特務捜査官レディー (響子そして/サイドストーリー)
(四十七)臓器移植手術  先生とわたしの懸命の治療の結果、響子さんは何とか一命を取り留めた。  彼女のように、現在の人生に絶望して身を投げた者の命を救うのは、生きようとい う執念がないだけに、それを助けるのは甚だ困難を伴う。  その点わたしの場合は、敬との約束を守るために、生きることに執念を抱き続けて いたから、奇跡的に助かったのだ。  幸いにも先生の蘇生技術は、ブラックジャック(手塚治虫作)も真っ青の腕前を持 っている。  何せ裏の世界における闇病院には、毎日のように遺体や植物人間、或いは抗争事件 で負傷した暴力団幹部らが運び込まれて、臓器摘出やら人体実験と延命治療、そして 救急治療が行われているのだ。いかなる人体実験や治療をやろうとも、それが失敗し 死亡しても、誰もどこからも苦情や告訴請求などは一切発生しない。好き勝手に思う 通りの手術ができるから、自然に技術もどんどん上達するというわけである。医学倫 理に縛られた表の世界ではありえない、闇の世界だからこそできる医療技術だ。  黒沢先生から、響子さんに移植できる臓器が見つかったと連絡があったのは、彼女 の蘇生に成功して危機を脱した三日後のことだった。  もちろん臓器とは、真の女性に生まれ変わらせるための女性器官のことである。  子宮から膣、卵巣や卵管、そして外性器に至る女性として必要たるすべての臓器。  かつてわたし自身が移植されたように、響子さんにその移植手術を執行するという 連絡が入ったのである。  急ぎ黒沢病院へ急行する。 「見つかったって本当ですか?」 「もちろんだ。完全に適合した、しかも良好の臓器だ」  闇の病院には、臓器摘出を依頼する臓器密売組織からの遺体や植物状態の人間が運 び込まれる。その摘出される臓器で移植希望のない、本来なら廃棄処分される女性器 は、先生が自由に再利用しても良いことになっているらしい。その女性器を、先生の 道楽? として、男性から女性に生まれ変わらせる性転換手術に利用しているわけで ある。  響子さんは、MTFとしてSRS(性再判定手術)を施術していた。しかしそれは あくまで外見上の女性でしかなかった。男性との性行為は可能ではあるが、子孫を生 み出すことのない生殖とは無関係のまがいものの性である。  わたしは、かねてより響子さんに真の女性になってもらいたいと思っていたので、 黒沢先生に女性器の移植手術を依頼していた。臓器移植がもたらした新しい人生につ いては、先生から性転換手術を受けたわたし自身が一番良く知っている。はじめて生 理がおとずれた時、本当の女性になったんだという感激は、言葉に尽くせないほどの ものだった。  そしてついに、響子さんに適合した臓器(女性器)が手に入ったという連絡。 「移植が成功したら、晴れて本物の女性としての新しい生活がはじまるのですね」 「成功したらって、私の腕を信用していないのか?」 「い、いえ……すみません」  先生にだってプライドがある。  100%成功させる自信がなければ、手術などしない。  素直に頭を下げて謝る。 「まあ、いいさ。君の言うとおりに、新しい生活が待っているのは確かだ」 「でも、また組織に捕らえられるということはありませんか?」  これまでに彼女を取り巻いてきた運命の性を考えるとき、心配せずにはおれない問 題だった。 「大丈夫だと思う。今後は、私のところで責任を持って預かることにする」 「まさか……二号さんにして自分のとこで囲うとか?」 「おい!」 「うふふ。冗談ですよ。そう言えば、奥さんと若くして死に別れたと、おっしゃって ましたけど、再婚なさらないのですか?」 「再婚か……。あまりに綺麗で、完璧に近い女性だったからな。その気にさせてくれ る女性が現れないうちにこんな年になってしまったよ」 「何をおっしゃいますか。まだまだ十分子供だってお作りになれるお年じゃありませ んか」 「この年になって子作りか?」 「まだ若いということですよ。七十歳で子供を作った男性の例もあるじゃないです か」 「ほう……。随分、子作りに固執しているが、まさか……。できたんじゃないだろう な?」 「え?」  からかっているつもりでもなかったが、今度はこちらが逆襲されたって感じだ。 「ち、違いますよ。あの事件が解決するまでは、子供は作らないって……。な、何を 言わせるんですかあ」  つい……、口がすべってしまった。  そうなのだ。  磯部健児を逮捕するまでは、子供は作らない、結婚しないと、敬と誓い合っていた のである。  だから……。  いや、こんな話はよそう。  わたしのことはこの際どうでもいい。  問題は響子さんの方である。  話題を変えてしまおう。 「手術は、いつ始められるのですか?」 「麻酔担当の医師が到着次第だ」  蘇生手術にはわたしが立ち会ったが、あれは緊急性があったからだ。  麻酔科医に連絡が取れなかったので、仕方なしにわたしが代理で担当したのだった。  やがて麻酔科医が到着して手術がはじまった。  磯部響子。  彼女が生まれ変わる手術。  これまでの哀しい運命から解き放ち、覚醒剤によって血にまみれた身体にメスを入 れ、新しい命を吹き込む手術となるはずだ。  人工的に造られた膣や外陰部を除去し、そこへ脳死状態の女性から摘出した子宮や 膣などのすべての臓器を移植する。  男性を受けて入れて妊娠し、出産そして授乳……。  一人の女性として生きるために必要なすべてのものを与える手術。  真の性転換手術だった。  そして十八時間にも及ぶ長い手術の末に彼女は生まれ変わった。  子供を産み育てることのできる真の女性として……。  今度こそ、幸せな人生を歩めることを期待したい。  心からそう祈るのであった。
     
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