難病(特定疾患)と生活保護・社会保障を考える【携帯/モバイル版】

この場を借りて、難病(特定疾患)と生活保護などの社会保障制度について考えてみたいと思います。

特発性慢性肺血栓塞栓症/診断・治療指針(公費負担)

特定疾患情報認定基準

■概念・定義
慢性肺血栓塞栓症(CPTE:chronic pulmonary thromboembolism)は、器質化した血栓により肺動脈が慢性的に狭窄・閉塞を起こした疾患の総称である。本症の定義としては、6ヵ月以上にわたって肺血流分布ならびに肺循環動態が大きく変化しないことが明らかな症例とする基準が用いられることが多い。

本症は、
(1)急性肺血栓塞栓症で、その急性期における血栓溶解が不完全であったため、長期間、血栓の残存が認められる症例
(2)急性肺血栓塞栓症に類似した急性の血栓塞栓発作を反復する症例
(3)器質化血栓により狭窄・閉塞した肺動脈の範囲が広く、肺高血圧症を合併し、労作時の息切れなど臨床症状を伴う、慢性血栓塞栓性肺高血圧症(特発性慢性肺血栓塞栓症(肺高血圧型)と同義)とも呼ばれる症例
の3つに大きく分けることができる。

肺高血圧の診断は、慢性安定期の肺動脈平均圧が25mmHg以上とされる。(1)のような急性例からの血栓残存例では、多くの場合、残存血栓により閉塞を起こした肺血管床が広範囲でない限り、正常肺のもつ豊富な予備血管床のため、肺高血圧症を合併したり、臨床的に問題となるような自覚症状をきたすことは稀といえる。また(2)の急性肺血栓塞栓症発作が反復してみられる症例では、反復発作のたびに血栓溶解が十分行われれば、臨床症状や肺循環動態ともほぼ正常まで回復することも多い。

しかしながら、一部の症例では血栓溶解が不十分なため、残存血栓 の蓄積から(3)の肺高血圧症を合併したCPTEへ移行することもあり注意が必要である。臨床的に特に重要なのは、(3)の慢性血栓塞栓性肺高血圧症であり、(2)の慢性反復型と考えられる症例のほか、明らかな急性肺血栓塞栓症発作のないまま病状の進行がみられる、いわゆる潜伏型と考えられる症例もしばしば認められる。慢性血栓塞栓性肺高血圧症は予後を含めて臨床的に重篤な疾患であるばかりでなく、外科的治療が可能であることからも、その診断は極めて重要であり、平成10年厚生労働省の治療給付対象疾患となった。

■疫学
我が国において、急性例及び慢性例を含めた肺血栓塞栓症の発生頻度は、欧米に比べて少なく、日本病理剖検輯報による検討でも、その発生率は米国の約1/10とされている。米国では、急性肺血栓塞栓症の年間発生数が50〜60万人と推定されており、急性期の生存症例の約0.1%が CPTEへ移行するものと考えられている。しかしながら、最近、急性例の3.8%が慢性化したと報告され、急性肺塞栓症例では、常に本症への移行を念頭におくことが重要である。我が国においては、平成9年度に厚生省特定疾患呼吸不全調査研究班が行った全国疫学調査成績では、慢性血栓塞栓性肺高血圧症の全国患者数は450人(95%信頼区間360-530人)と推定され、平成16年度末で611名の患者が治療給付の対象となっている。

発症年齢は、10歳代から80歳代まで広く分布し、その平均年齢は55歳前後とされ、男女比では1:2前後と女性に多くみられている。

■病因
本症の正確な発症機序は末だ明らかとはいえず、前述のごとく欧米を中心に急性肺血栓塞栓症からの移行とする説があるものの、わが国では発症年齢の平均が急性例に比し若年であること、及び欧米と比較して急性例の発生頻度と比較した慢性例の頻度が高いことなどから、わが国の慢性肺血栓塞栓症では急性肺血栓塞栓症とは異なった病因が関与している可能性も示唆されている。塞栓源として、下肢を中心とした静脈血栓が最も疑われるが、深部静脈血栓の合併頻度はあまり高いとはいえず、また血栓症をひき起こすことが知られている基礎疾患を有さない場合も多い。

