(五)女子高生になれる薬2

(五)女子高生になれる薬2

「社長! 新薬ができました」
 いつもながら脈略もなく登場する研究員。
「また、君か……。今度は何ができたんだ」
「はい。女子高生になれる薬です」
「それは、前回の薬と同じじゃないか」
「いいえ。今度のはまた違う薬です」
「どこが違うのだ」
「前の薬は自分の意識を操作して、女子高生になった気分になるものでしたが……」
「ああ、あれは結構売れに売れて、人気商品になったぞ」
「ありがとうございます。それで、今度のは皮膚にある汗腺に働いて特殊な臭いを発するようになるんです」
「特殊な臭い? あまり嗅ぎたくない感じだな」
「ちゃんと聞いてください。臭いというのは、特殊な性行動誘発フェロモンのことなのです」
「フェロモン?」
「このフェロモンを嗅いだ人間は、そのフェロモンを出している人物を女子高生だと思い込んでしまうのです」
「まさしく、前回の女子高生になれる薬の他人誘導版だな」
「フェロモンが利く範囲は、一キロメートルです」
「まるで昆虫並みだな。それじゃあ、視界にいるすべての者が、女子高生に見えるってことだな」
「その通りです」
 しばらく考えてみた。
 前回の女子高生になれる薬は、本人の意識のみを操作して女子高生になった気分をもたらした。そしてその薬は、女装趣味の人々の間に口コミで広がり、大いに売れて会社を潤してくれた。この件に関しては特別賞与を考えている。
 しかし、今回のフェロモン誘発剤に関しては、どのような利用方法があるのだろうか。
「ともかく、実際に試してみなくちゃ判らないな。私が実験台になってやろう」
 自ら進んで研究員に進言した。
「そうおっしゃると思いました」

 というわけで、早速薬を投与する。
 今回は静脈注射用の薬剤だった。
 袖を捲くった腕に、慣れた手つきで注射をする研究員。
 それから効果が現れるまでじっと待っていた。
「気分はどうですか?」
「何にも感じないな……」
「薬が効いてますよ」
「本当か? 女子高生に見えるのか?」
「嘘だと思ったら、外を出歩いてみたらいかがですか?」
「恥ずかしいじゃないか」
「大丈夫ですよ。他人には女子高生にしか見えないんだし、……その……、万が一効果が切れても元のままなんですから」
 確かに研究員の言うとおりだ。
 他人には女子高生に見えるが、本人はまったくそのままで、薬が効いていようといまいと、或いは薬の効果が切れても、元々なにも手を加えていないのだから。何の心配もいらない。
「うーん。心配ではあるが、薬の効果を確かめなくちゃいけないしな……」
 えい、ままよ!
 というわけで、社長室を出ることにした。
 廊下を歩いていると早速声を掛けられた。
「君、君、ちょっといいかな」
 常務だった。
「女の子が会社に何か用かい? セーラー服着てるとこ見ると女子高生みたいだけど、まだ授業中のはずだよね」
 冗談を言っている顔ではなかった。
 常務の目には、セーラー服を着た女子高生に見えているようだった。
「あの……。真奈美といいます。社長さんに用があってお会いしてたんです」
 とっさに知っている名前を言葉に出した。
「真奈美……。ああ、そういえば社長の知り合いにそんな名前の女の子がいたな」
「はい。その真奈美です」
「社長の知り合いならしょうがないけど、学校はさぼっちゃだめだよ。午後の授業にはまだ間に合うだろう、学校に戻りなさい」
 といって、常務の部屋へと向かっていった。
 社内を歩いていると至る所で呼び止められて、
「女子高生が会社に遊びにだめだよ」
 とお叱りの言葉を受け続けていた。
 それじゃあ、ということで、
「会社の外に出てみるか……」
 そう思ったのであるが、受付嬢のいる前を通らなければならなかった。
 今日のこの時間は、
「響子と由香里だったな」
 果たしてあの二人には、どう見えるのであろうか?
 どきどきしながら受付の前を通り過ぎる。
 できれば見つからないことを祈ったがそうもいかなかった。
「あら? ちょっと、あなた」
 先に声を掛けてきたのは響子だった。
「ねえ、こんな時間にどうしたの? まだ授業がある時間だよね」
 セーラー服姿だから当然女子高生だと思い込んでいる。
「あらら、こんな可愛い子が訪ねてくるなんて、お父さんにでも会いに来たの?」
 由香里も気づいていないようだ。
 二人の目には、完全に女子高生として映っているようであった。
 すごいな……。
 フェロモンの効果がこれ程までとは。
「はい。お弁当を忘れていったので届けに参りました」
「あら、親孝行なのね。でも、授業を抜け出しちゃいけないわね」
「これから学校に戻ります」
「そうね。気をつけて行くのよ」
 女の子らしく軽く手を振って別れの挨拶をする。

