霊敵なる者 5


 不条理ともいうべき俺と案内人との会話が交わされているあいだも、悪霊の奴はあいも変わらず、無表情な顔で追跡を続けている。
「ちょっと待ってくれよ」
 とか、
「死にやがれ」
 とかの一言も言ってみたらと思うのだが。
 といっても、待つつもりも死ぬつもりもないが。
「それは、無理よ。身体を失った魂に言葉は意味をもたないもの」
 まったくうるさいなあ。こっちは必至で逃げ回っているというのに、この娘がいることじたいこの雰囲気に似つかわしくない。こいつがあらわれてからというもの、全然緊張感が消え失せてしまっているぞ。本当にここは夢幻霊界なんだろうな。
「あ。そんな言いかたってない……せっかくあなたのために、いろいろ教えてあげてるのに」
「よけいなおせわだ」
「あ、そっか。浄化しちゃったら、結局記憶をすべて忘れるんだっけ……教えてもしようがないんだ」
 少女は、手の平をこぶしでポンとたたいて、一人で納得していた。
「というわけだから、死んでくれるでしょ。おねがい」
「だから、なんでそこにこだわるんだよ」
「だってえ……」
「可愛い女の子にお願いされりゃ、そりゃかなえてあげたい気にもなるが……」
「でしょ、でしょ。だったら」
「あのなあ……洋服を買ってよとか、アクセサリーが欲しいとかとは、全然お願いの内容が違うだろが。命だぞ。い、の、ち! ほいほいと買ってあげられるものじゃないんだぞ」
「そりゃ、そうだけど」

「ところで、一つ聞いていいかい?」
「なによ」
「仮に、死んであげてもいいとしてだ」
「ほんと! 死んで、死んで。いますぐ死んで」
「話しは最後まで聞けよ」
「じらさないでよね」
「みかわりはないのか?」
「みかわり?」
「つまり、最後のお願いをなんでも一つだけ聞いてくれるとかさ」
「あ、それはなしよ。あたし、そんな権限や能力は持ち併せてないのよ」
 少女はきっぱりと答えた。
「そっかあ。残念。じゃあ、死ねないな」
「ずるーい。期待させといてさ」

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