血栓形成の機序の1つでもある血液凝固系の異常としては、アンチトロンビンIII、プロテインC及びSの各欠乏症や抗リン脂質抗体症候群などとの関連も示唆され、実際にこうした症例に合併した本症の報告もしばしば認められるものの、その頻度としてはそれほど多いとはいえない。本症の肺血管内皮における線溶能の低下ならびに抗線溶能の亢進を示唆する所見もみられ、肺動脈系での線溶能の異常が本症成立の機序に関与している可能性も考えられている。最近、わが国においては女性に多く、深部静脈血栓症の頻度が低いHLA-B*5201や-DPB1*0202と相関するタイプがみられることが報告されている。これらのHLAは急性例とは相関せず、欧米では極めて頻度の少ないタイプのため、欧米例と異なった発症機序を持つ症例の存在が示唆されている。

■治療
治療上、特に問題とされるのは肺高血圧を合併した慢性血栓塞栓性肺高血圧症症例であり、労作時息切れなどが強いため日常生活が大きく制限されるばかりでなく、その予後も肺高血圧の程度と相関して不良であることから、積極的な治療が必要といえる。もっとも重要なのは、ワルファリンによる厳密な抗凝固療法(PT-INR 2-3にコントロール)であり、慢性血栓塞栓性肺高血圧症である可能性が濃厚となった時点で、直ちに抗凝固療法を開始し病気の進行を防止する。また、いわゆる慢性反復型の症例で、比較的最近の血栓塞栓の反復が疑われる症例では、血栓溶解療法が有効なこともあり、試みる価値のある治療法といえる。こうした症例では、低酸素血症の著明な場合が多く、在宅酸素療法を含めた長期酸素吸入療法も併用する。また、右心後負荷の増大に伴い、右心不全症状のみられるときには利尿剤の投与も行われるが、血液の濃縮からかえって血栓形成を助長する可能性も考えられ注意が必要である。また再発する例や深部静脈血栓症を有する例では、下大静脈フィルターの留置も有効とされる。

こうした内科的治療法にても、自覚症状ならびに肺循環動態の改善がみられない場合には、外科的治療の適応の有無について検討する。外科的治療法としては、米国サンディエゴグループの行っている胸骨正中切開法による両側肺動脈の肺血栓内膜摘除術が一般的とされるが、高度の技術を要する手術であることから、設備の整った施設において本法に熟練した血管外科医により行われることが望ましい。手術の適応基準としては、(1)労作時の呼吸困難などの自覚症状が強いこと(Hugh‐Jones分類でIII度以上、 肺高血圧症機能評価分類(NYHAに相当)でclass 3以上)、(2)著明な肺高血圧の合併(肺動脈平均圧で30mmHg以上、肺小動脈低抗で300dyn・sec/cm5以上)、(3)血栓の付着部位が肺区域枝動脈より中枢側に存在し、手術的に到達可能であること、(4)他の重要臓器に重篤な合併症がないこと、(6)本人及び家族の手術への同意が得られていることが主なものである。

さらに、本症において、肺動脈性肺高血圧症に準じた血管拡張薬のベラプロストナトリウム、クエン酸シルデナフィル、PGI2持続静注療法等の投与を行う場合があるが、その有用性についての明確なエビデンスはなく、研究段階である。しかしながら、原則として機能評価分類class 3以上の症例で、末梢血栓例や、重症例で手術を施行しない例、合併症を有したり本人が手術を希望しない例、手術後に肺高血圧症が残存する例、が適応となる。また、肺血管抵抗高値例の術前使用も試みられている。末梢血栓例では、最大限の内科治療にもかかわらず進行する例では、両側片肺移植(ただし年齢55歳未満)の適応が考慮される。

■予後
一般にCPTEの予後は、肺高血圧の程度とよく相関するとされており、肺動脈平均圧が30mmHg以下の症例の予後は比較的良好であるのに比し、肺動脈平均圧が30mmHgを超える症例の5年生存率は約30%、50mmHgを超えると約10%との報告がみられる。最近では、外科的治療法が可能であることから、こうした肺高血圧を合併したCPTE症例の自然歴は不明であるが、手術不能な末梢型に対して、ベラプロストを使用し、生存率の向上がみられたとする報告もみられる。しかしながら、低酸素血症ならびに右心不全の進行から不幸な転帰をきたすことも多く、鑑別診断及び外科的治療法を含めた適切な治療指針が重要といえる。


呼吸不全に関する調査研究班から
特発性慢性肺血栓塞栓症 研究成果(pdf 20KB)
この疾患に関する調査研究の進捗状況につき、主任研究者よりご回答いただいたものを掲載いたします。

この疾患に関する関連リンク
  肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断・治療・予防に関するガイドライン(日本循環器学会)

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