女性化短編小説集「ある日突然に」より III

(一)臓器密売組織  私は、とある製薬会社の社長であり、その傍らで父親の経営する産婦人科病院の臨 時医師も兼ねている。  というのは表の顔。  闇の臓器密売組織の専属医師という身分も隠し持っている。  裏組織では、自殺・殺人と、毎日のようにたくさんの人間が死んでいる。遺体は裏 から闇へと処理されて新聞ざたにはならない。行方不明者の多くが、この中に含まれ ているという。  しかしただ処理されたのではもったいない。世界には臓器移植を望んでいる患者が 数多くいるのだ。ここに闇の臓器売買組織が介入してくる。遺体の中の使える臓器を 取り出し、移植を望んでいる患者の元へと運ばれる手筈となっている。  中国では、死刑囚からの臓器摘出が一般化しているし、法輪功信者や新疆ウイグル 自治区の住民など反共産党的な政治犯が投獄されて臓器摘出の対象者となっている。 もっとも共産党は認めていないが……。  もちろん移植には免疫が関わるので、誰にでもというわけにはいかない。  私は、裏組織と闇臓器密売組織が共同運営している地下施設で、それらの遺体から 移植可能な臓器摘出手術をしているというわけだ。  さて今日も、組織員の手によって、人工心肺装置に繋がれた状態で、遺体が運ばれ て来た。脳死や心臓死に至っていても、人工心肺装置によって血液を通して、酸素と 栄養を供給していれば、臓器はかなりの長時間生きながらえる。 「先生、お願いします」 「おう。今食事中だから、少し待ってくれ。君も一緒に食うか? 賞味期限切れの人 間の肝臓だよ。旨いぞ」 「い、いや。遠慮します」  口を押さえ、今にも吐きそうな表情をしている組織員。 「ははは。冗談だよ、ちゃんとした牛の肉だよ」  臓器は摘出されて冷凍・冷蔵保存されるが、免疫型が合わなければいつまでも移植 されないままとなる。が、やはり鮮度というものが存在し、時間の経過とともに細胞 は破壊・死滅していく。やがて利用不可能になったものを、賞味期限切れと称するわ けである。  食事を終わらせて、遺体の検分に掛かる事にする。 「今日の死因は何かね」  うら若き女性の遺体を検分しながら尋ねる。  臓器を取り出すにも、遺体の死亡原因を知る必要があるからだ。例えば、薬物常用 による衰弱死なら、肝臓や腎臓は使い物にならない。マリファナ常習者なら、肺臓だ。 使い物にならないものを、手間暇掛けて取り出しても無駄だからだ。 「誘拐殺人です。首を絞めて殺したようです。すぐに組織に連絡、死後四十分で搬送 車が急行して、遺体を回収し人工心肺装置を取り付けて一時間というところです」  体内にあるうちは、臓器はある程度生き続けてくれる。 「そうか、なら臓器のほとんどは使えるかな」  裏組織の一つに、身代金誘拐殺人グループがある。身代金を要求した上で、誘拐し た相手を必ず殺して、闇の臓器密売組織に流す。巧くすれば、身代金と臓器密売手数 料の両方が手に入るという算段である。人間の身体を金儲けの手段としか考えていな い極悪非道の連中だ。  そんな連中が持ってくる遺体から臓器を取り出しているこの私も似たようなものだ が。
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