梓の非日常/第二部 第四章・峠バトルとセーターと(七)そんでね……
2021.05.27

続 梓の非日常・第四章・峠バトルとセーターと


(七)そんでね……

 真条寺邸に戻った梓を待っていたのは、書類の山だった。
 真条寺グループの傘下企業から提出されたさまざまな書類の中で、麗華が決済でき
る範囲のものは処理が済んでいたが、代表である梓にしか決済できない書類が残され
ていたのである。
「明朝までに決済おねがいします」
「あーん。こんなに残っているの?」
「授業が終わった頃合をはかって、決済の事がありますから、お早めにご帰宅くださ
いと申しあげたはずです。なぜご帰宅が遅れたかは、あえて問いませんが、お嬢さま
は真条寺グループの代表としての仕事も多々あることを、お忘れにならないでくださ
い」
「麗華さんがやってくれればいいのに……」
「これはお嬢さまのお仕事です」
 うんざりといった表情の梓。
 麗華も手伝いたい気持ちもあるのだが、あえて冷たく突き放すことで、お嬢さま気
分の抜けない梓を、社会人としての自覚を持たせようとしていたのである。
「それでは、明朝取りに参りますのでよろしくお願いいたします」
 うやうやしく礼をして、静かに退室する麗華だった。
 積まれた書類を前にしてため息をつく梓。
「明日にしようっと……今日はいろいろあって疲れてるし……」
 大きな欠伸をもらし、パジャマを取り出して着替え、そのままベッドに入る。 
 すぐに軽い寝息を立てて眠りに入る。
 が、しかし……。
 突然、目をぱちりと見開いたかと思うと、ベッドを抜け出して書類の山に向かった。
「だめじゃない、梓。こういうことは、できる時にちゃんとやっておかないと。麗華
さんが明朝に取りにくるんだから……」
 と呟くと、黙々と書類の山をかたずけていった。

 翌朝。
 目覚める梓。
「うーん。なんか……寝不足みたい。ちゃんと眠ったのに……」
 パジャマのまま、昨夜の書類に取り掛かろうとするが、
「あれ? 書類がない!」
 机の上に置いたままにしていたものが無くなっていた。
「ねえ、ここにあった書類、知らない?」
 朝のルームメイク担当になっていた美智子に尋ねる。
「麗華さまが持っていかれましたよ」
「え? まだ決済してないのに」
「いいえ。ちゃんとお嬢さまのサインがなされていましたよ。わたしも見ましたから
間違いありません」
「ほんとう?」
「はい」
「おかしいなあ……」
 首を捻って合点がいかない様子の梓だった。
 いつの間にサインしたのかしら……。
「ま、いいか。手間がはぶけたというものよ」
 あまり考え込んでも詮無いこと。

 やがて麗華がやってくる。
「お嬢さま、おはようございます」
「うん。おはよう。ところで書類のことだけど……」
「はい。すべて滞りなく決済が済みました。記入ミスとかもありませんでした」
「あ、そう……」
 毎朝の日課となっている、麗華の手による梓の髪梳きの時間である。
 これだけは誰にも任せられない、梓と麗華の強い結びつきを確認する儀式みたいに
なっていた。
「慎二さまとのことは、仲良くなされていますか?」
 手際よく髪を梳きながら、やさしく語りかける麗華。
「な、何を急に?」
「ええ、渚さまがたいそう気になさっておられましたから」
「それって、お婿さんに迎える話?」
 以前に誕生日にブロンクスに帰ったときに、俊介との間に起こった決闘で、慎二の
自動的婚約者となったことを思い出した。
「その通りです」
「何だかなあ……」
 確かに命預けます! な、関係があるとはいえ、さすがに結婚までは考えにくい。
「でも、セーター編んであげてましたよね」
「それよ、それ。ほんとにあたしが編んだのかな……」
「お嬢さまが編んでらっしゃるところを見てますよ」
「そうか……」
 そんな梓の表情を見るにつけて、麗華は絵利香の言葉を思い出した。
 確かに、お嬢さまは変わられたようだ。
 あの研究所火災事件を契機として。
 そう、まるで二重人格だと。

