性転換薬その2

 性転換薬その2 「社長、出来ましたよ!」  と叫びながら社長室に飛び込んで来た女性がいる。  一見医者のような白いユニフォームを着込んでいるが、うちの会社で雇っている薬剤 師の資格を持つ研究員の一人だ。  手には液体の入った瓶を持っている。 「何だどうした? 何ができたんだ?」 「性転換薬ですよ。社長がご命令なされた薬が完成しました」 「それは、本当か?」 「はい。動物実験でチンパンジーのレベルまで、効果が実証されています。次は、人体 への臨床実験に移行します。それでご報告に参った次第です」 「そうか……とうとう臨験までこぎつけたのか。よくやった」 「しかし、困っているんです」 「困る?」 「臨験を実施する相手がいないんです」 「そうだろうなあ……。癌の特効薬とかいうのなら、いくらでも臨験を願い出る末期患 者がいるのだが……。性転換となると……」 「どうしましょうか?」  じっとわたしの顔を見つめる研究員。 「いいだろう。私が実験台になろう」 「あ、ありがとうございます」 「ところで脇にあるベビーカーだが……。子供を連れてきているのか」 「え? あ、はい」 「まあ、連れてくるなとは言わないがね」 「実は……」  もじもじと言いにくそうにしている。  何かありそうな雰囲気だった。 「なんだね? 何かあるのか?」 「チンパンジーの動物実感で成功しましたので、次は人間だと思いました」 「だろうなあ。類人猿まできたら後は人間をと考えるのは自然だ」 「そんな時に、一緒に連れてきていた自分の赤ちゃんが目に止まりました」 「おいおい。まさか赤ん坊に性転換薬を使ったのか? それも自分の」 「実は、そうなんです」 「ほんとかよ」 「女の子がどうしても欲しかったんです。でも産まれたのは男の子でした。それでつい 魔が差して」 「なんてことを……いくら魔が差したって言ってもなあ……、それでどうなった?」 「成功はしました。素敵な女性に生まれ変わりました」 「ほう……良かったじゃないか」 「ええ……とっても素敵な女性です」 「なんか、奥歯に物が挟まったような言い方だな。何かあるのか?」 「ご覧になっていただければ判ります」  と言って、ベビーカーの中で眠る赤ん坊を覆っている掛け布をはずした。 「ほう……確かに、とっても素敵な女性だな」  そう、そこに眠っているのはまぎれもなく素敵な女性だった。  豊かな乳房。  きゅっとくびれたウェストからヒップにかけてのなだらかなボディーラインは、まさ に理想的な女性像だ。  これが大人だったら、誰しもが生唾を飲むような超美人だ。  しかし、体長六十余センチのミニチュア美人だ。 「三ヶ月だったよな」 「はい。薬が効きすぎました」 「みたいだな。その性転換薬使って戻せないのか」 「これは男性から女性への変換にしか効かないのです。手術で元に戻せませんか?」 「こんな小さな赤ん坊じゃ不可能だよ。もっと大きくなってからじゃないと」 「はあ……やっぱりですか」  研究員も私も、ただ黙って赤ん坊を見つめていた。  ほんとにこれが大人だったら良かったのに……。
     
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