安らかな……

 真夜中、あなたがベッドに寝そべって、一人静かに読書を楽しんでいると、ドアがとん とんとノックされる。あなたはハイと返事をしてドアの所へ行く。今頃誰かしらと思いな がら……。  鍵をはずしドアをそっと開けると、あなたの知らない青年が立っている。あなたがハッ トするような好青年だ。全身の血が騒ぐ。頬はばら色に染まり、心臓は不規則に激しく脈 打っている。 「お迎えに参りました」  青年が再び念を押すように誘う。 「さあ。行きましょう」 「ええ……」  あなたは、思わずつぶやいてしまう。  いけない。  行ってはいけない。  耳の奥からそんな響きが聞こえてくる。  青年は、あなたの肩に手を乗せ、抱きかかえるようにしてゆっくりと歩き出す。あなた も青年に寄り添って歩く。自分がネグリジェ姿であることにも気づいていない。  人気のまったく途絶えた夜の街を、あなたと青年の二人だけが歩き続ける。  ひたすら、ひたすらに……。  時々あなたは、上気した顔を上げ、うっとりとした表情で青年の顔を見つめる。青年は 無表情で黙々と足を運んでゆく。  しばらく歩いていると、後方から一台のバスが音もなくやってきて、二人の所で停車す る。  バスを指差して青年は誘う。 「さあ、乗りましょう」  あなたは、一瞬ためらう。  乗ってはいけない。  乗ってはいけない。 「さあ、早く乗って」  先に乗車した青年が手を差し伸べる。あなたは青年の手を取り、バスに乗車する。  バスはドアを閉めて、音もなく静かに走り出す。  席に腰掛けた青年は、正面を向いたまま微動だにしない。隣に座っているあなたも、青 年の横顔をじっと見つめたまま。  早く降りなさい。  今ならまだ間に合う。  耳の奥から、理性の悲しい叫び声がする。  しかし、それもだんだんと弱くなってゆき、ついには途絶える。  バスは静かに走り続け、郊外に差し掛かった時に、突然ふわりと大空へ舞い上がる。  バスの中のあなたに変化が起こり始める。  何だか眠くなり、まぶたが重く開けていられない。全身の力が抜けていくよう。いつし か、あなたは青年にもたれ掛けて、ぐっすりと眠り込んでしまう。  永遠のやすらかな眠りだ。  やがて、あなたの身体が輝きだし、白いぼうっとした靄のようなものが、身体から抜け 出しはじめる。  青年はすかさずその白い靄のようなものを、金色の壷の中に収納する。  にやりと、青年はほくそ笑む。  やおら立ち上がり窓を開けて、安らかに眠るあなたを抱えあげると、いきなり窓の外へ と放り出す。  そして毒々しい言葉で、こう言うのだ。 「おまえはもう用済みだ。あばよ」  放り出されたあなたは、ゆっくりと宙を舞い落ちてゆき、やがて元いたあなたのベッド にふんわりと降りる。  ベッドの上で安らかに眠るあなたよ。  あなたはもう、この世の人ではない。
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