あっと! ヴィーナス!!(53)
ポセイドーン編 part-5(最終回)
再びゼウスの神殿に戻った。
ゼウスと女神たちが、口論している。
ポセイドーンをどうするべきか?
メデューサも許せない! 懲罰を与えるべきだ!
などと、激しくやりあっている。
このままギリシャ神話のままに事が進むと、メデューサは醜い化け物に変えられて、ペルセウスに首を掻き切られることとなる。
ゼウスが弘美が戻ってきたのに気が付いた。
「おお、帰ってきたようじゃの」
「お、おお……」
本当は帰りたくなかったのだが、約束は約束。
しかも相手は全知全能の神なのだ。
逃げ出すことはできないだろう。
「さてと……約束だ」
「分かっている」
「ささ、もっと近くに寄れ」
もう駄目だと観念したその時、宝箱が目に留まった。
浦島太郎なら、箱を開けた途端に煙が舞い上がって、爺さんになってしまうのだが……。
だとしたら、自分も婆さんになるのか?
いっそその方がいいかもしれない。
ゼウスとて、婆さんになってしまった弘美には用がなくなるだろう。
神通力で、元の若さに戻すこともできるのかもしれないが。
「どうにでもなりやがれ!」
困り果てた弘美は、手元にあったポセイドーンから貰った宝箱を開けた。
すると箱の中から白い煙が濛々と立ち上り神殿中に広がった。
すでに弘美は観念しているが、神々たちは何が起きたのかと右往左往する。
「な、なんだこれは?」
ゴホゴホと咳き込む神様たち。
「そうだ! アクアラング!!」
そう言うと、弘美はアクアラングのレギュレーターを口に咥えた。
もちろん愛ちゃんも同様である。
やがて、煙は薄らいでゆく元の平穏な空気に戻っていった。
神殿内に立ちすくす、茫然自失状態の神々だったが、気を取り戻してゆく。
もう安全だと思った弘美はアクアラングを外した。
途端にアクアラングは消えた。
「はて? 儂らは何を話し合っていたのかのう」
「何か討論していたような……」
「何故、わたしはここにいるのでしょうか?」
弘美の存在に気が付くゼウス。
「おお! そこにいるのはファイルーZの姫君じゃないか?」
ヴィーナスとディアナがいるのを見て、
「そなたらが連れて来たのか?」
「さ、左様にございます」
ヴィーナス達も意識かく乱しているもよう。
「さて、一応要件を聞こうか」
え?
今までの事、覚えていないのか?
激しく討論していたアテーナーもデメーテルも静かにしている。
まるで、何で自分はここにいるのか? と煩もんしているようだ。
宝箱の煙が、記憶を消したのか?
それしか考えられない。
アクアラングを付けていた自分たちは平気なのだから。
もしかしてこれは、ハーデースの復讐の手助けと、自身のゼウスに対する雪辱?だったのではないか?
後出しジャンケンの始末を図ったのであろうか?
ゼウス達は記憶を失くしているに違いない。
だとしたら、ここは強くでるに限る。
「ここにファイルーZがある!」
「おお、確かにファイルーZのディスクのようだな」
「ヴィーナスの話によると、こいつは世界美女名鑑みたいなものだろう?」
「うむ、言いえて妙だがその通りだな」
完全に記憶消失にはならず、ファイルーZのことは覚えているようだ。
「非常に迷惑している。取り消すなり廃棄するなりして欲しい」
「ファイルーZに選ばれることは、光栄なことなんだぞ」
「こっちは迷惑なんだよ。俺はごく普通の人間なんだよ。いや、普通でいたいんだ!」
激しく詰め寄る弘美だった。
その勢いに押されたのか、たじろぐゼウス。
「わ、わかった。考慮しようじゃないか」
「考慮じゃだめだ!リストから消せ!」
鼻息を荒げてなおも追及する。
「わかった……消すよ。ディスクをこちらに渡せ」
弘美がディスクを渡し、受け取ったゼウスはディスクに火を点けた。
空中に浮遊したポリカーボネート素材のディスクが高温になり融解した。
それを見届けて、
「よし!」
フンッ!
勝負あったり!
と、肩の荷を下ろす弘美だった。
「というわけで、帰ろうか」
「分かった!」
ディアナが、天翔ける戦車を呼び寄せた。
「早く乗れ!」
ゼウスがヴィーナスを呼び止める。
「いいか。前にも言ったとおりに、弘美の調教よろしくな」
「かしこまりした」
相槌を打つヴィーナス。
そしてディアナの所へ行く。
「何を話していた?」
ディアナが尋ねるが、
「これから空は荒れるので、荒天準備せよ、だそうだ」
「なんだそれ?」
「いや、こっちの話だ。さあ、出発してくれ」
「分かった」
一行が乗り込んたのを見て、天馬に鞭打つ。
「ハイよ〜、シルバー!!」
ふわりと舞い上がる天翔ける戦車。
そして、弘美らを地上へと送り届けたのであった。
数日後。
晴れて地上に戻った弘美たちには、いつもの日常が戻ってきていた。
3年A組の教室でのホームルームの時間。
女神綺麗ことヴィーナスが教壇に立っている。
不貞腐れた表情の弘美。
なんでこいつがまだいるんだよ!
という表情をしている。
「あなたが心身ともに可愛い女の子になるよう、教育係としての役目があるからね」
「くそー。ゼウスに、男に戻せって言えばよかった」
「残念でしたね。ゼウス様の愛人にならなくなったことに気を良くして、すっかり忘れていたみたいね」
ディスクは燃やしても、データは運命管理局のコンピューターに保存されているので、いくらでも複製は可能である。
「ううっ。頭痛い」
ヴィーナス、ディアナ、アポロン、ゼウス、ハーデース、ポセイドーン……。
この調子で、さらに多くの神と出会うのかと思ったが。
今のところお声がけはきていない。
このまま、金輪際関わりたくないものだ。
「わたしがいるぞ!」
と、ヴィーナス。
「おまえは、酒でも飲んでろ!」
神と関わってしまった弘美の平穏を祈って、ひとまずこの物語を終わりとしよう。