る。そうすれば、特撮じゃないリアルな変身シーンを見せられそうである。
 そうでなくても、女の子の話題性として人気が出そうな感じがする。
 よくコミック・マーケットとかでコスチュームプレーする女の子が多いが、魔女っ子変身アイドルものなら売れるだろう。
「なあ、この薬は、女の子に使っても効果があるのか?」
 まさか男が魔女っ子じゃ、笑い者にしかならないからな。
「いいえ、これは男性専用の薬です。わたしのモットーは、虐げられた男性達に夢を与えるのが、その根本思想ですから」
 おいおい。
 それじゃあ、販売ルートが限られるじゃないか。
 誰にでも使えるような汎用的なものじゃないと。
 まあいいさ。
「どうせまた、実験台として新薬を飲んでくださいと言うのだろう?」
 呪文を唱えなければならないのは……、ちょっと恥ずかしいがな。
「その通りですが……」
「なんだ、何かあるのか?」
「実はこの薬……。意識だけを操作するんじゃなくて、本当に変身しちゃうんです」
「お、おい。冗談だろ?」
「わたしが今まで冗談言ったことありますか?」
「いや、ないが……。本当に変身するのか?」
「はい! ただし薬が効いている間だけです。切れたら元に戻ってしまいます」
「本当に薬は切れるんだろうな、前回では一生女子高生してなきゃならんのかと思ったぞ」
「はい、何とか解毒薬が完成しました。良かったですね」
 ほんとにどうなるかと……。
「じゃあ、早速はじめますか?」
「その前に確認しておくことがある」
「なんでしょうか?」
「副作用はないだろうな」
 そこのところが重要だ。
 とんでもない副作用なら願い下げだ。
「大丈夫です」
 きっぱりと言ったな。
 なら大丈夫だろう。口ごもったりすると何か隠していたりするのだが。
「まあ、いい。はじめてくれ」
「はい」
 研究員は、薬瓶から錠剤を取り出し、水の入ったコップと共にトレーに乗せて差し出した。
「今回は錠剤か……」
 ええい!
 考えていてもしようがない。
 ままよ。
 薬を口の中に放り込み、水で喉の中へ流し込む。

 それから小一時間が経った。
「効かないじゃないか」
「いえ。魔女っ子変身アイドルというくらいですから、この魔法のバトンを振りながら呪文を唱えていただかないと……」
 と言いながら、取り出したのは、可愛らしい装飾のついたまさしくバトンだった。
「そ、そんなことしなきゃならんのか?」
「はい。それが魔女っ子変身アイドルの決まり文句です!」
「そりゃそうかも知れないが……」
「誰しも変身願望というものを潜在意識に持っています。準備体操よろしく、これをすることで潜在意識を掘り起こして、魔女っ子変身アイドルになる準備が整うのです」
 きっぱり!
 と言い放つ研究員だった。
 おい、おい……。
 そりゃないだろ……。
 恥ずかしいこと、この上ないぞ。
 中年の男がするもんじゃない。
「できるわけがないだろ」
「でも、これをやらないとせっかく飲んでいただいた薬の効果が切れてしまいますよ。この試用品を創るだけでも、多種多様な薬剤を何度も何度も試行錯誤で調合しては廃棄し、やっと完成にこぎつけたのです。薬品代とかだけでもかなりの額になりますが、無駄になさるおつもりですか?」
 確かにその通りかも知れない。
 魔法のバトンを見つめながら困惑しきりの私だった。
 ううむ……。
「わ、わかった……。では、具体的にどうすればいいのだ?」
「説明しましょう。そのバトンを貸してください。実際にやってみます」
 私がそのバトンを渡すと、早速にバトンを振り回すようにしながら、
「ペペルマ、パリキュラ、サマルカンドル……。魔女っ子アイドルになーれ!」
 と呪文を唱えながら優雅に舞い踊った。
 ま、真似できない……。
 いくらなんでもそこまでは出来ない。
「……とまあ、こんな具合です。わたしは薬を飲んでいないので、変身はしませんが……。さあ、今度は社長の番ですよ」
 バトンを返してよこした。
「ぺ……ペルマ、パリ……」
 舌を噛みそうだった。
「だめですよ。呪文はもっと流暢に唱えなくちゃ」
「恥ずかしくて言えるかよ」
「そんなことでどうするんですか? これをなさなければ薬は完成したとは言えないのですよ」
 おい!
 そこまで言うなら、自分でやれば……。
 って、これは男性用か……。彼女の場合は、やっぱりだめだな。
 いや、待てよ。
 それは口実で、実際には女性にも使えるものかも……。
 あり得るな。
 とはいえ、もう自分が飲んでしまった。
「さあ、どうしたんですか? 続けてください」
 よく言うよ。
「ペペル・マ、パセリ……
「パセリじゃありません! パリキュラです」
「パリキュラ……」
 しばらく呪文を唱える練習が続いた。
「ああ……。もう、薬の効果が切れる頃ですね」
「そうか……。残念だな」
 薬が切れては、続ける意味がないだろう。
「それじゃあ、また薬ができたら……」
「いえ、予備にもう一錠あるんです」
 げっ!
 いやな奴だ。
 それなら最初から言っておけ。
「でも、今日はこれくらいにしておきましょう。呪文をまともに唱えられないのに、薬を飲んでもしようがありませんから、明日から特訓をしましょう」
「特訓?」
「呪文を間違いなく流暢に唱えられるようになるまで特訓です。さらにバトンを振る練習もしなければなりませんしね」
「おいおい。こんなことずっと続けるのか」
「社長が、どうしてもおいやなら構いませんよ。でも、薬は完成しません。それとも他の社員に命じてやらせますか?」
 できるわけがないだろう!
 こんな人体実験を社員にやらせるわけにはいかない。
「わかったよ。特訓をはじめよう」