第四章 了

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梓の非日常/第二部 第四章・峠バトルとセーターと(六)命預けます
2021.05.26

続 梓の非日常・第四章・峠バトルとセーターと


(六)命預けます

 ゴールが近づいていた。
 すでに視界から、前を行くリーダーの姿は見えない。
 明らかに負けがはっきりしてきた。
「なあ、梓ちゃん」
「なに?」
「この俺に命を預けてくれないか?」
「え?」
「このままじゃ、奴らには勝てない。だから、空を翔ぶ!」
「空を翔ぶ?」
「ああ……。だから俺を信じて欲しい」
 慎二の言わんとしている事をすぐに理解する梓だった。
「判ったよ。死ぬときは一緒だろ? 好きにしていいよ」
「サンキュー」
 ハンドルを握る慎二の手に力が込められるのが判った。
 切り立った崖、はるか眼下に下りのラインが見えている。
 ガードレールの途切れた箇所で、慎二は思い切りハンドルを切った。
「いっけー!」
 掛け声と共に、慎二と梓を乗せた自動二輪が、正丸の空に翔んだ。

 それに驚いたのは後続の立会人達だった。
「空を翔んだ!」
「あいつは、『手芸のえっちゃん』だったのかあ!」
「インベタのさらにイン……どころじゃないな。あれが掟破りの地元走りか?」
「よおし、こっちも行く……」
 パンダトレノを運転する梶原拓海がアクセルを踏み込む。
 そして、崖っぷちから空へと飛翔する。
 それをバックミラーで見ていたレビンの冬山渉が驚愕する。
「ば、馬鹿な二人とも自殺する気か!」
 冷静さを取り戻して、先を行くリーダーのバイクの追従に専念する渉だった。
「付き合ってられないぜ」

 空中に飛び出した慎二と梓。
 急降下する加速度に、梓の意識が遠のいていく。
 その時だった。
 意識のどこかで声が聞こえてきたのだ。
「だめよ、意識をしっかり持って! 慎二君を信じるのよ。お願い、気を確かに持って!」
 はっ! と意識を取り戻す梓。
 目の前に着地点が迫っていた。
 着地の衝撃で振り飛ばされないように、しっかりと慎二にしがみ付く梓。
 道路に直接着地するのではなく、道路脇の斜面にラウンディングを試みる慎二だった。スキーのジャンプのように斜面に着地することで、落下のエネルギーを吸収・分散させることができる。慎二の野生の感が、とっさの好判断を促した。
 すさまじい土ぼこりを舞い上げながら、減速をしながら斜面を駆け下りる慎二。そして再び峠道に舞い戻ったのである。
 続いて梶原拓海も無事に付いてきた。
「見たか、梓ちゃん。さすが『秋名のハチロク』と呼ばれるだけあるな。あいつのドラテクは神業だぜ」

 やがて、後方からリーダーの乗る自動二輪が迫ってくる。
「追いついてきたわ」
「ゴールは目の前だ! よっしゃー。飛ばすぜ!」
 スロットル全開、重低音を響かせて加速する。
 迫り来るリーダー。
 ゴールが近づく。
 先にゴールを切るか、追い抜かれるか微妙な差であった。
 両側の道沿いに立ち並ぶ観衆達、梓連合と暴走族がどうなることかと息を呑んでいる姿が目に入る。
 リーダーペアに脇に並ばれた。

 そして、そのままゴール!

 勝負はついた。
 どっちが先か?
 しかし誰も即座に答えられなかった。
 ほとんど同時に並んでゴールしたとしか見えなかった。
 続いて立会人の二者も到達する。

 道路脇に停車させる慎二。
 そのすぐ後ろにリーダーも停車させ、自動二輪を降りてヘルメットを脱いで近づいてきた。
「あたし達の負けだよ」
「同時じゃない?」
 ヘルメットを脱ぎながら答える梓。
「いや、シロートのお前らに先行を許し、追い越せなかったんだ。はっきりこっちの負けだよ」
「そうか……立会人はどう見る?」
「引き分けでいいんじゃないですか?」
 パンダトレノの窓から顔を出して梶原拓海が答える。
「そうだな」
 とは、レビンの冬山渉。

