第二十五章 帝国遠征
V  質問が自分の事に言及され、みじろぎもせずにスクリーンを凝視するアレックス。 「……だって言ってますよ」  ゴードンが、親指でスクリーンを指差す格好で口を開く。  言いたいことは良く判っている。  共和国同盟が滅び、守るべき国家の存在が消失した今、もはやタルシエンに固執す る必要はないと言えるだろう。アル・サフリエニ方面軍を解散して要塞を明け渡し、 これまでに戦ってくれた将兵に報いるためにも、郷土への帰還を許すべきではなかろ うか。  通信を終えて、総参謀パトリシア・ウィンザー大佐に指令を出すアレックス。 「パトリシア、全幕僚を会議室に集合させてくれないか。一時間後だ」 「かしこまりました」  ただちに、フランソワに代わって副官となった、マリア・スコーバ中尉によって全 幕僚に伝令が発せられた。  会議室にフランク・ガードナー少将以下の幹部達が勢揃いしている。  アレックスがパトリシアを連れて入室する。 「提督!」 「我々は武装解除されるのでしょうか?」 「要塞を明け渡せとのことですが、本当に承諾するつもりですか」  次々と質問を浴びせかける一同。 「結論だけ言わせてもらうと……」  一同が注目する。 「私は投降もしないし、もちろんこの要塞を明け渡すつもりもない」 「ではこの要塞に籠城して徹底交戦なさるおつもりですか」 「籠城? それは無駄死にするのがおちだ」 「しかし、要塞の主砲があれば……」 「火力を過信してはいけない」 「その通りこの要塞を奪取したのも、不発弾一発だけだったのを忘れたのか」 「それは提督と総参謀長殿の奇襲作戦があったから」 「だが敵から別の手段を仕掛けてこられて、同様にこの要塞が落ちる可能性もあるわ けだ。何せ、敵はこの要塞のすべてを知り尽くしているんだ。我々の知らない侵入経 路や手段がある可能性もあるわけだな」 「では、どうなさるのですか」 「それを答える前に考えてみてくれたまえ。我々が投降して後背の憂慮がなくなった とき、総督軍がどういう行為に出るか?」 「銀河帝国への侵略を開始するでしょうね。もちろん総督軍の再編成が済み、補給の めどが立てばですけど」 「連邦の軍事力に同盟の経済力が加われば、帝国に勝ち目はありませんね」 「帝国は敗れ、銀河は連邦によって統一されることになりますね」 「統一されれば平和がやってくるのでは」 「どうかな……」  とアレックスは低くつぶやいて言葉をつないだ。 「確かに銀河は一時的には統一されるかもしれない。しかし、連邦は元々軍事クーデ ターによって一部将校の手によって帝国から分離独立して起こされた国家だ。銀河が 統一され平和になれば……」  アレックスの言葉尻を受けてゴードンが答えた。 「そうだ。軍部は意味をなさなくなってくる。上層の将校はともかく、昇進の道を閉 ざされた下位の将校に不満が高まるのは明白だ。戦いと名誉の昇進がなければ軍事国 家はやがて崩壊する」 「再びクーデターが起こって分裂するということですね」 「そうだ。連邦が軍事国家である限り、真の平和はありえない。ゆえに連邦にこれ以 上の纂奪を許さないためにも、我々が手をこまねいていてはならないのだ」  場内は静まり返っている。  各自それぞれに思いを巡らしているのだろう。 「故郷へ帰りたいと思う者もいるだろうが、その思いを果たせることなく宙{そら} に散った数え切れない英霊達のためにも、あえてここに踏みとどまり解放軍を組織し て徹底抗戦をしたいと思う。そして銀河帝国への侵略を阻止する足枷になるのだ」 「解放軍ですか?」 「そう。共和国同盟の各地に出没して、ゲリラ戦を引き起こす」 「それ! いいですねえ。ゲリラ戦なら望むところです」  ゴードンはいかにも嬉しそうな表情を見せる。  彼の率いるウィンディーネ艦隊は、高速機動を主眼としており、一撃離脱のゲリラ 戦には最適であろう。 「しかし戦闘を続けるには燃料と弾薬の補給が不可欠です。どうなさるおつもりです か?」 「共和国同盟が崩壊したとはいっても、連邦が全領土を完全に掌握したのではない。 僻地ではいまだに反抗する勢力があるのも事実だ。しかし彼らには動ける艦隊を持ち 合わせていない。そこで我々がそういった勢力を取りまとめ解放軍として旗揚げすれ ば、総督軍と十分にやりあえる」 「食料や資材、燃料・弾薬の補給も受けられますね」 「総督軍には解体された同盟軍将兵も再編成されている。かつての味方同士で骨肉を 争う戦いを強いられることになる。ゲリラ戦なら相手を選んで戦いを仕掛けることも 可能だからな」
     
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