 というわけで、翌日から魔女っ子変身アイドルになるための猛特訓がはじまった。
 呪文は何とか覚えることができた。
 しかし、バトンを振りながら優雅に舞い踊る仕草が、思うようにならなかった。
「だめ! もっとしなやかに身体を動かして」
「そうじゃない! 手は大きく右上から左下へ振り下ろすようにしながら……」
「空いている左手は腰に常に置いて……。はい、そこで軽くジャンプして……」
 研究員の厳しい指示が飛び交う。
 しかも身体の動きだけではなかった。
「だめだめ。心がなり切っていない! いいですか? 変身を完成させるには、心底から『自分は魔女っ子アイドルになるんだ』と思わなくちゃだめなんです。少しでも疑惑の心があれば変身はできないのです。もっと潜在意識を掘り起こし、魔女っ子アイドルになりたいと真剣に思ってください」
 そ、そこまでしなきゃならないのか?
 研究員は、手加減なく容赦のない指導を続けている。

 さらに一週間ほど経過した。
 心と身体と両面からの、魔女っ子変身アイドルになるための特訓が続く。
「だいぶよくなってきました。今日は薬を持ってきています。一回リハーサルをしてから、この薬を飲んで本番に臨みましょう」
「そうだな……」
 リハーサル……。
 私は、深呼吸し気を落ち着けながら、強く念じる。

 魔女っ子変身アイドルになる!

 そしてバトンを振り回しながら、
「ペペルマ、パリキュラ、サマルカンドル……。魔女っ子変身アイドルになーれ!」
 と唱えながら優雅に踊った。
 ぱちぱちぱち。
 と研究員が拍手しながら歩み寄ってくる。
「すばらしいです、お見事! 完璧ですよ」
「そ、そうか……」
 ずーっと特訓を続けてきたんだ。
 これでだめと言われたら、めげるぞ。
「それでは、今度は薬を飲んで……」
 と、研究員が言いかけたときだった。
 当然、私の身体が輝き始めたのだ。
「な、なんだ! どうしたというのか?」
「しゃ、社長!」
 か、からだが……。全身が焼け付くように熱い!
 そんな状態がしばらく続いたが、やがて光の消失と同時に元に戻った。
 ふうっ……。
 どうなるかと思ったぞ。
 と、研究員を見ると、硬直したようにぴくりとも動かず唖然としていた。
「おい! どうしたんだ? ぽかんと口を開けて……」
 その言葉に我に返って問い返してくる。
「社長は気が付かないのですか?」
「なにがだ?」
 研究員は、黙って社長室にある姿見を私の前に置いた。
「どうぞ、鏡をご覧下さい」
 研究員の言うとおりに鏡を覗くと……。

 そこには、派手な衣装……まさしく魔女っ子変身アイドルが着るようなコスチューム姿の女の子が映っていたのだ。もちろん身長も体格も完全なる十二歳の女の子そのもの。

「こ、これは!?」
「薬なしで、変身してしまいました」
「う、嘘だろ? この女の子が私と言うのか?」
「社長の目にも、女の子に映って見えるのですね?」
「ああ、可愛いアイドル姿の女の子がね」
「ということは、夢でもなんでもない、正真正銘に変身をしてしまったようです」
「じょ、冗談だろ?」
「真実です。現実を直視しましょう。社長は魔女っ子変身アイドルになれる特技を身に着けてしまったのです」
「おい! これが先日飲んだ薬の副作用じゃないだろうな?」
「そうではない。とは言い切れませんね。多分に可能性はあります」
 なんたることだ……。
 これまでの猛特訓によって、私の中の潜在意識にある変身願望が呼び起こされて、とうとう具現化してしまったのだ。
 薬をわざわざ飲まなくても、強く念じるだけで変身を遂げるという体質に変わってしまったのだ。
 強い信念、岩をも砕く。

 正真正銘の魔女っ子変身アイドルの誕生であった。

 しかも、あろうことか元の姿に戻れなくなってしまったのだ。
 今度の姿は十二歳の女の子。幻想でも夢でもないモノホンの女の子だ。
 こうして中学一年生として編入することになってしまった男が一人。
 そして日夜、完全悪と戦う正義のヒロインとして活躍しているのだ。