妻に変身した男の話(5)

 数日後。  初めての出勤日に、おとなしいデザインのワンピースを着込んで出社した。  新人ということで早速の紹介が行われた。  社員が全員集まって社長の紹介に耳を傾ける。 「渡辺美智子さん。今日からうちで働いてもらうことになりました」  すかさず頭を下げて自己紹介をする美智子。 「渡辺美智子です。夫とは別居中で、一人でアパートで暮らしています。子供はいませ ん」 「あの……。そこまで言わなくても良かったのよ」 「いえ、どうせ知られることなら、早いほうがいいです」 「そう……。あなたがそのつもりならいいけど」  それ相応の年齢に達した女性に対して、夫がいるかいないか、子供がいるかいないかを 問うのは自然の成り行きといえるだろう。  自らの境遇をさらけ出しておくことによって、よけいな詮索をされないための予防とな る場合もある。 「それじゃあ、先輩方を紹介するわね」  次々と先輩達を紹介してゆく。  にしても……。  この会社は女性ばかりであった。  自分を含めた事務方が四名に、営業方が八名。すべて女性である。  社長の方針なのか、男性は遠慮して止めていったのか、理由は判らない。  まあ、男性がいなければ気が楽というものである。 「それからこの会社では、新人だからってお茶汲みとかしなくていいからね。飲みたくな ったら各自が自分で入れることになっているから。お茶汲みとして雇ったわけじゃないか ら」  なるほどと思った。  男尊女卑がまかり通っている会社では、新人だろうが古株だろうが、女性というだけで お茶汲みや書類コピーを命じるところが多い。 「それじゃあ、後のことは由香里さん。お願いね」  と一人の女性を指名して社長は退室した。 「由香里です。よろしくね、美智子さん」  先ほどにも紹介があった由香里がやさしく話し掛けてきた。  たぶん新人教育係りという役どころを命じられているのであろう。  新人が入ってくるまでの間に、そのプログラムを検討されているに違いない。 「まずは、あなたのロッカーを教えるわね」 「はい」  案内された更衣室には、十二個のロッカーが並んでいた。 「ここが、あなたのロッカーよ」  といいながら、ロッカーを開けると、中には制服が入っていた。 「あなたの制服です。たぶんサイズは合っていると思うから着替えてね。外で待っている わ」  言い残して、外に出る由香里。  着替えを見られなくて済むのは助かる。  制服は淡いピンク色のタイトスカートスーツだった。  スカートの丈は膝上5cmくらいだろうか。 「膝上のタイトスカートって座ると、どうしても裾がずり上がるのよね。正面から見られ るとスカートの中が丸見えになっちゃう」  しかし考えてみれば女性ばかりの会社である。  気にしなければならない男性はいない。  いわゆる女の城ってところで、そういう場合には意外と大胆な行動をとる女性もいるこ とを知っている。  男性の気を引こうとして、しおらしくして見せる必要がないからである。  制服に着替えて更衣室を出ると、待ちかねたように由香里が寄ってくる。 「それじゃあ、次はトイレね」  案内されたトイレは化粧台を備えており、床はきれいに磨き上げられて輝いていた。  社外の人々と対面しなければならない営業方がいるので、出る前に念入りに化粧するた めに、化粧台は必要不可欠というところ。 「トイレは交代制で掃除しますから、あなたの番になったら改めてやり方を教えます」  これだけきれいになっているのだ。それなりの掃除の仕方があるのだろう。  女子トイレを出ると、隣には男子用のマークが付いたトイレがあった。 「お客様用です」  さすがに中に入ることはしないが、来店した男性客のためのものである。  それから給湯室、応接室、商談ルームなどを回って、社内案内は終わった。 「ここがあなたの机よ。ここで帳簿を付けてもらいます」  机の上にはすでに用意された伝票が積まれていた。 「取りあえず今日は、これだけの伝票を帳簿に付けてみてください。判らないことがあっ たら隣の真弓さんに聞いてください」 「はーい、真弓よ。よろしくね」 「真弓さんは電子帳簿を付ける係りです。あなたには手書きの帳簿を付けてもらいます。 帳簿に移し終えたら、真弓さんに伝票を渡してください」  確実にデータの残る手書きの帳簿と違って、電子帳簿にはトラブルによってデータが消 失することがある。  そのための配慮なのであろう。  ともかくも仕事に取り掛かる。判らないことは真弓に尋ねる。  伝票の数字を帳簿に移し変え、終わったものを隣の真弓に渡す。  すべての伝票の処理を終えたとき、丁度時計の針が5時を指し示していた。 「おわったー!」  あちらこちらで安堵の声があがった。  9時から5時まで。  残業はなし!  5時以降に持ち越さなければならないのは、本人の能力に問題があるからだ。  それがこの会社の営業方針である。 「美智子さん。帰りましょう」 「はい」  机の上を片付ける。 「今夜は大丈夫でしょ?」 「え?」 「新人歓迎会よ」  というわけで、制服からワンピースに着替えて、とある居酒屋に直行である。  すでに営業方の数名が先にやってきていて、酒宴を上げていた。 「遅いわよ!」  と言われても、終わってすぐに駆けつけたのだが。 「気にしないで、真紀はいつもそうなのよ」 「そうそう、気にするな」  屈託のない笑い声が響いた。  さて、主賓を迎えて酒宴は絶好調となる。  女性同士遠慮のないおしゃべりが続く。  酒に酔って醜態をさらし、果ては化けの皮が剥げないように、酒量は控えめに押さえて いた。  楚々としておとなしくしていた。
     
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