陰陽退魔士・逢坂蘭子/第三章 夢鏡の虚像

其の弐  鏡に映った像を自分自身と認識できる能力を【鏡映認知】と呼ぶ。その能力のない鳥な どが、自動車のバックミラーなどに映った自分の姿に対して攻撃をする様子はよく見られ る現象である。  鏡に自分が映るという現象は、古来から神秘的にとらえられ、こちら側の世界とあちら 側にあるもう一つの世界とを隔てる【物】と考えられて、祭祀や王墓の副葬品などの道具 として用いられるようになった。考古学調査で出土される平縁神獣鏡や三角縁神獣鏡など がその例である。「三種の神器」の一つである八咫鏡やたのかがみが最も有名である。  もし鏡の中の自分が、こちらの自分自身とは違う表情や動きを見せたら?  例えば、こちらはすましているのに、向こうでは笑っていたら? 「ひっ!」  突然、道子が悲鳴を上げ、鏡を放り出して恐怖に慄いた。 「どうしたの?」  周りの生徒達が振り向いて声を掛けた。 「鏡が笑ったのよ」 「鏡が笑うわけないじゃん」 「違うよ。鏡の中の自分が勝手に笑ったのよ」 「それは、あなたが笑っていたからでしょう?」 「笑っていない!」  生徒達が言い争うようにしているのを聞き流して、投げ出された手鏡に歩み寄る蘭子。 それを拾い上げようとしたが、異様な気配を感じて、一旦躊躇してしまう。 「呪われているわ……」  他の生徒達、特に道子に聞こえないように呟いている。  妖魔か悪霊かはまだ判らないが、何ものかが取り憑いていて【呪いの鏡】となっている らしかった。  笑っていないのに、鏡の中の自分が笑ったというのは、その取り憑いているものが見せ た幻影であろう。  封印してしまうに限るが、道子が鏡に触れて【人にあらざる者】と接して取り憑かれて しまった可能性がある。中のモノが出てしまって空になったものを封印しても意味がない。 妖魔なり悪霊を退治してしまうか、それができないのならば、元の鏡の中に引き戻して封 印し直すしかない。 「この鏡は、私が預かって調べてみるわ。もっとも学校の許可を得なければいけないけど ね」  蘭子の家系が、代々陰陽師であることは生徒達に知られている。蘭子自身も母の実家で あり、祖母の土御門晴代が当主となっている摂津土御門家(陰陽師一門)の跡取りに指名 されている。そんな事情から反対するものはいなかった。  清掃が終わって、指導教諭に説明をすると、 「自分では決断できなから、校長先生に許可をもらってね」  ということで、許可をもらいに校長室へと向かった。  ドアをノックして、応答があるのを確認して中に入る。 「何か用かね?」  蘭子の姿を見て、訝しげに尋ねる校長。  呼びもしない生徒が校長室を訪れることはめったにない。文化祭などの行事に伴う予算 折衝で生徒会役員が来る程度である。
     
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