難病(特定疾患)と生活保護・社会保障を考える【携帯/モバイル版】

この場を借りて、難病(特定疾患)と生活保護などの社会保障制度について考えてみたいと思います。

多発性硬化症/特定疾患情報(公費負担)

診断・治療方針認定基準

1. 多発性硬化症とは
多発性硬化症は中枢神経系の脱髄疾患の一つです。私達の神経活動は神経細胞から出る細い電線のような神経の線を伝わる電気活動によってすべて行われています。家庭の電線がショートしないようにビニールのカバーからなる絶縁体によって被われているように、神経の線も髄鞘というもので被われています。この髄鞘が壊れて中の電線がむき出しになる病気が脱髄疾患です。この脱髄が斑状にあちこちにでき(これを脱髄斑といいます)、病気が再発を繰り返すのが多発性硬化症(MS)です。MSというのは英語のmultiple sclerosisの頭文字をとったものです。病変が多発し、古くなると少し硬く感じられるのでこの名があります。

2. この病気の患者さんはどのくらいいるのですか
MSの頻度は人種によって違います。MSは欧米の白人に多く、北欧では人口10万人に50人から100人位の患者さんがいます。北欧のある島では人口10万人当たり200人という非常に頻度の高い所もあります。わが国では比較的まれな疾患で、有病率(患者数)は10万人あたり1〜5人程度とされていましたが、最近の各地での疫学調査や全国臨床疫学調査などによれば、わが国全体で約12,000人、人口10万人あたり8〜9人程度と推定されています。
アフリカの黒人にはもっと稀な病気です。このことは遺伝子の違いがその頻度に大きく影響していることを示しています。しかし、日本人やアフリカの黒人でもアメリカなど高頻度の地域に移住した場合、その発病頻度が高くなることが知られており、環境因子の関与が考えられます。環境因子としてはウイルスなどの感染微生物の可能性が高いと考えられています。

3. この病気はどのような人に多いのですか
MSは若年成人に発病することが最も多く、平均発病年齢は30歳前後です。15歳以前の小児に発病することは稀ではありませんが、5歳以前には稀で、3歳以前には極めて稀です。また、60歳以上の老人に発病することは稀で、70歳以降では極めて稀です。但し、若い頃MSに罹患していて、歳をとってから再発をすることがあります。MSは女性に少し多く、男女比は1:2〜3位です。

4. この病気の原因はわかっているのですか
はっきりした原因はまだ分かっていませんが、自己免疫説が有力です。私達の身体は細菌やウイルスなどの外敵から守られているのですが、その主役が白血球やリンパ球などの免疫系です。ところが免疫系が自分の脳や脊髄を攻撃するようになるのです。これが自己免疫疾患です。先ほど述べた髄鞘が傷害されるので、脱髄が起こり麻痺などの神経症状が出るのです。なぜ自己免疫が起こるのかはまだ分かっていませんが、遺伝的になりやすさを決定する因子が関与していると考えられます。また先ほど環境因子とくにウイルスなどの感染困子が関与すると述べましたが、免疫担当細胞がウイルスのような病原体と戦ううちに間違えて自分の脳を攻撃するようになるのではないかと言われています。従ってウイルスが直接の原因ではないので、この病気が接触その他で人から人にうつることはありません。

5. この病気は遺伝するのですか
いいえ、親から子に病気が遺伝することは稀です。アレルギー体質が遺伝するように、MSになりやすさを決定する体質遺伝子が遺伝すると考えて下さい。このなりやすさを決定する遺伝子として色々なものが上げられていますが、今のところHLAという遺伝子が重要であると言われています。私達の赤血球にはA型、B型、O型といった血液型があるように、白血球にも血液型があり、その一つがHLAです。欧米白人や日本人でもDR2というHLAのタイプを持っている人は、典型的なMSになりやすいと言われています。日本やアジア地域には視神経や脊髄を非常に強く侵すタイプのMSがありますが、このようなタイプのMSは別のHLAを持った人に多いようです。

