霊敵なる者 6


 目の前に大きな川が突然現れた。
 なんだこの川は?
 川原のいたるところには、小石で出来た小山がたくさんつくられていた。
「だれかいる!」
 目をこらすと、薄ぐらい川原のそこここにうす汚れた子供たちがおり、小石で山を築こうとしていた。
「人間だ。なんでこんなところに」
 俺は、近付こうとして声を失った。
「違う! 人間じゃない。あれは、餓鬼だ」
 その時、俺は小石の山を一つ、足で壊してしまった。
 その山を築いていた餓鬼の一人が、声にならぬ叫びをあげた。
 いっせいに餓鬼どものすべてが、俺のまわりに集まってきた。
「な、なんだ」
 餓鬼は恐ろしい形相で、俺に飛びかかってきた。
 俺は間一髪それをかわし、餓鬼の群の中から抜け出せた。
 俺は、餓鬼の集団に追われるはめに陥ったのだ。
「冗談じゃないぜ。悪霊だけでもうんざりしているというのに……」
 俺は、川を渡りはじめた。
「だめよ! そっちにいっちゃいけない」
「そんなこといったって逃げ場はこっちしかない」
「でも、そっちは……」

 俺は完全に川を渡りきっていた。
 川を渡ったこちら側の風景は一変した。
 暗黒の世界といった描写が正しいというほど暗く何もなかった。
 餓鬼どもは川を渡れないのか、岸辺からはよってこない。もっとも俺も、元には戻れなくなっていたが。

 静かだった。
 なぜか穏やかな気持ちになってくる。
 そしてなにより、あの悪霊の姿が消えてしまっているのだ。
 あれほど執拗に俺を追い回していた奴が……

 俺の目の前に、呆れた表情の少女が現れた。
「あーあ。とうとうここまで来ちゃったわね。ここが、どこだか知ってるの?」
「知るわけないだろ」
「でしょうねえ。知っていれば川なんか渡らなかったはずね」
「なんだよ。ここは一体どこなんだ。夢幻霊界とは違うのか」
「違うわ。ここは、悪霊も餓鬼も入ってこれない神聖な場所」
「神聖な場所だと」
「だって、ここは霊界だもの」
「霊界だと!」
「そうよ。あなたは三途の川を渡って霊界に足を踏み入れてしまったの。ここには生ある魂は入れないの。川を渡った時、あなたの身体と魂を結ぶ絆は切れてしまったわ。つまり、あなたは死んでしまったことになるの」
「俺が、死んだ!」
「悪霊が追ってこないのはね、あなたが死んだので、望みを達成して成仏したからよ。さっき浄化してあげたわ。今度はあなたの番よ。良かったじゃない、あなたも成仏できるのよ」
「馬鹿な、そんなことって……」
 俺はその場にうずくまった。
「自分で墓穴を掘るって、こういうことをいうのね。ま、あなたの運命はとっくに決っていたんだけど」
 俺は自分を呪った、死にたくない一念で悪霊から逃げ回っていたというのに。こんなことで、あっさり死んでしまうなんて……

「じゃあ、浄化するわよ」
 少女はなにやら呪文を唱え始めた。
「まってくれ、俺は……」
 あたりが真白に輝き始めた。
 記憶が薄れていく……。
「静香……」

 part-4 index ⇒乗り合いバス