純愛・郁よ

(二十四)エピローグ  郁は逮捕・拘留されることなく、起訴猶予処分となった。  郁が子供を産めない事、近所の主婦達の証言から大切に育てていた事実、評価され て情状酌量されたのである。  ただし、やはりというべきか俺の方は、刑法第三十三章第二百二十四条【未成年者 略取及び誘拐】幇助の罪で起訴された。夫としての責任を問われたのである。素直に 罪を認め控訴しなかったから、懲役七ヶ月、執行猶予三年の刑が確定した。保護監察 が付く事にはなったが、収監されることはなかった。  児童相談所が間に入ってくれて、茜は郁に預けられたまま、警察が動いて子供の身 元が調べられることになった。  茜の月齢から、妊娠から出産に至る妊婦達の病院のカルテの追跡調査が行われる。  茜の実の母親はすぐに判明した。駅前に住む女子高校生だった。  俺は安堵した。  普通なら見つからないでくれと願うのかも知れないが、それだと手続きが非常に難 しくなるそうだ。まず子供の親権の確定からはじまって、児童福祉法やらなんやらの 複雑な法的手続きが目白押し。いつ本当の母親が現れるかを考慮に入れて慎重に進め られるからだ。一年や二年で結審しない例も多く、かつ子供が自分の子になれるかも 不確定である。児童相談所などに登録されている養子を求めている者から、もっとも ふさわしい相手が選ばれて、結局他人に横取られてしまうこともある。  しかし親が見つかれば、事は簡単。その親に対して親権の委譲、すなわち養子それ も特別養子を申し出ればいいのだ。特別養子は、戸籍に対して養子ではなく実子扱い で記録されるから、戸籍から養子であることが判らないようになっている。しかも手 続きは簡単で短期に終了する。  その女子高校生は、遊んだあげくの妊娠で、太っていたからそれに気づくのが遅く なり中絶可能週期を過ぎてしまい、泣く泣く出産のあげくの、出生届けの出されない 捨て子だったらしい。子供に対する愛情は微塵もなく厄介払い、育てる気など毛頭な かった。その女子高生の両親にしても、娘が親になるのは早計、世間体もある。  家庭審判はすぐに結審した。  児童相談所の調査から、郁の母親としてのこれまでの行動、アパートの住人達から の証言、乳房の診断書など、郁が母親として最適との報告書が提出された。  女子高生とその親が、戸籍が汚れるからと出生届けを出すのを頑なに拒否しつづけ たため、茜は郁の子供として出生届けが出され、特例を認められて実子としてその戸 籍に入った。  こうして、茜は俺達の子供になった。  俺達は、郁の実家で暮らしている。  保護監察付きだから許可なく引っ越しができないし、子育てと郁の精神環境には、 親の下の方が最適だからだ。  そんな中、俺達は実家近くの結婚式会館で式を挙げる事となった。  参列者として花嫁の郁側には、親族や近隣住民達が大勢集まっていたが、両親が今 なお大反対している俺には、学生時代の友人・知人の十人程度だった。  学生友人達集まっての前日の壮行会? では、やはりというか酔い潰してやろうと いう魂胆みえみえの酒宴が繰り広げられた。おかげで今日も二日酔いだ。ちなみに彼 らは、郁が性転換していることは知らない。  花婿つまり俺の控え室は、二日酔いに苦しんでいる友人達でひどい有り様だった。 部屋中にアルコール臭が漂っている。 「おまえ平気なのか?」 「そういうわけじゃないが……。ここのところ、ほとんど毎日酒宴が続いてるからな」 「酒宴?」 「ああ、郁の実家は田舎だろう? 何かにつけてご近所さん達が毎日入れ代わりで、 肴持参でやってくるんだ。花婿の俺は当然引き出されるからな。おかげで多少酒には 強くなっているんだ」 「おいおい。身体、大丈夫か?」 「あのなあ……心配するくらいなら、壮行会で強引に酒飲ませるなよ」 「いやあ、こういうことは恒例行事だから……」  とにかく酒蒸した部屋にいては具合が悪くなるばかりだ。 「外の空気を吸って来るよ」 「迷子になるなよ」  廊下には今日の式に参列する人々がたむろしていた。花嫁側の参列者達なのだろう が、ほとんど見知った顔が見当たらない。  式がはじまるまでの間に、花嫁の控え室を訪れてみた。 「入っていいかな?」  開いていたドアを軽く叩いて合図する。 「あ、武司」  ウエディングドレスを身に纏い、化粧の最終チェックを受けているところだった。 「きれいだよ、郁」 「ありがとう」
     
11