特務捜査官レディー (響子そして/サイドストーリー)
(四十)取調べ  お盆に乗せて注文の品を運ぶ役の女性警察官。 「巡査部長。ほんとうに構わないのですね?」  と確認する相手は沢渡敬。 「ああ、責任は俺が取るから、言うとおりにやってくれればいいんだ」 「わかりました。ちゃんと責任取ってくださいよ」  取調室に入っていく。 「あ、きたきた。待ってたわよ」  入ってきた女性警察官は、注文の品をわたしの前に置きながら、予定通りに盗聴器 をテーブルの端の下側に貼り付けたようだった。  もちろん局長に見つからないようにしているが、わたしも局長の視線が自分に向け られるようにオーバーなジェスチャーを入れながら話しかける。 「ここのクレープって本当においしいのよね。女子学生の頃、通学の途中にあるから 良く買い食いしたものだったわ」 「通学の途中? というと薬科大学か?」 「あったり!」 「そうか……」  考えている風の局長だった。  そりゃそうだろう。  薬科大学と麻薬課は切っても切れない関係にあるからだ。  薬科大学卒業者の一部は警察署の鑑識課に就職している。  局長と大学教授、そして鑑識課職員の間には黒い噂が立っている。大学教授が言い なりになる自分の弟子を鑑識課に推薦して、局長がそれを採用している。  横流しの秘密ルートがそこに介在していても不思議ではないだろう。いずれも多種 多様の薬剤が出入りするそこに、麻薬覚醒剤が不正取引されても発覚する確率は極端 に低くなる。  わたしはここぞとばかりに追及に入る。 「ところで押収した薬物はどうやって横流ししていますの?」 「何を言っているか」 「あらあ、わたしの組織では知れ渡っているのよ。押収し鑑識が済んだ薬物は封印さ れて一時保管された後に、厚生労働大臣の承認を受けて焼却処分され下水に流される。 もちろんその際には県や都職員の麻薬司法警察員や麻薬取締官が立会う。でもすでに その時点ではすり替えられているという。本物は巧妙に持ち出されて運び屋に渡され るという仕組み」 「貴様……。なんでそんなことまで知っている? 何ものだ?」 「事実だと認めるわけね」 「そんなこと……。貴様の想像だろう」 「あら、残念。認めたくないと……。でも、素直に認めたほうがいいわよ」 「勝手にしろ」 「まあ、いいわ。さて……わたしが持っていた覚醒剤は、今頃どうなっているかしら ね。本来なら鑑識が鑑定・封印して保管庫に入っているはずだけど。もうすり替えは すんだのかしら」 「何が言いたいのだ?」 「この警察内部における押収麻薬の取り扱いに関しては、すべてあなたが手なずけた 直属の麻薬課の職員が担当していて、密かに横流しを行っていたから外部に漏れるこ とはなかった。でもねそんな不正は、いつかは発覚するものよ。今日がその日なの」 「きさま! 何か企んだな」 「そうね。局長さんはいつも、すり替えたことが発覚しないように、証拠隠滅のため に急いで焼却処分にかけていたものね。たぶん今日当たりがその日だと思う。今頃別 の警察官が取り押さえに向かっているはずよ」 「馬鹿な。そんなこと……できるはずがない。私の命令なしに動くことなどできな い」 「あら、わたしは『別の警察官』と言ったのよ。警察官は何もあなたのところだけじ ゃない」 「どういう意味だ」 「そう。別の……司法警察官よ」 「ま、まさか……麻薬取締官か?」 「あたりよ。今頃、取り押さえられているでしょうね。麻薬覚醒剤の密売に関する刑 罰は、ものすごく重い。麻薬覚醒剤取引に関かれば、非営利でも十年以下の懲役。営 利目的で一年以上の有期懲役と情状酌量で500万円以下の罰金。あなたの部下も刑 を軽減することを条件に出せば、すべて告白してくれると思うわ」 「企んだな! そ、そうか……。沢渡だな。おまえ、沢渡の仲間か?」  その時だ。 「その通りだ!」  バン!  と、勢いよく扉が開け放たれて敬と、同僚の麻薬取締官達が入ってくる。 「沢渡! それにそいつらは?」 「麻薬取締官さ。局長、年貢の納め時だよ。貴様がすり替えを命じていた警察官は、 俺がとっ捕まえて吐かせてやったよ。ほらこのテープレコーダーにその時の証言が記 録してあるぜ」  と、マイクロテープレコーダーを見せた。無論、確実な証拠記録とするために、I Cメモリーレコーダーは使わない。 「それから……」  と、敬はテーブルに近づいてきて、盗聴器を取り出して見せた。 「盗聴器だよ。真樹との会話もすべて記録してある。いろいろと喋ってくれたから、 証拠としても十分に役立つことだろう」    同僚が近づいてきて、 「ほら、手帳だ。ここは、君が仕切るべきだろう」  と、麻薬司法警察手帳(麻薬取締官証)を手渡してくれた。 「ありがとう」  それを開いて局長に見せ付ける。 「司法警察員麻薬取締官です。局長、あなたを覚醒剤取締法違反の容疑で逮捕しま す」 「こ、こんなことになるなんて……」  がっくりとうなだれる局長。  将来を約束されたキャリア組から、重犯罪者のレッテルを貼られる身分への転落。  さぞかし無念だろうね。  しかしそれも自らが招いたこと。  わたしは、手錠を掛けて連行する。 「それじゃあ、敬。こっちの方はお願いね」 「ああ、まかせとけ」  こうして、わたしと敬をニューヨークへ飛ばして抹殺しようと企んだ、生活安全局 局長は逮捕された。  わたしと敬は、次なる検挙すべき相手に、磯部健児を一番に据えたのだった。  そう、甥である磯部ひろし、こと磯部響子を覚醒剤の罠に嵌めた張本人である。
     
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