美奈の日記 25

 そこは集中治療室(ICU)だった。  急性の機能不全におちいった、あるいはその可能性がある患者を収容し、24時間体制で 集中的に治療・看護・管理を行い回復をはかる病室。人工呼吸器などの生命維持装置につ ながれた患者を収容し、いかなる場合にも対処できるようICU専従医と主治医グループ、 看護師らが一丸となって24時間集中管理をしている。  病室の前にパパが立ちすくしていた。  以下に家族といえども、よぼどのことがない限り入室を許されていないからだと思った。 「美奈……」  そのパパが重苦しそうに口を開いた。 「美奈、今からパパの言うことを落ち着いて聞いてくれ」 「うん……」  ボクは頷く。  ここへ至るまでに、それなりの覚悟を決めていた。  何を言われても、驚いたりしないと……。 「今更嘘を言ってもしようがないから、単刀直入に正直に話すよ。そのつもりで聞いてく れ」 「判った……」  ボクは頷く。  他に言うべき言葉など浮かんではこない。  パパはたんたんと話を続けていた。 「ママは、車に跳ねられて、コンクリートの道路に頭部を打ちつけたんだ。それで、後頭 部脳裂傷で脳死状態になった。回復の見込みはない」  目の前が真っ暗になり、意識が薄れていく感じがした。  覚悟をしていたとはいえ、やはり現実を突きつけられて、動揺を抑えることができなか ったみたい。 「美奈ちゃん!」  とっさに静香さんが、倒れそうになるボクの身体を支えてくれた。 「美奈ちゃん、大丈夫? そこのベンチに腰を下ろしましょうね」  と介抱しながら、ベンチをすすめた。  実際に立っていられるような状態ではなかったようだ。  ボクは言われるままに、そばのベンチに腰を下ろした。  そして……、 「う、嘘でしょう?」  やっとの思いで言葉が出すことができた。 「本当だ。嘘じゃない。相手の車は、そのまま逃走してしまって、警察が行方を捜してい る。目撃者によれば赤信号の交差点に入りブレーキも掛けずに、猛スビードのままで横断 歩道を渡っていたママを跳ねたそうだ」  ボクは身体が震えるくらいの怒りを覚えた。  こういう状況の時、ひき逃げ犯はたいがいは酒酔い運転であることが多いそうだ。  酒を飲んでいるから、警察に捕まれば酒酔い運転で一発免許取り消しの上に、【危険運 転致死罪】という重刑が待っている。一生を掛けても払いきれない損害賠償をも背負うこ とにもなる。  ここは一旦逃げてしまって、十分な時間を取って酒が完全に抜けてから自首すれば、酒 酔い状態だった事を証明することは困難だし、自首したということで情状酌量、刑は軽く なるという次第である。  いわゆる【酒酔い逃げ得】ということがドライバーの間での常識。【飲むなら乗るな、 乗るなら飲むな】を守る酒飲みドライバーは存在せず死語となっている。  パパの話は続いている。 「それで、ママは生前から脳死における臓器提供意思カードの登録をしていたので、その 意思を尊重して脳死臓器移植の手続きを進めている」 「臓器移植?」 「そうだ。このまま放っておけば心臓も止まって完全に亡くなってしまうんだ。そうなら ない前に、生きた臓器を移植を希望している患者の下へ届ける」  ママが臓器提供意思カードを……。
     
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