6. この病気ではどのような症状がおきますか
MSの症状はどこに病変ができるかによって、千差万別です。視神経が障害されると視力が低下したり、視野が欠けたりします。視神経のみが侵されるときは球後視神経炎といって、多くの患者さんは眼科にかかります。その一部の人が後にMSとなります。球後視神経炎のときは目の奥に痛みを感じることがあります。脳幹が障害されると目を動かす神経が麻痺してものが二重に見えたり(複視)、目が揺れたり(眼振)、顔の感覚や運動が麻痺したり、ものが飲み込みにくくなったり、しゃべりにくくなったりします。小脳が障害されるとまっすぐ歩けなくなりちょうどお酒によった様な歩き方になったり、手がふるえたりします。大脳は大きいので少々の病変が起こっても症状を出さないことが多いようです。脊髄が障害されると胸や腹の帯状のしびれ、ぴりぴりした痛み、手足のしびれや運動麻痺、尿失禁、排尿障害などが起こります。脊髄障害の回復期に手や足が急にジーンとして突っ張ることがあります。これは有痛性強直性痙攣といい、てんかんとは違います。熱い風呂に入ったりして体温が上がると一過性にMSの症状が悪くなることがあります。これはウートフ徴候といいます。

7. この病気にはどのような検査法がありますか
脳の病変部位には炎症がありますので、脳脊髄液に炎症反応があるかどうかをみることが重要です。その為に腰椎穿刺という検査を行い、髄液をとってしらべます。これは腰の部分に針を刺して脳脊髄液をとってしらべるもので、針を刺した部分の痛みがあり、人によっては検査後に頭痛を訴えます。急性期のMSではリンパ球数の増加、蛋白質の増加、免疫グロブリンIgGの増加など炎症を反映した所見が見られます。また髄鞘の破壊を反映して髄鞘の成分であるミエリン塩基性蛋白の増加が見られます。

近年、核磁気共鳴画像(MRI)という方法で病巣を検知することができるようになり、MSの診断は容易になりました。脱髄病巣はT2強調画像およびフレア画像で白くうつります。また、急性期の病変はガドリニウムという造影剤を注射すると、造影剤が漏れ出て白くうつるので、参考になります。脱髄病変に不可逆性の軸索変性が生ずると、T1強調画像で黒くうつります。

脱髄が起こると電線がむき出しになり、電気の伝導が遅くなります。これを脳波で捉える検査法があり、誘発脳波と呼んでいます。視覚誘発脳波、聴覚誘発脳波、体感覚誘発脳波など様々な方法が開発・応用されています。

8. この病気にはどのような治療法がありますか
急性期には副腎皮質ホルモン(ステロイド)を使います。一般にソルメドロールという水溶性のステロイド剤を500mgないし1,000mgを2〜3時間かけて点滴静注します。これを毎日1回、3日から5日間行い1クールとして様子を見ます。本療法をパルス療法と言います。
まだ症状の改善が見られないとき数日おいてもう1〜2クール追加することがあります。ステロイドの長期連用には糖尿病や易感染性・胃十二指腸潰瘍や大腿骨頭壊死などの副作用が出現する危険性が増すため、パルス療法後に経口ステロイド薬を投与する場合でも(後療法と言います)、概ね2週間を超えないように投与計画がなされることが多くなっています。

急性期が過ぎるとリハビリテーションを行います。対症療法として有痛性強直性痙攣に対しカルバマゼピンを、手足の突っ張り(痙縮)に対してはバクロフェンなどの抗痙縮剤、排尿障害に対してはプロピヴェリンなど適切な薬を服用します。MSの再発予防にはインターフェロンβ、コポリマー1、ガンマグロブリン、慢性進行性MSにはシクロフォスファミドなどが良いと言われており、我が国ではインターフェロンβ-1b(ベタフェロン)とインターフェロンβ-1a(アボネックス)が認可されています。大量ガンマグロブリン静注療法の治験が進行中です。近年、活動性の高い患者さんに対してミトキサントロンを使用するという選択肢が注目されています。

9. この病気はどういう経過をたどるのですか
MSの多くは再発・寛解を繰り返しながら慢性に経過します。一部のMSでは最初からあるいは初期には再発・寛解を示した後しだいに進行性の経過をとる場合があります。再発の回数は年に3〜4回から数年に1回と人によって違いますが、一般に若い頃に多く、歳とともに再発回数は減ってきます。再発を繰り返しながらも良い経過を保つ患者さんが少なからずおられる反面、何度か再発した後、場合によっては最初から寝たきりとなり、予後不良の経過をとる患者さんがおられるのも事実です。


  メニューへ