第二十六章 帝国遠征
Z 「提督は、銀河帝国に支援を求めるとおっしゃってましたが、いいんですかねえ」 「何がいいたいの?」 「ほら、提督って銀河帝国からの流れ者で、スパイではないかとの噂もありますし」 「あなた、それを信じてるの?」 「だって、深緑の瞳をしてますし……帝国皇室と血筋が通っているんでしょう?」 「確かに血が繋がっているのは間違いないと思います。同盟ではその出生率は十万分 の一以下の確立らしいですからね」 「だから……こんな折に帝国に支援を求めると言い出して、スパイとして送り込んで きたというのも信憑性があると思いませんか」 「あのねえ。提督が孤児として拾われたのは、まだ乳飲み子の頃なのよ。スパイ活動 ができると思えて?」 「だから大きくなるにつれて連絡を取り合って」 「そんな面倒なことをするわけ? 最初からスパイ訓練を受けた専門家を送り込んだ ほうが手っ取り早いんじゃない? それに同盟で育てられれば立派な同盟国人よ。第 一に、義務教育も幼年兵学校からはじまって、民間人が出入りできない軍の教育機関 にずっといたのに、連絡員が接触する機会なんかないわよ」 「はあ……そう言われれば確かにそうなんですけど。でもどうしてそんな噂が立つの でしょうねえ。火のないところに煙は立たないものだし」 「噂は士官学校時代からあったけど、提督の才能をやっかむ人々が流しているのでは ないかということになってるわ」 「どっちにしても確証はないんですよね」 「これまで多大な恩恵を同盟に与えてくれた提督を信じてついていけば未来は開かれ るという確証はあると思いますけど、どうかしら?」 「ですよね……」  実際、今後のことなど誰にも判るはずなどない。  連邦が勢いに乗じて帝国をも降伏させて、銀河の覇者となるのか。  提督がそれを阻止して連邦を追い返して、あらたなる同盟を再興するのか。  はたまた周辺地域で細々とゲリラを繰り返し、やがて自滅していく運命にあるのか。  アル・サフリエニ方面軍にとって、ランドール提督がその運命を握っているという ことだけは確かなことであった。  それを信じて祖国に弓引くことになっても付いていくか、はたまた祖国に戻って総 督軍に加わりランドール提督とも交えることをも是とするか。  祖国を取るか、信奉する提督を取るか。  二者択一を迫られて、それぞれの思いを胸に決断する時はやってくる。 「猶予期間の四十八時間が過ぎました」  静かな口調で、パトリシアが報告に来た。 「退艦して祖国に戻る意思を表明した者は、七百万八千人ほどになります」 「そうか……帰りたいと思う者を引き止めるわけにはいかないからな。我々は祖国の ために戦ってきた。その祖国を敵に回すことをためらうのも当然のことだ」 「気持ちは判ります」 「輸送船団を手配して、祖国に気持ちよく送り返してやろう」  二時間後、祖国に戻る将兵を乗せた輸送艦隊がトランターへ向けて出発した。  それを見送る最後の放送を行うアレックス。 『祖国へ戻る将兵及び軍属のみなさん。これまで私の元で戦ってくれたことに感謝い たします。祖国に戻られては、戦争で疲弊した国力を回復し、新たなる国家の再建に 努力して頂きたい。これまでほんとうにありがとう。航海の無事を祈ります』  そして万感の思いを込めて敬礼するアレックスだった。  輸送艦においても、その放送を聴いているほとんどの者が、スクリーンに映るかつ ての司令官に対しそして涙していた。  これまで共に戦ってきた仲間との別れ、場合によっては戦火を交えるかもしれない 境遇。  自ら決断したこととはいえ、翻弄させられる運命のいたずらを呪っていた。 「ランドール提督に敬礼!」  誰かが叫んだ。  一斉に直立不動の姿勢を取り、最敬礼を施す隊員達だった。  スクリーンはランドールの姿から、タルシエン要塞の全景に切り替わっていた。  しかし誰も敬礼を崩す者はいなかった。  タルシエン要塞の姿を頭に刻み込もうといつまでも見つめていた。  ランドール提督に栄光あれ!  すべての将兵達の本心からの熱い思いだった。
     
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