第二十五章 トランター陥落
V  タルシエン要塞中央コントロールルーム。  オペレータ達は一様に計器を操作しているが緊迫感は見られない。  正面スクリーンにはタルシエンの橋の方角を映し出していた。  連邦が通常航行で攻めてくるとすれば、橋を渡ってくるしかなく、こちら側を押さ えた現状では、連邦もそうそうは攻めてこれないという安堵感である。  総指揮官席に陣取っているのは、要塞技術部開発設計課長のフリード・ケースンだ った。 「これより要塞主砲の陽子反陽子対消滅エネルギー砲の試射を行う。要塞よりタルシ エンの橋に至るコースにある艦艇はすみやかに退避」  後方では、アレックスとパトリシアが立ち並んで、それらの作業を眺めていた。 「要塞砲がどれだけの威力をもち、発射に際して要塞にどれだけの障害を与えるかを、 前もって把握しておかなければならないからな」 「それでフリードさんに指揮を?」 「要塞砲のことなどまるで判らないからな。いや、要塞そのものすらほとんど把握し ていない。要塞を機能させるシステムコンピューターなどのソフトウェア関連はレイ ティーに、ハードウェアはフリードとそれぞれ仕様マニュアルを作成してもらってい るが、兵器などは実際に試射してみなければ判らないことも多い」  要塞の内部は、さまざまな粒子加速器が取り巻くように建設されていて、要塞のエ ネルギー源となったり、粒子ビーム砲などの武器となったりしている。  まるで素粒子物理学の巨大な実験施設といっても良いぐらいである。  その集大成ともいうべき兵器が、陽子反陽子対消滅エネルギー砲である。  陽子と反陽子を、粒子加速器によって加速衝突させると、その質量のかなりの部分 がエネルギーに替わる。核融合反応における質量欠損によるものとは桁違いの変換率 である。質量がどれほどのエネルギーを持っているかというと、1グラムの質量を熱 エネルギーに変えることができれば、なんと20万トンもの水を沸騰させることがで きるということである。  さて陽子はどこにでもある水素原子核のことであるから入手に困ることはないが、 電荷が反対の反物質である反陽子はどうするか。反陽子は、反物質であるがゆえに近 くの物質とすぐに反応して消滅してしまい、自然界にはほとんど存在しない。それを 作り出すのが、キグナスシンクロトロンである。  1GeVエネルギー以上に加速された陽子ビームを、重い原子核に照射すると核破砕 反応(Spallation)が起こる。 原子核の構成要素の一つである中性子が叩き出され たり、標的原子核の一部である短寿命原子核が放出されたりする。さらに、50GeVと いった高エネルギーに加速された陽子を用いると、元来原子核内部には存在しなかっ たK中間子、反陽子といった粒子が生成される。また高エネルギーのπ中間子が生成 され、その崩壊により高エネルギーのニュートリノやミュオンが生成される。これら の生成粒子は二次粒子と呼ばれる。  キグナスシンクロトロンはこのようにして反陽子を生成させて、そこから取り出し た反陽子を、反物質貯蔵庫へと導いて貯蔵していつでも使えるようにしているのだ。 「要塞内、素粒子計測器の作動状況は?」 「正常に稼動しています」 「エネルギー変換率計測器はどうか?」 「正常に作動しています」 「それじゃあ、いってみるか」  と、後方を振り向き、アレックスの頷くのを確認して、 「陽子加速器始動、前段加速器へ陽子注入!」 「陽子加速始動します」 「前段加速器へ陽子注入」 「続いて反陽子加速器始動、前段加速器へ反陽子注入!」 「反陽子加速器始動します」 「前段加速器へ反陽子注入」  その頃、要塞周辺にて哨戒作戦に当たっているウィンディーネ艦隊。  ウィンディーネの艦橋、スクリーンに要塞主砲の様子が映し出されている。 「まもなく要塞主砲が発射されます」  パティーが報告する。 「要塞主砲の威力をこの目で見られるとはな」 「こんなに間近で大丈夫でしょうか?」 「フリードが算定した避難距離以上に離れているんだ。大丈夫だよ」 「ケイスン中佐のこと信頼されているんですね」 「天才科学者だからな。設計図を見ただけでその機能や能力をずばりと当ててしまう。 この要塞砲のことを一番熟知しているのは彼だろうな。というか、あれを設計した科 学者すら気づかない設計上の欠陥とかもな」 「要塞砲、発射三十秒前です」 「閃光防御スクリーンを降ろせ。可動観測機器はすべて収納せよ」」 「了解。閃光防御」 「可動観測機器を収納します」 「発射十秒前。9・8……3・2・1」  要塞砲が発射される。  凄まじい閃光が辺り一面に広がり、付近に待機している艦艇をまばゆく輝かせる。   「終わったか」 「……のようですね」 「閃光防御スクリーン及び収納した観測機器を戻せ。艦体のどこかに異常が起きてい ないかチェックしろ」 「それと、艦内における人体への素粒子被爆量の測定を全員に実施する」  高エネルギーを持った素粒子同士の衝突実験においては、副産物としての大量の二 次生成粒子が生じ、場合によっては人体に多大な害を及ぼすことがある。それを確認 することも、今回の要塞砲発射実験の調査項目の一つだった。  もちろん同様のことは、要塞内でも行われている。
     
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