特務捜査官レディー (響子そして/サイドストーリー)
(四十六)蘇生手術  五分後に黒沢産婦人科病院に到着する。  さすがに赤信号を通過できる救急車である。 「あ、そこの道を入ってください。救急はそちらなんです」  病院の手前の裏道に入るように指示する。  表玄関ではなく、裏に回るのを首を傾げている救急隊員。  説明している場合ではないので黙っておく。 「その地下通路に入って下さい」  下りのスロープに入っていく救急車。  裏玄関の前に、先生と看護婦達が待ち構えていた。  早速、響子さんを担架から病院側が用意したキャリアに移す。 「第一オペルームへ運ぶんだ」  救急隊員と共に第一オペルームへ響子さんを運び込む。  第一オペルーム……。  以前に見せてもらったことがある。  そこはとんでもなく最新鋭設備の整った手術室だった。  あらゆる状態の患者をも診ることのできるすべての器械が揃っている。  炭酸ガスレーザーなどの各種のレーザー・電気メス。  脳神経外科用に使用する、最小2ミクロンサイズの手術を可能にするナリシゲ製極 微小油圧マニュピレーター(遠隔微動装置/特注)などは特筆ものであろう。  第一というくらいだから、手術室は他にも四つある。もちろん闇の世界が関与して いる場所は、絶対閉鎖空間となっていて、先生と組織員しか入れないのは言うまでも ない。  救急隊員もこれほど充実した救急施設を見たことがないらしく、目を丸くしていた が、 「それでは責務ですので……」  ともかくも救急出動に関する報告書に記載するべき事項の確認を取っていた。  司法警察官として立会いの確認書に署名するわたし。 「それでは、私たちはこれで失礼させていただきます」  きょろきょろと辺りを見回しながら帰っていった。  よほど珍しかったのだろう。 「さてと……。真樹にも手伝ってもらおうか」 「はい。喜んで!」  手術がはじまった。  しかしあれからだいぶ時間が経っている。  響子さんは全身蒼白、生きているかも怪しい状態であった。 「どうですか? 先生」 「大丈夫だ。まだ生きているぞ」 「え? ほんとうですか」 「見ろ、わずかだが脳波が出ているぞ」 「ほんとうだ。波が出てる。良かったあ……。死なれたら、磯部さんに申し訳がたち ません」  先生は、心臓が動いているかよりも、脳波の状態を重視していた。  心臓は止まっても、人工心肺装置があるし、心臓移植や人工心臓埋め込みという手 段で、延命を施すことができる。何せここは、闇の臓器売買の拠点病院なのだ。いく らでも臓器は手に入る。しかし、脳波が止まってしまえばどうしようもないからだ。 「まだ、安心するのは早い。波が出ているというだけじゃ。どうしようもならん」 「先生なら、きっと助けて頂けると思って、運んできたんですから。この、あたしだ って生き返らせてくれたじゃないですか」 「真樹の場合は、たまたま運が良かっただけだよ」 「お願いしますよ。何でもしますから」 「じゃあ、今夜どうだ?」 「こんな時に、冗談はよしてください」 「判っているよ。そんなことしたら、真樹の旦那の敬に、風穴を開けられるよ。しか し……素っ裸で、飛び降りるとは……、おや?」 「どうなさったんですか?」 「この娘……。性転換手術してるじゃないか」 「あ、ああ。言い忘れていました。その通りです。さすが先生、良く判りましたね」 「わたしは、その道のプロだよ。人造形成術による膣と外陰部だな」 「わたしと、どっちが出来がいいですか?」 「もちろん真樹の方に決まっているだろう。第一、移植と人工形成じゃ、比べ物にな らん」 「そうですよね。どうせなら、その娘も本物を移植してあげたらどうですか?」 「免疫の合う献体がでなきゃどうにもならんだろ」 「でも、何とかしてあげたいです。あたしと敬がもっと早くに『あいつ』を検挙して いれば、母親がああならなかったし、この娘がこうなることもなかったんです」 「それは麻薬取締官としての自責の念かね」 「この娘には幸せになってもらいたいです」 「そうだな……。それはわたしも同感だ」 「せめて……」 「いかん! 心臓の鼓動が弱ってきた。少し喋り過ぎた。治療に専念するよ」 「あたしも手伝います」 「薬剤士の免許じゃ、本当は手伝わせるわけにはいかないんだが、ここは正規の病院 じゃない。いいだろう、手伝ってくれ。麻酔係りなら何とかできるだろう」 「脈拍低下、血圧も低下しています」 「強心剤だ! G−ストロファンチン。酒石酸水素ノルエピネフリン注射」 「だめです。覚醒剤が体内に残っています。強心剤が効きません! 昇圧剤も効果な し」 「なんてことだ!」 「心臓停止寸前です。持ちません」 「胸部切開して、直接心臓マッサージするしかないが……」 「覚醒剤で麻酔は利かないですよ。ショック死します。とにかく、覚醒剤が効いてい る間は、一切の薬剤はだめなんですから」 「わかっている!」 「人工心肺装置に血液交換器を繋いで、血液交換する。とにかく体内から覚醒剤を早 く抜くんだ」 「血液交換って……。彼女、bo因子の特殊な血液なんですよ。全血の交換となると、 B型でもO型でも、そのどちらを使っても、抗原抗体反応が起きる可能性があります よ」 「O型でいい。一か八かに掛ける!」 「先生。ほんとうに大丈夫ですか?」 「やるしかないだろう! ちきしょう。生き返ってくれ!」
     
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