女性化短編小説集「ある日突然に」より III


(二)臓器移植  取り出した臓器だが、骨髄のように、免疫型を完全に一致させなければならないも のがあれば、肝臓・心臓のように、免疫抑制剤を使用すれば多少の型の違いなら可能 なもの。そして移植を希望する待機患者の需要度数によってランク付けされている。  やはり何と言っても肝臓と腎臓が特A級になっている。  近年のストレス社会、大量の科学物質によって肝臓・腎臓は病んでいる。  沈黙の臓器と呼ばれる肝臓は、病気の初期には自覚症状がほとんどなく、気がつい たときには移植を必要とするほどに悪化しているというわけだ。  腎臓は飽食時代にあって、糖尿病が蔓延しやがて腎臓病へと悪化する。現代人のほ とんどが、多少の差はあれど糖尿病や腎臓病の症状を抱えていると言われる。  生体からの移植の技術が進んでいるとはいえ、その絶対数は少なく死体からの臓器 移植に頼っているのが現状だ。  また、命に直接関わらないが、眼球の角膜などは、免疫にかからない唯一の臓器な ので、百パーセントの移植率があるから一番人気となっている。皮膚も、大火傷の患 者が出た時にのみ、感染症対策の一時移植のために採取されることがある。  中には需要がありそうでほとんどない臓器もある。女性の内性器などがそうである。  個人として生きる為には必要不可欠なものではないからだ。  子宮筋腫などによる子宮全摘出を受けた女性からの要望がありそうだが、実情は一 例もない。わずらわしい生理や妊娠から解放されたという安堵感はあるし、移植して もまた再発する可能性もあるから、二度と苦しみたくないという感情もあるからだ。 卵巣にしても便利な女性ホルモン剤があるから、その必要性はまったくない。  一方で男性が行う女性への性転換手術は、人工的な造膣術というものが確立してい るために、免疫型の合った女性の内・外性器を、気長に待って移植しようという者は いない。  女性性器は廃棄される運命にあった。  そこで女性の性器を取り出し、個人の用で再利用しても、組織からは何の咎めも受 けないので、私の道楽として頂戴している。  男性から女性になりたい性同一性障害の患者に移植して、完全な性転換をしてあげ られるというわけだが、適合者をこっちで探し出す必要がある。そのためにゲイバー の主治医になってみたり、女性ホルモンを求めて産婦人科を訪れる男性患者をチェッ クしている。そして見つけ次第に有無を言わさず強制的に手術してしまうということ を行っていた。そうしないとせっかくの臓器を、みすみす賞味期限切れにしてしまう ことになるからだ。  これまでに、この性別再判定手術を執刀した中で、私の会社で働いて貰っている女 性達がいる。  磯部 響子(スタイル抜群のプロポーション)  倉本 里美(美しさにかけては社内一)  渡部由香里(一番の若さと、女性らしさを持っている)  いずれも二十歳台の若く美しき女性達だが、手術されたことを感謝してくれている。  特に由香里は、息子の英二と恋仲で結婚は時間の問題である。過去のことはすべて 私の責任だから、反対するには当たらないし、好き合っていれば何の問題もないだろ う。  そんなわけで、次ぎなる性別再判定手術のために、主要な臓器を取り出した後に、 女性器を取り出しにかかる。 「また、先生のご趣味ですか?」  そばで見学していた組織員が言った。 「ああ、これでまた一人、性別不適合の患者が救われるのだ」 「免疫型が合えばですけどね」 「まあ、そうだ。臓器を壊さずに冷凍保存する技術が確立されれば、もっとたくさん の人間に移植できるのだがね。残念だ」  組織員は性転換手術の実体を知らない。  すべての臓器が摘出されて保存容器に収容された。  手術台には、もはや遺体とも呼べない生物の残骸が横たわっているだけだ。  はじめて臓器摘出をした時には罪悪感に苛まれることもあったが、何十体とも解剖 を続けているうちに感傷に浸る事もなくなっていった。
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