 そして会社の外へ出てきた。
 さて、どこへ行こうかな……。
 会社前にはちょっとした公園のようなものがあり、噴水の前のベンチに座り考えていると、
「ねえ、お嬢ちゃん。こんなところで何してるの?」
「まだ授業中だよね」
「いけないなあ……。おじさんが学校へ送ってあげようか?」
 と男達が声を掛けてくる。
 送り狼に変身するのだろう?
 体よく断る。
 しばらくすると、また声を掛けられる。
「ねえ、君、アイドルにならないかい?」
「そうそう、君くらい可愛かったらすぐに人気アイドルになれるよ」
「どう、すぐそこに事務所があるんだ」
 アイドルはアイドルでも、AVアイドルだろうが!
 これも断る。
 フェロモンが効いている目の前の男たちは女子高生に見えているだろうが、実際は筋骨たくましい男なのだ。AVを見ている連中にはフェロモンは効いていない。
 男同士がくんずほずれつしている映像を見せ付けられるわけである。
 お笑い種にもならないな。
 とにもかくにも入れ替わり立ち代わりで次々と男達が誘っていく。
 若い連中は、お茶しようと必ず声を掛けていく。まあ、こいつらは誘いに乗ればめっけもんという軽い気持ちだから執拗には誘わないが、アダルト系の勧誘員とおぼしき連中のしつこさには参る。まあ、それで飯を食っているのだからしようがないのだろうが、こんな奴らの毒牙にかかる女の子もいると思うと悲しくなる。
 さてと今日のところはこんなもんでいいか。
 一応女子高生なるものに姿を見せかけられることが判ったことで良しとしよう。
 まあ、私には女装趣味なるものはないが、あまり深く関わっていると癖になってしまうかも知れない。

 お昼の休憩時間になっているのを確認し、あの二人に会うと問題になるかも知れないしね、こっそり会社に戻って、研究員を捕まえて確認する。
 薬の持続時間を聞いていなかった。
「で、薬の持続時間はどれくらいなんだ?」
「持続時間ですか?」
「そうだ。二時間は経つがまだ効いているみたいだ」
「あの……」
 言いにくそうだった。
 なんか……いやな、予感がした。
 こういう言い方をした時は、決まって……。
「持続時間は……。永久に続きます」
 な、こういうと思った……。

 って、おい!
 今、何と言った!
 永久?
 一生効果が続くということか?
 つまり、女子高生に見られ続けるということじゃないか!
 そういえば言っていたな、
「大丈夫ですよ。他人には女子高生にしか見えないんだし、……その……、万が一効果が切れても元のままなんですから」
 効果が切れると言う直前に、ちょっとした間があったが、こういうことだったのか。
 自分の子供に平気で薬を使う研究員だ。
 効果を確かめるために、嘘をついてでも実験を押し進めることは判っていたじゃないか。
 考えが甘かった。

 その日から、女子高生した男の生活がはじまった。
 街を歩くたびに、女子高生だと思い込んでいる人々から「学校はどうしたの?」と聞かれるし、補導員に捉って学校名を聞かれるし……。会社に行っても、受付嬢の響子たちに「学校へ行きなさいね」と追い出される。
 皆が皆、私を女子高生として見てしまう以上、女子高生として暮らすよりなかった。

 こうして女子高校に編入し、女の子に混じって生活する羽目になった男がひとり。