あっと! ヴィーナス!!(35)
ハーデース編 序章 後編 「でも石化した者が、強靭な意識を保てば硝酸だけでも可能と書いてあります」 「でもな……蝙蝠の糞が硝酸と言えるか?」  石化が解けない像を見つめながら、意気消沈する二つの影。 「このままじゃ、帰れませんね」 「ああ、手ぶらで帰るとハーデース様に叱られて、最悪ケルベロスの餌にされちまうぜ」 「ひええ!堪忍してください」  どうやら、この二つの影は冥府の神ハーデースの従僕のようである。 「何とかしなくちゃ。とにかくできうる限りのことをしようぜ」 「そうはいっても……」  石像をじっと見つめる二つの影だった。 「なあ、ところで催さないか?」 「何をですか?」 「実はずっと我慢してたんだよ」  といいつつ、ズボン?のジッパーを外した。  そして、おもむろに石像に向かって放射したのである。 「ああ!そんな事したら……いいんですか?」 「何もしないでいるよりましだろ?何でもやってみる以外ないだろ」 「それはそうですが……」 「ほら、お前も出せよ。溜まってるんだろ?」 「分かりました。やればいいんでしょ」  と、同じようにする。  神の従僕に生理現象があるのかは謎だが……。  と、突然。 「あ!今動きませんでしたか?」 「そうかあ?」  石像の指がピクリと動く。 「お!?動いたな」 「石化が解けるのでしょうか?」 「今にわかる」  しばらく見つめていると……。  手が動き、足が動き、そして目を見開いた。 「やりましたね」  手を取り合って喜ぶ従僕だった。  やがて、むっくりと起き上がる石像、いやアポロン。 「おまえらが石化を解いたのか?」 「は、はい!」  目を覚ましたはいいが、異様な匂いに気付く。  くんくん、嗅いだかと思うと……。 「この私に何をした?」 「じつは、斯斯然然(かくかくしかじか)……」  と、先ほどの単行本を差し出して説明した。 「なるほど……この本の内容を真似てみたのか?」 「は、はい」  さすがに、おしっこを掛けたまでは言いずらかったのだろう。その件は黙秘する。 「この洞窟の奥に泉があります。汚れを落とされては?」 「そうだな。案内せよ」 「こちらでございます」  従僕に案内されて泉に到着し、沐浴をはじめるアポロン。  そばでは、従僕がアポロンのために用意した衣装を抱えている。  沐浴を終えて、その衣装を着込んで尋ねる。 「ところで、お前達はハーデースのところのものか?」 「左様にございます」 「私を助けたのは、何故だ?」  と尋ねると、 「それは、ハーデース様に直接お聞きください」 「こちらです」  というと洞窟の壁を叩いた。  すると、壁がポロポロと崩れて扉が現れた。 「これが冥府への扉か?」  従僕が扉を開けて、アポロンを誘う。 「どうぞお通り下さい」 「うむ、わかった!」  ここは、ハーデースの地下神殿。  主の席に鎮座しているのは、この神殿の主冥府の神ハーデースである。  その周りを甲斐甲斐しく働くのは、骸骨やゾンビといったアンデッド。  この冥府世界では、生きているものはいないから当然であろう。  そこへ、ハーデースの従僕がアポロンを連れて入ってくる。 「おお、良く来たな。待っておったぞ」 「ハーデース様、ご機嫌は如何でしょうか」  と、丁重に挨拶を述べるアポロン。 「まあ、堅苦しくするな。叔父甥の仲じゃないか」 「ところで、従僕をして私をお助けになられたのは、いかがなことでしょうか?」  早速疑問を投げかけるアポロンだった。 「ああ、お主の叫びが届いたからだよ」 『ちくしょう!石化が解けたら、必ず復讐してやるからなあ。ハーデースと共謀し て地の底へと追いやってやる』 「とか、心の中で叫んでいただろう?」 「聞こえていましたか?恥ずかしい限りです」 「うむ、まあな。どうじゃ、この際手を組まぬか?」 「手を組むとは?」 「そなたを石像にしたゼウスやヴィーナスに一泡吹かせてやろうじゃないか」 「それは結構なお話ではありますが、どうして手助けしていただけるのですか?」  その内情を説明するハーデースだった。 「かつて、天地海いずれかを、三兄弟で誰が分担するかで議論になったのだが、い つまで経っても決着がつかなかったのだよ。それで、じゃんけんで決めようじゃな いかとなったのだが……あやつめ後出ししやがってな」 「ゼウス様が、後出しですか?」 「ああ、抗議しようとしたら審判役のアポロンの奴が、『私は見ていませんでした。 ゼウス様の負けです』とか言って、一方的に決められてしまった。ポセイドンはた だ笑ってやがった」 「それで、地の世界に放蕩されたわけですね」 「ゼウスめ、アポロンと共謀して、長男のこの儂をこんな光の当たらぬ地の果てへ 追いやったのだ」 「ご愁傷さまです。そのお気持ちよく分かります」 「そこでだな。耳を貸せ!」
     
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