特務捜査官レディー (響子そして/サイドストーリー)
(四十五)黒沢産婦人科病院へ  捜査員がバンの天井によじ登っている。 「生きているぞ! まだ息がある」  すぐさま報告が帰ってくる。 「担架を持って来い! 脊髄を損傷しているかも知れない。担架に乗せて、ゆっくり 慎重に車から降ろすんだ」  担架が運び出されてバンの天井に上げられ、その場で脊髄に負担を掛けないように 慎重に担架に移された。 「ようし、担架を水平に保ったまま、ゆっくり降ろせ!」  わたしは呆然と見つめていた。  身投げという事態に足がすくんでいたのである。 「真樹! こっちへ来い」  敬が、わたしを呼ぶが動けない。 「真樹。聞こえないのか! おまえが見なくてどうする?」  車から降ろされた裸の女性。  ここには女性はわたししかいない。銃撃戦が想定される捜査に女性警察官は使えな い。  当然、彼女の介抱などはわたしの役回りとなる。  敬の声に我を取り戻して、その女性のところに駆け寄る。 「ごめんなさい!」  すぐさま身体に毛布を掛けて体温の維持を図る。もちろん裸を他人に見られないた めでもある。 「響子さん?」  その姿を見たことのないわたしは、敬に確認する。 「間違いない、響子だ……」  この娘が響子さん……。  血の気の引いた青ざめた顔。  哀しい運命の性に振り回され続けている……。 「敬、これを見て」  白い腕に残された痛々しいほどの注射跡。 「覚醒剤を射たれているな……」 「ええ……」  最悪の状態に陥っていた。  覚醒剤の魔性に操られ、それから解き放そうと自ら命を絶とうとしたのだろう。 「可哀想な娘……」  涙が頬を伝わって流れてくる。  どうしようもなく哀しくて仕方がなかった。  銃撃戦に備えて付近で待機していた救急車がやってきた。 「真樹は、彼女についていけ! 後のことは俺に任せろ」 「判ったわ!」  担架に乗せられた彼女と共に救急車に乗り込む。  サイレンを鳴らして、救急車が発進する。 「センターどうぞ。飛び降り自殺の女性を収容。……脊椎損傷の可能性有り。行き先 を指示願います」  運転席の方から、東京消防庁災害救急情報センター(119番)に連絡を取ってい る声が聞こえてくる。 「待ってください。わたしの知り合いの病院があります。そちらへ搬送してくださ い」 「救急指定病院ですか?」 「いいえ。違いますが、腕は確かです」  彼女は、性転換している女性だ。  一般の救急病院に搬送するのは後々問題が起きるに決まっている。  生死の渕を彷徨っていたわたしを、奇跡的に助けてくれたあの先生のところしかな い。 「黒沢産婦人科病院です」 「産婦人科? 場違いではありませんか?」 「彼女は特別な女性なんです。そこしか治療はできないんです。責任はわたしが取り ます」 「判りました。では、場所を教えてください」  住所を教える。 「センターどうぞ……。患者の収容先は、同乗した人物の指定先に決定しました。は い、ですから……」  センターに行き先決定の連絡を入れている声。  救急車は、一路黒沢産婦人科病院へと進路変更した。  わたしは早速黒沢先生に連絡する。  救急車内での携帯電話は禁物であるが、そうも言っていられない。 「斉藤真樹です。急患お願いします。飛び降り自殺で、脊椎損傷の可能性があります。 さらに覚醒剤中毒の症状も見受けられます……」  彼女の容態を詳しく説明していく。 『判った。至急に用意する。連れて来たまえ。裏の場所だ、判っているな?』  連絡は取れた。  後は一刻も早く病院へ到着するのを祈るだけである。
     
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