 リーダーは、空を仰ぎながら感心したように言う。
「しかし、空を翔ぶとはな、ぶったまげたよ。あんな肝っ玉の据わった奴がいるとは思わなかったよ。さすがに鬼の沢渡、噂通りの男だ」
「そりゃどおも」
「あなたもあなたね。命預けてたね、こいつに……」
「まあね」
「ここにいる奴らはみんな、国道299号線沿線にある各女子高で番を張っているんだ。それらを軽くあしらい、そして今そのリーダーであるあたしを負かしたんだ。東上線沿線を支配している青竜会と、新宿線沿線の黒姫会共々、あなたの傘下に入ることにする」
 え?
 耳を疑う梓だった。
「おまえらもいいな!」
 振り向いて部下達を一喝するリーダー。
「おお!」
 賛同の声が返ってくる。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
「あたしらは、あなたの度胸っぷりに感激したよ。新しいリーダーにふさわしい人物だ。これからもよろしく頼む」
 と頭を下げた。
「もう……」
 先の二人のスケ番共々、いくら言っても無駄であろう。
「慎二、帰るわよ」
「判った」

 こうして新たに梓の傘下に加わった正丸レディースに見送られて帰路につく梓だった。

 それにしても……。
 あの時に聞こえてきた声はなんだったのだろうか……。

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梓の非日常/第二部 第四章・峠バトルとセーターと(五)峠バトル
2021.05.25

続 梓の非日常・第四章・峠バトルとセーターと


(五)峠バトル

 ほどなく頂上に上り詰める。
 そこには先日のように多くの自動二輪が所狭しと並べられ族がたむろしていた。
 前回は女性ばかりだったが、今日は男達も混じっている。用心棒というところだろうか。
 閉業中のガーデンハウスを無法占拠していた。
「真条寺梓だな」
「ああ、そうよ」
「中へ入りな」
 異様な視線を浴びながら中へ入る。
 ガーデンハウスの一番奥に、そのリーダーはいた。
 ロングの髪をヘアバンドでおさえ、レザースーツを着込んでいた。
「逃げないでよくここまで来たね」
「人質を捕られているからね。どこにいるの?」
 リーダーが合図すると、調理場らしき所から縛られてお蘭が引き連れられて出てきた。
「梓さま!」
 梓の姿を見て歓喜するお蘭。
「大丈夫?」
「は、はい」
 怪我とかはしていないようだった。
「あなた達に従ってここまでやってきたのよ。蘭子さんを解放しなさいよ」
「いいだろう。おい、縄を解いて自由にしてやれ」
 お蘭を引き連れていた者が、その縄を解いた。 
「梓さま!」
 すぐさま梓の元に駆け寄るお蘭。
「あ、ありがとうございます。きっと助けに来てくれると信じていました」
 あの廃ビル騒動の際に、罠だと知りつつも単独でお竜を助けにきた梓のことだ。自分のことも見捨てないとじっと待ち続けていたようであった。
「で、どうすればいいの」
「喧嘩じゃ、そこにいる鬼の沢渡に勝てるわけがないからな」
「ありゃ? この俺を知ってるのか?」
「ああ、川越から広がる東上線・新宿線・埼京線などの鉄道沿線の不良達の間では知らない奴はいないほど、恐れられているからな。最近川越を縄張りにしているスケ番グループのリーダーの用心棒になったらしいこともな」
「用心棒じゃねえやい!」
 ここでも誤解されていきまく慎二だった。
 くすくすと笑う梓。
「腕づくじゃないとすれば何をするの?」
「あたし達は、この正丸峠を本拠とする走り屋だよ。もちろん勝負は街道レース」
「レース? 言っとくけどあたしはバイクにも四輪にも乗れないよ」
「知ってるよ。だから特別ルールでタンデム乗車によるタイムレースを行う。そこの沢渡が運転して後ろにあんたが乗る。ここから出発して、今登ってきた来た道を駆け下りて正丸入り口に先に到達した方が勝ちだ。もちろん正丸入り口で道路封鎖しているから対向車を気にすることなくレースに専念できる。どうだ?」
 街道レースバトルの申し込みであった。
 断るわけにはいかないだろう。
 慎二はどうかと振り向くと、
「俺なら受けて起つぜ。梓ちゃん次第だ」
 親指を立てるようにして、OKサインを送っている。
「いいわ。受けましょう」
「決まりだな」

