第十七章 リンダの憂鬱
I  士官学校の卒業の季節となった。  各艦隊や、それぞれの艦艇にフレッシュな人材がやってくる。  将兵たちの最近の話題は、そのことで持ちきりとなる。  食堂の片隅に集まった下士官達が話し合っている。 「今年の最優秀卒業生は誰か聞いているか?」 「聞いてないなあ……」 「学業成績優秀で、なおかつ模擬戦闘で優勝した指揮官が最優秀になるのが普通らし いけどな」 「例外が一人いるだろう」 「ランドール提督だろ」 「ああ、ありゃ例外中の例外だ」 「学業成績はそうとうひどかったらしいな。落第寸前だったとかいう噂だ」 「何でも優勝指揮官は、官報に掲載されるということだが、その人物が落第となると 笑い話にもならない。スペリニアン校舎の恥になるということで、成績上積み卒業で 規定通りに二階級特進となったらしい。 「学校側としては苦渋の選択だったのだろうな」 「まったくだ」 「しかし、結果としてはそれが正解だったということになるな」 「共和国同盟の英雄になってしまったもんな。これが落第だったらどうなっていた か」 「そうだよな。落第者は上等兵からだかな。活躍の場を与えられずに、今なお弾薬運 びとかの肉体労働の下働きに甘んじていたかもな」 「そして倉庫の片隅で闇賭博を主催して、みんなの給金を巻き上げているなんてね」 「大いにありうるな」 「まさか司令官が賭博を開くなんて出来ないからな。これはこれで良かったのかもし れないぜ」 「言えてる、言えてる!」  あはは、と全員が一様に声を上げて笑い転げていた。  サラマンダー司令官オフィス。  アレックスに呼び出されたジェシカが出頭していた。 「……なんてこと、提督のことを肴にして盛り上がってますよ」  食堂での会話に聞き耳を立てていたジェシカが、アレックスにご注進していた。 「なかなか図星を言い当てているじゃないか」 「闇賭博で給金泥棒ですか? まあ提督のことですから、あり得ない話ではなさそう ですが、こんな噂で肴にされているなんて、もう少しピリッと将兵達を締めてかかっ たほうがいいんじゃないですか? 艦隊の総指揮官である提督を軽々しく噂の種にす るなど問題だと思います」 「戒厳令でも発令しろと?」 「そこまでする必要はありませんが……」 「まあいいさ。肴にされるのも一興だよ。それより本題に入ろう」 「ああ……はい。判りました」  改めて姿勢を正すジェシカ。 「サラマンダー艦長の次期艦長にリンダ・スカイラーク中尉をとの君の意見具申のこ とだ」 「スカイラーク中尉に関する報告書は読んで頂けましたか?」 「ああ、読ませてもらったよ。それに付随する副指揮官のリーナ・ロングフェル大尉 の意見書も参考にさせてもらった」 「ありがとうございます」 「私は中尉とはそれほどの面識があるわけじゃないからな。率直なところどうなん だ? 旗艦の艦長としての能力は備わっているのか? リーナの意見書の方には多少 甘ったれた性格があるとの記載もあるが」 「確かに性格的に甘いところもございますが、尻を引っ叩けばシャンと直りますよ」 「そうなのか? 何にせよ、彼女は航空母艦の艦長だ。高速戦艦の運用の方は大丈夫 か?」 「提督それは野暮な質問と思いますが。航空母艦にしか乗艦したことがないからと、 戦艦への転属を否定していては、いつまでたっても進歩がありません。あえて経験し たことのない部署へ転属させることで、心機一転新たなる能力を開発する機会を与え る。これは提督がいつもおっしゃられていることじゃないですか。スザンナ・ベンソ ン大尉を参謀の仲間入りをさせて、旗艦艦隊の次期司令官に抜擢されたのもその一環 ではなかったのですか?」 「そうだったな……失言した。経験がないからと足踏みしていては進歩はない」 「まあ、旗艦の艦長という重任ですから慎重になられるのも理解できますがね。あえ て進言させて頂きます」 「うむ」 「リンダ・スカイラーク中尉は、甘ったれた性格のせいか、その潜在能力の10%も 引き出されていないと思います。その能力を開発できる環境に置いてあげるのも上官 としての責務ではないでしょうか。スザンナの後任として旗艦艦長の任務に十分働け る素質をもっております」 「確かにその通りだな。いいだろう、採用させてもらうとしよう」 「ありがとうございます」 「それでセイレーン艦長の方の後任はもう決まっているのか?」 「はい。副艦長のロザンナを順当に昇進させます」 「そうか、判った。本題は以上で終わりだ」  本題の内容が終わったところで、リラックスした姿勢に戻って話し始めた二人。か つての恋人同士だった間柄である。本題が終わったからといってすぐには別れたりし ない。 「ところで先ほどの話に戻りますが、今期の最優秀成績で首席卒業したのは、フラン ソワらしいですよ」 「フランソワ?」 「はい。パトリシアの後輩ですよ」 「知っている。あのフランソワが首席とはねえ。リンダに輪を掛けたような甘ったれ 娘だったな」 「そうですね。パトリシアのことを『お姉さま』と慕っていつもくっついていまし た」 「そうそう」 「パトリシアも少佐になったことですし、その副官に志願してくると思われます」 「あははは。あのコンビが復活というわけか」 「ええ。見ものですわよ」 「パトリシアはどう思っているのだろうか。知っているのか?」 「そりゃもう。一番にフランソワからの報告が入っているでしょうね」 「まあ、志願してくるものを追い返すこともないだろうし、フランソワの能力を十二 分に引き出せるのはパトリシアを置いて他にいないだろう」  それは、リンダがサラマンダー艦長に選ばれる前の二人の会話だった。
     
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