純愛・郁よ

(八)結核  まさか、郁が結核にかかっていたとは思わなかった。  結核は今なお世界中に蔓延しており、ここ最近日本でも再び患者数が増えてきて、 平成十一年七月二十六日に「結核緊急事態宣言」が厚生大臣から発表された。ただ昔 と違って医療機関が発達し、健康状態が良いので、重度の症例になるまでには至って いない。  結核菌はいたるところに存在する。映画館・交通機関、人ごみの中ありとあらゆる 所にあって、ほとんどの人が感染している。ただ、発症していないだけだ。それはツ ベルクリン反応で証明されている。  学校や職場にいれば、健康診断があって、発症した場合の発見も早い。しかし、主 婦としてずっと家にいる郁は、たまたま公民館に来ていた巡回診断車で検診して、肺 に異常な影が偶然発見されたのだ。  すぐに総合病院での精密検査となり、無自覚性開放性結核という診断が下された。  症状的にはまったくの健康人と変わらない。ごく普通に生活している状態での発病 だ。誰だって実はこの開放性結核にかかっているかも知れない。  症状は軽く自然治癒で回復に向かっているそうで、DOTS法による抗結核剤の投 与と、空気のきれいな田舎の実家での自宅療養ということになった。DOTS法とは、 抗結核剤を患者には渡さずに、毎日外来に通って職員の目の前で飲ませる方法である。 これは患者が飲んだり飲まなかったりして、耐性結核菌を生み出さないために取られ ている。薬剤としては、十数種類からある抗結核剤の中から、主としてリファンビン とヒドラジドという薬剤を軸として、症状に応じて六ヶ月から九ヶ月投与する。  郁は実家に帰るのを渋ったが、 「武司さんに病気を移したらどうするの?」  と、迎えに来た母親に説得された。  出発する時、俺の手をいつまでも握って離さなかった。いつまでも泣いていた。  一緒に付いて行きたかったが仕事がある。  日曜日には会いにいくと約束して見送った。  郁のいなくなったアパートの部屋は、なぜか閑散として寂しかった。 「奥さんどうなされたのですか?」  隣の奥さんに尋ねられたので、軽い肺結核と正直に答えた。万が一郁が感染源でう つしてはいないかと、健康診断を勧めて診察料を支払うと言った。 「一応診断は受けさせて頂きますけど、気になさらないで結構ですわよ。結核っての は発病してないだけで菌はみんなが持っているのよ。郁さんはたまたま運悪く発病し ちゃっただけ」  と言ってくれた。日頃の郁の付き合い方のたまものだろう。妹みたいに思われてい るから、まあしょうがないわねと許してくれるのだ。  本来なら保健所が消毒にくるのが尋常だが、痰塗抹検査で結核菌が検出されなかっ たこと、すでに自然治癒の方向にあったことと、近所の人々に発症者がいないので省 略された。  それから毎週末ごとに夜行で行って夜行で帰るという強行軍で、郁に見舞いに行っ た。俺の顔を見ると、郁は元気になった。  約半年後、郁はすっかり治癒し、感染力もなくなったが、念のためにさらに半年静 養することになった。
     
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