 ガーデンハウスの前に出てくる梓と慎二。そしてリーダーを含む一団。
 スタートラインに自動二輪を並べ、エンジンを始動させる慎二とリーダー。
 慎二の自動二輪の音は重低音ながらも静かなものだったが、一方のリーダーの自動二輪は、耳をつんざく様な甲高いエンジン音が響いていた。
「奴のは2サイクルで、しかもレース用にチューンナップされてるからな。だからあんな音がするんだ。ほい、ヘルメット」
「そうなんだ」
 ヘルメットを受け取り自動二輪に跨った。
「ぴったり俺の背中に張り付いていてくれ、特にコーナーで曲がるときに、遠心力に振られて身体が外側に傾いちゃうけど、それだと曲がりきれなくなるんだ。俺が車体を傾けたら、その傾きに合わせるように身体も傾ける。タンデムでは、後ろに座る者もバランス取りをして、コーナーを曲がりやすく協力する必要がある。とにかく俺の身体の動きに合わせてくれればいいよ」
「わかった」
「まあ、事故って死ぬときは一緒だよ」
「そうだね……」
 死ぬときは一緒だよ、という言葉に微妙な感覚を覚える梓だった。
 まあ、こいつと一緒ならいいか。
 本気でそう考えていた。
「用意はいいかい?」
 リーダーの方から声が掛かった。
「ああ、いつでもいいよ」

「ちょっと待ってくれ」
 突然割り込んできた若者がいた。
 自動販売機のそばで温かいコーヒーを飲んでいたようだが、
「俺達に立会人をさせてくれないか?」
 と、そばの車を指さした。
 後から追従してバトルを見届けようということらしい。
「お、おまえは冬山渉!」
 トヨタAE86レビンを駆って、正丸峠をホームコースとする走り屋である。
「なんでおまえがいる?」
「ああ、実はこいつとバトルの最中だったんだ」
 指さす先には、同じくAE86パンダトレノの傍に立つしょぼくれた若者。
 車のサイドには、白地に黒文字で「梶原豆腐店」と書かれている。
「おまえは、秋名のハチロクかあ!」
「どうも……」
 暴走族達が集まって協議している。
「い、いいだろう。邪魔しなければな」
 リーダーが結論を出す。
「分かってるさ。では、拓海君は後からついてきてくれ」
「わかった……」
 こうして、バイクのバトルをする者と、後追いの立ち合い人の車が正丸峠を走ることになった。

 スタートマンが、両者のコース真ん中に立って手を挙げた。
「ようい!」
 息を呑む両者。
 エンジンを吹かせながら、スタートマンが手を振り下ろす瞬間を待つ。
「ゴー!」
 その手が振り下ろされると同時に発進、スタートマンの両脇を抜けて峠道を駆け下りていく。
 すさまじい加速で、慎二ペアを引き離していくリーダーペアだった。
 走り屋としてこの峠を知り尽くしているだろう、一方の慎二運転する後部座席には、二輪に跨ることなどほとんどないお嬢さまの梓である。勝負は最初から見えているだろう。
 コーナーを曲がるたびに外側に振り飛ばされそうだった。必死に慎二にしがみ付く梓。
 前を走るリーダーペアは、極端に身体を倒し、膝を地面に擦り付けるようにして豪快に曲がっていた。
「そうか……。あんな風にしてカーブを回るのか……」
 真似したくても、梓は城東初雁高校の女子制服のままである。できるわけがない。
 とにかく慎二の動きに合わせて、コーナーにくれば身体を傾ける。それを忠実に真似するだけである。
 リーダーペアに、どんどん差を広げられていった。

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