第十七章 リンダの憂鬱
V  食事休憩中のパトリシアとフランソワ。 「お姉さま、お願いがあります」 「なに」 「お姉さまと同室になるようにしていただけませんか」 「あなたと同室?」 「はい」  婚約者としてのパトリシアは、アレックスと同室の夫婦居住区に移ることもできた が、あえて一般士官用の部屋にそれぞれ入っていた。同室となれば欲情を制御できる わけがなく、妊娠に至ることは明白であった。少しでもアレックスのそばにいたいパ トリシアとしても、まだ妊娠だけは避けたいと考えていたからである。 「あのね、ここは士官学校とは違うのよ。戦場なんだから」 「わかっておりますわ。あたしといっしょじゃ、おいやですか……」  フランソワは泣きそうな顔をしている。 「わかったわよ、好きになさい」 「やったあ!」 「でも、部屋を仕切っているのは、主計科主任のレイチェルさんだから、あなたの方 から依願しなさいね」 「はーい」  というわけで、早速その日にうちに、レイチェルにパトリシアとの相部屋の申請書 を提出して、乗り込んでくるフランソワであった。  鏡台の前で髪をとかしているパトリシア。勤務開けで就寝前のネグリジェ姿である。  一方待機状態にあるフランソワは、軍服姿のままベッドの上で寝そべって本を読ん でいる。 「ところでお姉さま達、まだ結婚しないのですか?」 「どうして、そんなこと聞くの?」  パトリシアは髪をとかす手を止めて反問した。 「ランドール先輩も将軍になったことだし、ここいらが好機じゃないかと思って。将 軍が退役した場合の軍人恩給だって、夫婦二人が楽に食べていけるほど支給されるっ て噂だし、配偶者手当金も任官中の結婚期間によって加金されるのでしょう? 愛し あっているなら結婚したほうが、後々もお得じゃないですか」 「思い違いしてるわよ、フランソワ。婚約しているもの同士が婚姻した場合には、そ の婚約期間も自動的に婚姻期間に含まれることになっているのよ」 「え? そうだったんですか」 「同居して生活を共にしている婚約者も婚姻関係にあるとみなされて、ちゃんと年金 だってでるんだから」 「知らなかった……」 「軍規では、夫婦は同室にされることになってるのよ。結婚していなければ他人の目 があるし抑制も効くけど、結婚したらどうしても子供が欲しくなっちゃうじゃない。 そのためには地上に降りて、別れて暮らさなければならないし。宇宙では子供は育て られないのよ」 「受精から子宮への着床、細胞分裂・脊椎形成には重力が必要だからでしょ。重力場 のある艦橋勤務なら、何とか受胎は可能かも知れないけど、艦隊勤務のストレスで妊 娠を維持することが非常に難しい、ほとんど不可能ということは聞くけど……」 「そういうこと」 「でも夫婦で一緒の職場勤務だったら、死ぬ時はいつでも一緒に死ねますね」 「だめよ、そんなこと言っちゃ。うちの艦隊のタブーなんだから」 「タブー?」 「戦いとは死ぬことに見つけたりなんて風潮は、うちの艦隊には間違ってもありえな いことなの。提督のお考えは、生きるための戦いをしろですよ」  アスレチックジムの更衣室で着替えている女性士官達。日課のトレーニングを終え たばかりである。その中にフランソワも混じっている。 「ねえ、フランソワ」 「なあに」 「あなた、士官学校でもパトリシア先輩と同室だったんでしょ」 「そうよ」 「だったら先輩達がどのくらいまでの関係か知っているんでしょ」 「え? そ、それは……」 「ねえねえ、教えてよ」 「だめよ。そんなことあたしがしゃべったなんて、お姉さまに知られたら絶好されち ゃうもん」 「あ、その言い方。やっぱり知っているのね」 「し、知らないわよ」 「うそ、おっしゃい」 「いいかげんに白状なさい」 「だ、だめえ」  同僚達から詰め寄られてしどろもどろになっているフランソワ。  その時、突然警報が鳴り響いた。  一斉に艦内放送に耳を傾ける一同。 『敵艦隊発見! 総員、戦闘配備に付け!』  新艦長のリンダ・スカイラーク大尉の声だった。 『繰り返す。総員、戦闘配備に付け!』 「いきなり戦闘?」  あわてて軍服を着込む隊員達。 「先に行くわよ」  すでに軍服姿の者は、廊下へ飛び出していった。 「ま、待ってよ!」  あたふたと軍服を着込んでいくフランソワ。  そして着替え終えて廊下に出ると、急いでそれぞれの持ち場に向かっている隊員た ちがいる。  つい先ほどまでアスレチックジムでの汗をシャワーで流したばかりだというのに、 すでに汗びっしょりになっていた。戦闘という緊張感が、心臓の鼓動を高め、汗腺か らの汗の分泌を増やしていたのだ。  ただ一人、遅れて自分の持ち場である艦橋へと急ぐフランソワ。 「もう、みんな冷たいんだから」
     
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