純愛・郁よ

(十三)事故  俺は図書館で、六法全書や家庭の法律とかいった本を読み漁ったが、難しい法律用 語やどう解釈したらいいのか判らないような文章の羅列で、結局ほとんど理解できな い。 「やはり、弁護士に相談してみるしかないか」  しかし、捨て子を拾ったが自分の子供にしたい。って言っても通らないだろう。  警察に届けなさい。の一言で済まされるに違いない。  アメリカのような弁護士社会なら、弁護士の腕次第で、有罪のものも無罪に出来る。 理不尽な問題でも解決してしまうことも有り得る。……のだが。  とにかく、子供のことはこのまま放っておけない。  いずれ幼稚園や学齢期になれば、戸籍や住民票が必要になってくる。それに病気に なった時のための健康保険にしてもだ。  現在のところ郁が戸籍上、男である以上、俺達は夫婦になれないし、茜を子供とし て迎え入れることができない。  子供を抱きお乳を与えている郁、あの幸福に満ち足りた表情が目に浮かぶ。  その時、目の前にトラックがあった。  キキキキキーッ  グァシャーン!  激しい衝撃と振動に、俺は意識を失った。 「武司、武司。目をさましてよ」  意識朦朧とする中で、聞き覚えのある声が、はじめは微かに、やがて明瞭になって 届いてきた。  郁の声だ。  泣いている。  どうして泣いているんだ?  やがて少しずつ目の前が開けてきた。  懐かしい顔がそこにあった。 「ああ、郁か……」 「武司! 生きててよかったあ!」  俺にすがりついて泣いた。  気がつくと俺はベッドの上だった。  周りには点滴などの器械が並んでいる。 「俺は、入院しているのか?」 「うん、交通事故で。武司の車はぺしゃんこよ。奇跡的に助かったの」 「そうか……」  どうやら、俺は運転中に考え込み、センターラインを越えて反対車線に入り込んで しまい、トラックと衝突、弾き飛ばされてガードレールに激突したらしい。車は大破 したが、奇跡的にも俺は軽傷で済んでいた。シートベルトとエアバックが身を守って くれたようだ。 「もう、考えごとしてたの?」 「ああ、茜の事さ……。そういえば、茜はどうしたんだ?」 「隣の奥さんに預かってもらってるわ」 「大丈夫なのか? 茜がおまえ以外になつかないだろう」 「平気。いつも抱いてもらってるから、茜ちゃんも慣れてるの」 「そうか……」 「それからいい報告があるわ」 「報告?」 「実は、こんなものがあるの」  と言いながらハンドバックから、書類のようなものを取り出した。  家庭裁判所からの通知状だった。  ○○郁の申し立てを承認する。  男性から女性への性別変更を認める。  という内容のものだった。 「これって、つまり」 「あたし、戸籍上の女性になったの。ついにお母さんがやり遂げてくれたの」 「そうか、お母さんには感謝しなきゃならんな」 「これで、武司と結婚できるし、茜ちゃんを特別養子として迎えることができるわ」 「そうだな、これからは三人で仲良く暮らそう」 「ええ、いつまでも」 「その前に結婚式だな」 「うん」  郁の母親が、ウエディングドレス姿の娘を見たがっていることは知っている。  俺達のために奮闘してくれたんだ。その夢を叶えてあげたい。  そのためにもちゃんと手順を踏んで式を挙げなきゃな。 「とにかく退院したら、実家に帰るぞ。おまえを正式に嫁にもらうためにな」 「うん。そうだね。でも、茜ちゃん……どうする?」 「そうか……黙ってさらってきて、知らせていないものな」 「一緒に連れていけないわ。誰の子か? って、結局警察に届けるよ」 「俺と郁の立ち寄って承諾してもらうのにそれぞれ一日と往復を一日とすれば、二泊 三日はかかるな」 「一晩くらいなら隣の奥さんなら快く引き受けてくれるだろうけど」 「いくらなんでも三日は無理だろう」  前編・了
     ⇒後編
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