第二章
Ⅲ 王族の証  大広間の隅でアレックスが、疲れ切って眠り込んでいる。  大勢の囚人たちが集まり、ヒソヒソと話し合っている。  その中から、老人がアレックスの下に歩み寄ってきて、小声で話しかけてきた。 「アレックスさま……。アレックス様」  その声に、目を覚ますアレックス。  老人は真剣な表情をしていた。 「こんな夜中に、一体何の用ですか?」 「実は、あなたを高貴な方と見込んで、お話ししたいことがあります」  首を傾げながら訪ねるアレックス。 「高貴? 僕は、ただの囚人ですよ」 「いえ、そんなはずはございません。我々は皆トラピスト国の者です。何も隠す 必要はありません」 「あなた方は、トラピスト人かも知れませんが、隠していると言われても何の事 だか分かりません。僕は、ごく平凡な地球人ですよ」  老人、ふいにアレックスの左腕の袖を捲る。  肩口に紋章の形をした痣(あざ)が現れる。  一同、それを見てため息をつく。  反射的に痣を隠すアレックス。 「失礼ですが、その痣はどうしてあるのですか? 火傷かなにかでそうなったの ですか? それとも……生まれつき?」 「これは……。生まれつきかどうかは知りませんが、物心ついた頃にはすでにあ りました。しかし、この痣が一体どうしたと言うのですか?」 「そう、それが問題です。私の知る限りにおいて、そのような模様の痣を持つ 人々が多数いらっしゃるが、皆さんトラピスト王家の方々なのです」 「トラピスト王家の一族……」 「そうです。あなた様は、トラピスト王家の方でいらっしゃいますね」 「そんな事おっしゃられても、僕は、地球で生まれて地球で育った、れっきとし た地球人ですよ」 「本当に、そうと言い切れますか? あなた様がそう思い込んでいられるだけで は?」  アレックス、返答に窮していた。  記憶をたどれば、あの大木の根元に捨てられていたということが思い浮かぶの だが……。 「私は、あなた様にそっくりなお方に、お目にかかった事がございます。フレデ リック様とおっしゃって、トラピスト星系連合王国女王クリスティーナ様の第三 王子でいらっしゃいます。とても勇敢で、王子自らがケンタウリ帝国に戦いを挑 むという立派なお方でした。太陽系連合王国の貴族の方とご結婚されていました が、ご夫婦共々行方不明になられたとか……」  信じられない事実が語られるのをアレックスは驚愕の思いで聞いている。  老人の話は続く。 「いつだったか、あなた様は孤児だと仰られました。だとすればフレデリック様 のご子息であっても不思議ではないでしょう。その痣が何よりの証拠です」 「しかし、偶然の一致ということも……。それにもし、僕がその人の子であるな らば、何故地球に捨て子として置き去りにされなければならなかったのでしょう か? どうしてトラピストで育てようとはしなかったのか? 僕には、それが理 解できません。あなたの取り越し苦労ではありませんか?」 「いや! 私の目に間違いはありません。あなた様は、確かにフレデリック様の ご子息に相違ありません。地球に一人残されたのは、何か訳があってのことだと 思います。そう私は信じます」  老人の話に同調した囚人が語りだす。 「そうですとも。肩の痣とフレデリック様の奥方様が地球人であることも考えて、 間違いないと思います」 「そうですとも」  別の囚人も首を縦に振っている。  しばらく考え込んでいたアレックス。 「もし仮に、かの話の王族の子息だったとしても、僕には何の力もありません。 あなた達を救うことのみばかりか、自分自身さえどうしようもできません」 「いいえ。あなた様には、信頼と尊厳というものがございます。トラピスト王位 継承権をお持ちになられており、万が一の時には国王となれるお方です。今はお 力はなくとも、いずれにおいては強大なお力を。我々にとっては生きる支えにな るのです。我々は指導者を求めています。そんな折にあなた様が現れた。我々は、 心からあなた様を指導者としてお迎えいたします。どうか我々をお導きください」  そういうと老人は跪き、その他の囚人たちも見習った。  アレックス、呆気にとられて言葉も出ない。 「アレックス様。すべてはあなた様次第なのです」 「しかし……。一体僕は何をしたらいいのか……」 「あなた様は、ここへいらしたばかり。すべては準備完了しております。いずれ あなた様のお力を借りることになりますが、それまでは見ているだけでよろしい のです」  ここで老人は、囚人一同に向かって宣言した。 「今ここに、アレックス様は我々の指導者となられた」 「おお! アレックス様。我らが指導者!」
     
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