第十四章 アクティウム海域会戦
Ⅱ
アルデラーン宇宙港。
宇宙空間に浮かぶ戦艦の元へと、次々と連絡艇が発進している。
その様子を遠巻きに見つめている帝国市民がいる。
「どうやら本格的な戦争に突入するようだ」
「摂政派と皇太子派、どっちが勝つのかな?」
「三百万隻対二百万隻だろ? 数で言うなら摂政派の勝利は確実だね」
「皇太子は共和国同盟の英雄だろ? 十倍の敵に対しても勇猛果敢に戦って勝利し
たというじゃないか。俺は皇太子派に賭けるね」
「その摂政派というのは止めないか? 摂政のエリザベス皇女さまは、内乱には関
わっていないんだろ? 公爵派と言うべきだよ」
「しかし公爵の言動に対して、黙して語らずを貫いている以上、その責任は免れな
いんじゃないかな」
「やばい! 見回りが来るぞ、逃げろ!」
ちりじりに散会する人々。
見回り、正確に言えば治安部隊(Security Force)の要員のことである。
クーデターを起こした為政者は、必ずといっていいほど治安部隊を組織する。
古代地球史においては、国防軍備予算よりも治安維持予算の方が多いという国も
あった。他国からの侵略よりも、国内暴動などを抑える方が先決というわけである。
アルタミラ宮殿謁見の間。
玉座に座るロベール皇帝と、その両脇にロベスピエール公爵とエリザベス皇女が
着席している。
その御前で、大臣たちがひそひそと話し合っている。
「静まれ!」
デュプロス公爵の一声で沈黙する大臣たち。
「ご報告いたします」
と、国務大臣が前に出る。
「反乱軍二百万隻が、この帝都に向けて進撃を開始しました」
「ついに来たか! 我が軍の方はどうなっているか?」
その問いには、国防大臣が答える。
「艦隊編成に手間取っておりまして、反撃体制に入るにはもうしばらくかかるか
と」
「何をほざいておるのか! これまで十分時間はあったはずだろうが。儂が出芸命
令を出すまで何をしていたのか?」
「そうは申されましても、これまで戦など経験したことないのです。艦隊編成など
まともに行ったこともありません」
「ドレーク提督がいなくなったのが痛かったな……。これなら候女誘拐の任に着け
るべきではなかった……誘拐などという、海賊行為は彼が一番適任だと思ったのだ
がな……」
海賊の頭領をやっていただけに、船の動かし方や乗員の扱い方に精通していたの
で、第一艦隊の提督に迎えたのだった。
帝国でもっとも優秀な指揮官を、自分の判断ミスで失ったことは辛かった。
頭を抱える公爵だった。
宇宙空間。
帝国艦隊が集結して出撃の時を待っていた。
旗艦である戦列艦ヴィル・デ・パリスでは、カスバート・コリングウッド提督が
指揮を執っていた。志願兵からのたたき上げの提督で、男爵の爵位を与えられてい
る。
「提督、公爵閣下より入電です」
「繋いでくれ」
「繋ぎます」
正面パネルスクリーンに、ロベスピエール公爵の姿が映し出される。
「出撃準備はどうなっておるか?」
「はい。つい先ほど完了しました。まもなく出撃します」
「そうか。頼んだぞ」
通信が途絶えて、映像も消えた。
ため息をつく提督。
そんな中、兵士たちが囁きあっていた。
「頼んだぞか……。聞いたかよ。我らの公爵様は、安全な場所でご観戦のようだ。
皇太子殿下は、自ら陣頭指揮に出て艦隊の最前線に出ておられるというのに」
「しいっ! 司令官に聞こえるぞ」
「聞こえたって構わんさ。どうせ俺たちゃ死ぬんだから」
「随分と悲観的だな」
「悲観的にもなるさ。相手は共和国同盟の英雄だぞ! 戦歴も華々しいものばかり
だ。それに引き換え俺たちはまともな戦もしたことない甘ちゃんだ」
兵士たちの憤懣(ふんまん)やるかたない気持ちは抑えようがないものだった。
どうせなら皇太子派の戦艦に配属されたかったと思う。
アレックスの艦隊に送れること二日と三時間後。
摂政派の艦隊がやっと動き出した。