妻に変身した男の話(3)
翌日。
毎日のようにブランドスーツを着るわけにもいくまい。
日常生活というものがあり、それに相応しい服があるはずである。
男は普段着としてのワンピースを選んでいた。
今日は、一人の女性としての日常生活をエンジョイするつもりだ。
それはかつての妻がやっていたこと。
まずは朝食の支度である。
エプロンを着て台所に立つ。
自炊していた独身時代を思い起こしてみる。
米を研いで炊飯器に入れてスイッチオン。
味噌汁は、あり合わせの材料を適当に鍋にぶち込んで、味噌を投入して仕上げる。
冷凍庫から魚を取り出して、レンジで解凍してから火であぶって焼き魚とした。
「材料はとりあえず一週間は心配いらないね」
ここは人里離れた山奥である。
冷蔵庫や冷凍庫には、最低一週間分の食材が準備されていた。
少なくなれば電話やインターネットで注文して届けさせればいいのである。
普通ならば、こんな所までは電話線が通ることはないのだが、金に明かせて電話回線と
ケーブルTVを引き込んだのである。
男は、一人の女性、それも夫に尽くす主婦に成りきっていた。
流行の歌を口ずさみながら、調理に夢中になっている。
「できたわ」
いつの間にか女言葉になっていた。
食卓に料理を並べて、朝食をはじめる。
久しぶりの調理だったので、ちょっと時間がかかったが、送り出すべき夫はいないので
時間を気にすることはない。
「うん、上出来じゃない。これなら主婦としてやっていけるわね」
一人楽しく朝食を終えると、次なる主婦の仕事が待っている。
衣類の洗濯と部屋の掃除である。
当然のごとく、まずは洗濯をはじめることにした。
ソファーの上には、一昨日に持ち帰ったシュラーフが放りっぱなしになっていた。
その中の衣装を取り出して洗濯機に放り込み、洗剤を投入してスイッチを入れる。
全自動だから後は見ているだけである。
考えてみれば、その衣装は死ぬ直前まで妻が着ていたものである。
しかし今の男……いや今後は、妻の名前である美智子と呼ぶことにしよう。
今の美智子は妻に成りきっていた。
その衣装は自分のものであるから、汚れたら洗濯するのは当然である。
美智子の脳裏には、一本筋の通った思考が貫いていた。
洗濯機が自動で動いている間に部屋の掃除に取り掛かる。
寝室からはじめることにするが、別荘は広いので、一日で全室を掃除するのは不可能で
ある。
取りあえずは十時くらいまでにできる範囲にすることにした。
昼食の準備があるからである。
そうこうするうちに主婦の一日が暮れてゆく。
軽い疲労を覚えながらも風呂に浸かる。
バスルームにある鏡に映された自分の身体。
裸になってしまえば、否応なく男の身体を自覚してしまう。
どうにかしたい。
「女性ホルモン……だな」
美智子は、自分自身を改造する意思を固めた。
インターネットで調べ上げて、女性ホルモンと抗男性ホルモンを、個人輸入で購入して
飲用をはじめた。
その効果は絶大で、半年ほどで一人前の乳房に育ち、男性自身も萎縮していった。
顔も丸くなって、どこから見ても女性としか見えないような容姿になっていた。
鏡に向かっての化粧も練習を重ねて一人前にできるようになっていた。
この頃には、女性の姿で街へ出かけるようになっていたが、男性とばれることはなかっ
た。
女性としての生活に自信を持った美智子は、別荘を出て都会の生活に戻る決心をした。
妻を殺してこの世から消し去ったが、戸籍が生きていた。
その戸籍を利用して妻の身分を騙れば、法的に必要な手続きも容易に可能である。
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