性転換薬その1

 性転換薬その1

 社長室で、英二と由香里を加えて二人の結婚式の日取りについて話し合っていると、
「社長、出来ましたよ!」
 と叫びながら社長室に飛び込んで来た女性がいる。
 一見医者のような白いユニフォームを着込んでいるが、うちの会社で雇っている薬剤師の資格を持つ研究員の一人だ。
 手には液体の入った瓶を持っている。
「何だどうした? 何ができたんだ?」
「性転換薬ですよ。社長がご命令なされた薬が完成しました」
「それは、本当か?」
「はい。動物実験でチンパンジーのレベルまで、効果が実証されています。次は、人体への臨床実験に移行します。それでご報告に参った次第です」
「そうか……とうとう臨験までこぎつけたのか。よくやった」
「しかし、困っているんです」
「困る?」
「臨験を実施する相手がいないんです」
「そうだろうなあ……。癌の特効薬とかいうのなら、いくらでも臨験を願い出る末期患者がいるのだが……。性転換となると……」
「どうしましょうか?」
 じっとわたしの顔を見つめる研究員。
「ま、まさか……。私に実験台になれというんじゃないだろな」
「他にいないんです。英二様はご結婚が決まっているし、由香里さんは英二様と一緒になりたいために性転換した女性ですし、このわたしはすでに主人も子供もいます。後は社長だけなんです。しかもこの薬は6時間の有効期限しかないんです」
「わ、判ったよ。実験台になればいいんだろ。私もこれまでに多くの男性を女性にする性転換手術をしてきた。その中には本人の承諾なしに無理矢理行ったのもある。まあ、罪滅ぼしのつもりで、女性になってみるのもいいかも知れない」
 私は、性転換薬の実験台になることにしたのだった。

「それでは、注射しますよ」
 袖を捲くった私の腕に、その研究員は性転換薬の入った注射をそっと差し込んだ。

 性転換薬が私の血管の中へ注がれていく。
 どくどくどく。
 鼓動が激しくなるのを感じていた。
 緊張感は最高潮に達していた。
 もはや元の男には戻れない。
 今後は由香里たちと同じように女性として生きることになるのだ。
 そんな複雑な思いが駆け巡る。

「終わりました。効果は眠っている間に起きるでしょう。明日の朝にはびっくりしますよ。これまでになかった豊かな乳房が出現し、男性性器は女性性器に変身して、女の喜びを満悦することもできます」
 注射器をしまいながら、解説する研究者だった。
「明日の朝か、そんなに早くに性転換できるのか?」
「はい、もちろんです」
「わかった」

 というわけで、その日の夜となった。
 性転換薬が効果を現し始めたのか、お腹の中がおかしい。まるで腸捻転になったような感じだ。おそらく身体の中の前立腺などの男性性器が、子宮や膣などの女性性器に変身をはじめたせいであろう。
 それに何と言っても、股間が……睾丸が激しく痛むのだ。
 女性ホルモンを飲用し始めた男性が、睾丸の痛みを訴えるのはよくある症状だ。
 女性ホルモンは、男性の機能である精子を生産する組織を破壊する。それが痛みの原因だ。
 この時点で、男性としての機能はすでに失われたと言ってもいいだろう。

 ともかく明日の朝を迎えるべく床に入ることにする。
 すべては明日の朝に、生まれ変わる。


 そして朝となった。
 すごい寝汗だった。
 額の汗を拭おうと腕を動かすと、胸に異様な感覚を覚えた。
「もしかしたら……」
 起き上がり、パジャマを脱いで見る。
 そこにはまさしく豊かな乳房があったのである。
「ほんとうだ。研究員の言うとおりに一晩で乳房が膨らんだ」
 両手で、そっと乳房を触ってみる。
 ぷるるん。
 弾力のある乳腺の感覚が手のひらにあった。
 もちろん手が触れている乳房自体にも言いようのない感覚が伝わっている。
「これが女性の乳房か……」
 感激的であった。
 豊胸手術を受けたMTFの人々。もちろん純女性もそうであろう。
「それから……」
 私は、もっと肝心な部分を調べることにした。
 それがなければ、いくら豊かな乳房があっても無意味なことであった。
 パジャマのズボンの中へ手を入れ、さらにパンツをまさぐった。
 股間にあり、朝には元気にしていることもある男性の物。
 しかし、それは影も形も消えうせていた。
「なくなっているな……」
 さらに下の方へと指先を進めていく。
 一条の割れ目があり、小さな突起物があるのが感じられた。
「クリトリスだな」
 すぐにそれと判った。
 そして指先はその先にある小さな穴を捉えた。
 その穴の中へ、すーっと指先が潜っていった。
 びりびりと電撃のような刺激が全身を駆け巡った。
「どうやら下側も無事に変身したようだな」
 私は全身の姿が見たくなって、ベッドを降りて風呂場へ向かうことにした。
 そこの脱衣所には全身を写せる鏡があるからだ。
 服を全部脱いで、自分自身を脱衣所の鏡に映した。

 男を魅惑してやまない豊かな乳房。
 茂みの奥に隠された秘境は、女の最後の砦であり武器でもある。
 女性としての機能は完璧に果たすことができる身体がそこにあった。

 しかし……。

「おい。ちょっと待てよ」
 確かに乳房も女性性器もあるが、骨格も筋肉も、そして肝心な顔は男性そのままだったのである。
 想像してくれたまえ。
 筋骨隆々とした体躯に、たとえ乳房や女性器があっても、女性として生活できると思うか?

 これじゃあ、パロディーじゃないか!