美奈の日記 26

 まったく知らなかった。  そして今、その意思に従って臓器移植の手続きがはじめられた……。 「ここからが一番大切なことだが……。ママの臓器の一部を美奈にも移植する手はずとな るはずだ」 「ボクに移植する? どういうことなの?」  ボクに移植すると言われても、健康そのもので移植を必要とすることは何一つない。  まるで合点がいかなかった。  パパは、ボクの疑問に答えるように静かに言葉を続けた。 「正確には、子宮や膣そして卵巣といったもっとも女性である部分の臓器だよ。それを移 植して、美奈は本当の女性に生まれ変わるんだ」 「そんな事ができるの?」 「ああ……。ママは今日のこの日が起きることを想定して、以前から自分の臓器を美奈に 移植することを考えていた。そして、移植に関わる免疫関連のヒト白血球抗原(HLA)と かの諸々の検査を、自分と美奈の両方について調べていたんだ」 「ボクの免疫……も検査していたの?」 「そうだよ。こっそりと知られないようにね。美奈は女性ホルモンの投与を続けているか ら、定期的に血液検査とかしていただろう。その機会を利用してHLAとかの検査を依頼 していたらしい」 「どうだったの?」 「完全に一致した。ママと美奈は免疫的に、移植に際してはほとんど障害も起きないだろ うとの結果が出ている」 「それでママは移植を……」 「自分が助からないなら、自分の臓器を美奈にあげようと考えたんだ」 「そんな……」  ふと、思い出したことがあった。  ママは以前に、 『ママが死ぬことがあったら、ママの臓器を美奈ちゃんにあげるわね』  と、言葉にならない小さな声で語りかけたことがあった。  その時は、冗談だと思って気にもとめていなかったが。  まさか、それが今日の脳死による臓器移植のことだったとは……。 『美奈を本当の女の子にしてあげること。』  それがママの常日頃から思い続けてきたことだったに違いない。 『性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン - 第2版 -』  にそって、法律的に女性に認められるための手続きを進めてくれていた。  カウンセリング、セカンドオピニオンなど等、診療機関や法的機関をあしげく訪問し、 性転換手術に向かっての準備をすすめてくれていた。  そのママの希望がこんな形となって実現することになるとは……。  それ以上、言葉をつなぐことができなかった。  言いようのない嗚咽感が湧き上がり、涙がとめどもなくあふれた。  ママの容態については、急激な変化も起きないだろうと、パパはこのまま病院に泊まる が、ボクは一旦家に帰されることになった。ボクが残っていても何もできないから……。  どうしようもないと判っていても、やはり胸が痛い。 「それじゃあ、静香。美奈のことを頼む」  パパが静香さんに頼んでいた。 「ええ、判ってる」  ボクが精神的に参ってるだろうと考えたのだろう。  静香さんが一緒にいてくれることになった。  静香さんの車で病院を後にする。  ママを病院に残し、後ろ髪を惹かれるような言い知れぬ感情が湧き上がってくる。
     
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