響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します

(十二)解脱  意識の遠くでサイレンの音が鳴っている。  冷たい感触はコンクリートか。  どうやら成功したみたい……。  どれほどの時間が経ったのだろうか……。  微かに聞こえる器械が触れ合う音。  声も聞こえるが、目は見えない。真っ暗闇の世界。 「どうですか? 先生」 「大丈夫だ。まだ生きているぞ」 「え? ほんとうですか」 「見ろ、わずかだが脳波が出ているぞ」  誰かが何か、喋っている。  まさか、逃亡失敗?  連れ戻されて、また覚醒剤を注射されたのか。 「ほんとうだ。波が出てる。良かったあ……。死なれたら、磯部さんに申し訳がたち ません」 「まだ、安心するのは早い。波が出ているというだけじゃ。どうしようもならん」 「先生なら、きっと助けて頂けると思って、運んできたんですから。この、あたしだ って生き返らせてくれたじゃないですか」 「真樹の場合は、たまたま運が良かっただけだよ」  だめ。言葉が判らない。覚醒剤のせいで、言語中枢がいかれちゃったのかな。  どうやら機能しているのは、聴覚神経に繋がる部分だけみたい。 「お願いしますよ。何でもしますから」 「じゃあ、今夜どうだ?」 「こんな時に、冗談はよしてください」 「判っているよ。そんなことしたら、真樹の旦那の敬に、風穴を開けられるよ。しか し……素っ裸で、飛び降りるとは……、おや?」 「どうなさったんですか?」 「この娘……。性転換手術してるじゃないか」 「あ、ああ。言い忘れていました。その通りです。さすが先生、良く判りましたね」 「わたしは、その道のプロだよ。人造形成術による膣と外陰部だな」 「わたしと、どっちが出来がいいですか?」 「もちろん真樹の方に決まっているだろう。第一、移植と人工形成じゃ、比べ物にな らん」 「そうですよね。どうせなら、その娘も本物を移植してあげたらどうですか?」 「免疫の合う献体がでなきゃどうにもならんだろ」 「でも、何とかしてあげたいです。あたしと敬がもっと早くに『あいつ』を検挙して いれば、母親がああならなかったし、この娘がこうなることもなかったんです」 「それは麻薬取締官としての自責の念かね」 「この娘には幸せになってもらいたいです」 「そうだな……。それはわたしも同感だ」 「せめて……」 「いかん! 心臓の鼓動が弱ってきた。少し喋り過ぎた。治療に専念するよ」 「あたしも手伝います」 「薬剤師の免許じゃ、本当は手伝わせるわけにはいかないんだが、ここは正規の病院 じゃない。いいだろう、手伝ってくれ。麻酔係りなら何とかできるだろう」  一体、何の話しをしているのだろうか。  せめて目が見えれば状況がわかるのに。  どうして何も見えないのかしら。真っ暗闇。 「脈拍低下、血圧も低下しています」 「強心剤だ! G−ストロファンチン。酒石酸水素ノルエピネフリン注射」 「だめです。覚醒剤が体内に残っています。強心剤が効きません! 昇圧剤も効果な し」 「なんてことだ!」 「心臓停止寸前です。持ちません」 「胸部切開して、直接心臓マッサージするしかないが……」 「覚醒剤で麻酔は利かないですよ。ショック死します。とにかく、覚醒剤が効いてい る間は、一切の薬剤はだめなんですから」 「わかっている!」  緊迫した空気が流れているようだった。  ビリビリとした震動が鼓膜を伝わってくる。 「人工心肺装置に血液交換器を繋いで、血液交換する。とにかく体内から覚醒剤を早 く抜くんだ」 「血液交換って……。彼女、bo因子の特殊な血液なんですよ。全血の交換となると、 B型でもO型でも、そのどちらを使っても、抗原抗体反応が起きる可能性があります よ」 「O型でいい。一か八かに掛ける!」 「先生。ほんとうに大丈夫ですか?」 「やるしかないだろう! ちきしょう。生き返ってくれ!」  ああ……。だめだ、また意識が遠退いていく。  やっぱり、死んじゃうみたいだ。
     
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