第十二章・追撃戦
Ⅰ
旗艦ヴァッペン・フォン・ハンブルク(戦列艦)
司令 =ヴィルマー・ケルヒェンシュタイナー大佐
副長 =ゲーアノート・ノメンゼン中尉
艦長 =ランドルフ・ハーゲン上級大尉
レーダー手=ナターリエ・グレルマン少尉
通信士 =ヴィルヘルミーネ・ショイブレ少尉
惑星クラスノダールより撤退するミュー族艦隊。
「せっかく取り戻したというのに、すぐさま撤退するはめになるとはね」
副長のノメイゼン中尉が嘆く。
「まさかだな。思惑としては、ミュー族とイオリスが潰し合いの戦闘してくれると期待していたのだが……。まさか、ほとんど無傷のまま共闘してくるとは思いもしなかったわ」
ケルヒェンシュタイナーも頷いている。
「戦力で二倍以上とあっては、撤退するしかありませんでしたね」
「後方より接近する艦影あり!」
レーダー手のグレルマン少尉。
「追いかけてきたのか? どちらの艦だ!」
「ミュータント族の模様です」
「アルビオンは惑星に留まっているのか?」
「そのようです。アルビオン軍が惑星防衛、ミュー族が攻撃という分担にでもしたのでしょう」
「増援部隊と合流するまでは、戦う状況ではない。全速力で逃げるぞ!」
ケルヒェンシュタイナーが下令し、ノメンゼンが復唱する。
「了解。全速前進! 進路そのまま!」
速度を上げて、追撃してくるミュー族との距離を引き離そうとしていた。
「両国の艦の最高速度はほぼ互角ですから、故障さえしなければ逃げ延びられそうです」
宇宙空間を追撃戦をする両国の艦隊。
しかし、ミュー族がただ黙って無意味な追いかけっこをするはずがなかった。
「後方の艦隊が消えました!」
「何? まさかワープしたのか?」
「警戒しろ! 全艦戦闘配備!」
艦内に警報が鳴り響き、あたふたと走り回る乗員達。
「前方二時の方角に艦影!」
「警報! おいでなすったぞ!」
乗員達に緊張が走る。
「敵艦急速に接近中!」
「砲雷撃戦、右舷砲塔は各個に撃破せよ」
射程距離内に入り、砲撃戦が始まる。
各砲塔室では、次々と砲弾が自動装填されてゆく。
艦橋からスクリーンに投影されている戦闘状況を見つめているケルヒェンシュタイナー。
「おかしいな。旗艦スヴェトラーナが見当たらないぞ」
「そういえばそうですね。後方の安全な場所から指揮しているだけでしょうか?」
「いや、ミュー族はすべてが先陣を切って出てくるタイプだ。安全地帯に避難しているわけがない」
と突然、艦が激しく揺れた。
「左舷に被弾!」
艦長のランドルフ・ハーゲン上級大尉が速やかに調査して報告する。
「左舷後方に敵艦出現!」
続いてレーダー手のナターリエ・グレルマン少尉。
「スクリーンを左舷モニターに切り替えろ!」
「左舷モニターを映します」
スクリーンに映し出されたのは、軽巡洋艦スヴェトラーナだった。
「いつの間に回り込んだんだのでしょう?」
「迎撃しろ!」
その下令に対して副長が意見具申する。
「待ってください。この状態で撃ち合えば、後方にいる同僚艦に流れ弾が当たります」
「だからといって黙って見れいれば、こちらがやられる! 構わん撃て!」
「りょ、了解。左舷砲塔迎撃開始!」
スヴェトラーナに対して砲撃が開始される。
砲弾が着弾する寸前だった。
スヴェトラーナが消えてしまったのだ。
砲弾は後方にいる味方艦へと向かってゆき炸裂する。
「ブラウンシュヴァイク被弾! 損傷軽微」
それ見たことかといった表情の副官。
「スヴェトラーナが消えた!」
焦るケルヒェンシュタイナー。
「どこへ行った? 全方位警戒しろ!」
次の瞬間だった。
艦の後方にスヴェトラーナが再出現したのだった。
「艦尾に被弾! エンジン部に損傷!」
「機関出力三十パーセントダウン」
スヴェトラーナは、能力ジャンプを使いつつ一撃離脱を繰り返していた。
「チキショウ! なんて奴だ!」
「このままではやられっ放しです」
「仕方がない。ワープで逃げるぞ!」
「ワープ座標を設定している余裕がありません!」
「かまわん! 適当にワープしろ!」
「それでは艦隊が迷子になります!」
「いいから、やれ!」
「りょ、了解! 適当にワープ!」
戦闘領域から、一斉にワープして逃げるアルビオン艦隊だった。
残されたミュー族艦隊も、追撃するようにワープして消えた。