第十七章 リンダの憂鬱
U  バーナード星系連邦が大攻勢を仕掛けてくるという情報を得て、まずは側近の参謀 達を招集して作戦会議の事前会議をはじめたアレックスだった。全参謀及び各部署の 長が参加する作戦本部大会議となると百人近い人間が集まることとなり、意思疎通を 諮るのは甚だ困難となる。ゆえにそのまえに近しい人間だけで事前に要旨をまとめて おく必要があるわけである。これは模擬戦闘の当初から行われていたことで、ティー ルームなどで良く行われたのでお茶会会議とか、アレックス・ゴードン・ジェシカ・ スザンナ・パトリシアという人数から五人委員会とも称されていた。その後に加わっ たカインズ中佐、ロイド中佐、チェスター大佐と、情報源の要であるレイチェルを含 めて、現在は総勢九名の人員で開かれていた。ちなみに戦闘には直接に関与しない、 事務方のコール大佐は含まれていない。この九人委員会の後に招集される少佐以上の 士官約四十名を交えた作戦本会議となる。通常はここまでであるが、さらに必要とさ れたときには各部署の長を加えて作戦本部大会議が開催される。 「未確認情報だが、今回の侵攻作戦に投入されるのは、総勢八個艦隊もの艦隊が動く ということだそうだ」 「しかし今になってどうしてこれだけの大艦隊を差し向けてくるのでしょうか?」 「そりゃあ、ランドール提督がついに将軍になったからよ」 「これ以上黙って手をこまねいていたら、さらなる昇進を果たして共和国同盟軍の中 枢にまで入り込み、大艦隊を動かして逆侵攻をかけてくると判断したんでしょうね」 「タルシエン要塞を陥落させてね」 「そうそう。ランドール提督の次なる目標として、タルシエン要塞が挙げられるのは 誰しもが考え付くことよね。要塞を攻略されれば、ブリッジの片端を押さえられるこ とになり、共和国同盟への侵攻が不可能になる。だからそうなる以前に行動を起こし たのでしょう。……ですよね、提督」 「私の言いたいことを全部言ってくれたな。まあ、そんなところだろう」  この九人委員会は男女均等四名ずついるのであるが、口達者なのはやはり女性の方 である。自分の言いたいことまで、先に言われてしまうので、出番が少なくなるとぼ やく事しかりのアレックスであった。 「このシャイニング基地は、攻略するのには五個艦隊を必要とするとよく言われてい ますが、正確なところどうなんでしょうか?」 「対空迎撃システムをまともに相手にしていればそうなる勘定となるらしいわね。し かし何も迎撃システム全部を相手にする必要はないじゃない。主要な軍港や迎撃シス テム管制棟とその周辺を破壊すればいいことなのだから。基地の裏側の方は放ってお けばいいのよ。結局一個艦隊もあれば十分に攻略できるでしょう」 「なんだ。随分とさば読んでるんですね」 「そりゃそうよ。一個艦隊の守備力があるとされたカラカス基地だって、数百機程度 の揚陸戦闘機で攻略できたじゃない。守備の弱点を突けば、ほんの一握りの部隊でも 可能だということよ。……ですよね、提督」 「あのな……ジェシカ、私の言い分まで取り上げないでくれ」 「あら、ごめんなさい」  謝ってはいるものの、どうせいつものごとく二・三分もすれば元通りだろう。  何かに付けてアレックスの揚げ足を取ったり、皮肉ったりするジェシカだが、あえ て忠告しようとする者はいない。航空母艦と艦載機の運用に掛けては共和国同盟では 一二を争うと言われ、士官学校の戦術シュミレーションではその航空戦術の妙でアレ ックスを負かしたことさえある唯一の人物だからである。ゴードンやパトリシアです ら一度もアレックスに勝ったことがないのだから、それはもう賞賛ものであるから遠 慮してしまうのだ。  ドアがノックされた。  全員が音のしたドアの方に振り向く。 「入りたまえ」  アレックスの許しを得て、ドアが開き一人の将校が入室してきた。 「失礼します」  その真新しい軍服を着込んだ姿を見れば今年の士官学校新卒者らしいことが一目で 判る。 「あ……」  その将校の顔を見て驚くパトリシア。 「こちらに伺っているときいて参りました」  その将校は敬礼をして申告した。 「申告します。フランソワ・クレール少尉。ウィンザー少佐の副官として任命され、 本日付けで着任いたしました」 「フランソワ!」  彼女は、パトリシアの士官学校時代の後輩で同室のフランソワであった。 「お久しぶりです、お姉さま」  表情を崩して、満面の笑顔になるフランソワ。 「あなたが、わたしの副官に?」 「はい、千載一隅の幸運でした」  また再び一緒に仕事ができると喜び一杯といった表情である。 「頭がいたい……」  逆に頭を抱えて暗い表情のパトリシア。 「あ、お姉さま。ひどーい」 「お、なんだ、フランソワじゃないか」  ゴードンが親しげに話しかけてくる。 「あ、オニール先輩。お久しぶりです」 「ゴードンでいいよ。但し任務中でなければね」 「はい。判りました。ゴードンさん……ですよね」 「首席卒業だってねえ。頑張ったじゃないか」 「はい。後輩としてお姉さまの名前を汚したくありませんでしたから」 「うん。いい心がけだ。その調子でパトリシアに遅れを取らないように、これからの 軍務にも張り切りなよ」 「はい! もちろんです」  士官学校時代の懐かしい雰囲気に浸る者たちに、アレックスが本題に引き戻す。 「今は会議中だ。同窓会は後にしてくれ」  公私をきっちりとするアレックスだった。これが待機中のことだったら、その会話 の中に入っていたであろう。 「あ、すみませんでした」  フランソワが、素直に謝る。  他の者も、改めて姿勢を正して会議に集中する。
     
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