陰陽退魔士・逢坂蘭子/第三章 夢鏡の虚像
其の参
「実は、この鏡のことなんですが……」
鏡を覆っているカバーを外して単刀直入に切り出す蘭子。
すると校長の表情が見る間に変わっていく。
「そ、それをどこから持ってきた?」
口調も怯えた様子で、いつもの張りのある声とはほど遠い。
「講堂の舞台袖です。清掃中に生徒が見つけました。呪われていると思いますので、持ち
帰って除霊なり封印したいと思います」
「呪われているのが判るのか?」
「はい。間違いありません。この鏡には呪われて亡くなられた人たちの霊が閉じ込められ
て苦しんでいます。放っておいては、さらなる犠牲者が出るかもしれません」
「そこまで判るのか? さすが陰陽道の安部清明の末裔だな。古くは遣唐使となった阿部
仲麻呂の子孫らしいな」
「いいえ、清明の先祖説にはいくつかあって、【竹取物語】にも登場する右大臣阿部御主
人{あべのみうし}が直系ということになっています。やがて安部氏となり、摂津国に入
った一族が摂津土御門家を名乗ることととなりました」
「まあ、どっちにしても阿部氏の一族というわけだ。ともかく、その鏡のことは君の思う
とおりにしなさい」
「ありがとうございます。ご存知であれば、これまでの犠牲者の方々のことなどをお話し
て頂ければありがたいのですが……」
「いいだろう。知っている限りのことを話してやろう」
「お願いします」
口調を改めて話し出す校長だった。
「まず、その鏡がどうしてここにあること自体が不明なのだ。何せ学校創立が戦前の大正
十一年だからな。私の知っている最初の犠牲者と思われる事件は、創立五十周年記念とし
て行われた文化祭において講堂での演劇部の芝居の時に起きた。当時、源氏物語を現代風
にアレンジして上演していたのだが、待ち人来たらずで鏡を見てため息をつくシーンでヒ
ロインが急に倒れたのだ。急ぎ代役を立てて上演は続行され、その生徒を救急車で病院へ
運んだ。しかし、治療の甲斐なく原因不明の病気で死亡した」
「原因不明の病死ですか?」
「その通りだ。その次の犠牲者も演劇部員で、幼稚園の交流公演として白雪姫を演じてい
た時だった。継母役の生徒が鏡に向かって問いかける場面になったが、その時は何事もお
こらなかった。終幕間際の鏡に向かう場面で、「白雪姫が一番美しい」と鏡が答える場面
の直後に、突然倒れたのだ。そして「鏡がしゃべった」と言い残して亡くなった」
「鏡自身がしゃべったのですか?」
「ああ、鏡役のナレーションではなく、鏡が直接しゃべったというのだ」
「やはり鏡には、魔物かなんかが住み着いているようですね」
「私もそう思うよ。その後も鏡にまつわる事件が起こった。鏡を手放すなり処分しようか
という話もあったが、不幸となる物を他人に押し付けるのは如何なものかと、校庭の片隅
に埋めたのだが、とある地震の時に土地が陥没して鏡が出てきてしまった。再度埋め戻し
ても大雨でまたしても……。その後もいろんな所に隠したりもしたのだが、結局今日のよ
うに見つけ出されてしまう。やはり魔物が住み着いていて、この学校の生徒を死に至らし
めるために、現れているとしか思えない」
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