第十三章 ハンニバル艦隊
V  その時であった。  スティール・メイスンがすっと前に出たのである。  一同が注目する。 「おお! メイスンか。何か名案でもあるのか?」  表情を明るくして前のめりになるようにして尋ねる司令官。 「一つだけあります」 「そ、そうか。言ってくれ」  メイスンは、声の調子を落としながら、自分の作戦を公表した。 「やはり、奴をカラカス基地方面から引き離すしかないでしょう。ただでさえ、軌道 衛星砲によって堅固に守られていますから」 「そんなことが出来るのか」 「策はあります」 「策とは?」 「精鋭を選りすぐった一個艦隊を要塞より出撃させて、クリーグとシャイニングの中 間点を通過して、敵地の後背に回り込みます。カラカス基地側は、ランドールによっ て制宙権を完全に掌握されているので、こちらからは不可能でしょう」 「後背に回り込むだと? だが、補給をどうする」 「補給などいりません」 「補給がいらないだと? 馬鹿なことをぬかすな。補給なしでどうやって戦うという のだ。敵の只中にいくのだぞ」  参謀の一人が反問した。  しかしスティールは静かに答える。 「簡単ですよ。現地で調達すればいいんですから」 「現地調達?」 「そうです。一個艦隊程度なら十分食いぶちを賄うことができるでしょう。同盟内深 く潜り込み、星々を攻略し纂奪を繰り返しながら各地を転戦していきます。最前線を 防衛する第二軍団は精鋭揃いですが、後方を支援するその他の軍団はまともに戦った こともない連中ばかりです。数は揃えていても戦力には程遠いですから、これを撃滅 するのもたやすいというものです」 「それだったらいっそのこと、そのまま首都星トランターへ向かったらどうだ」 「それは無理でしょう。絶対防衛圏には、百八十万隻からなる艦艇が集結しています。 烏合の衆とはいえ多勢に無勢というものでしょう」 「その百八十万隻が動いたらどうなる」 「それはありません」 「どうしてだ」 「絶対防衛艦隊の司令官は、チャールズ・ニールセン中将。全艦隊に対する派遣命令 の全権を事実上握っている人物です。意にそぐわない武将や自分の地位を脅かす武将 を、最前線の渦中に送り込み平気で見殺しにする男。自分の守備範囲に敵が侵入して こない限り、自分の手駒を動かすことはしません。情報によればニールセンが、僅か な手勢でカラカスを攻略し、孤軍奮闘して防衛任務をまっとうしてきたランドールを、 煙たがり敵視していることもわかっています。当然として、彼を差し向けてくるだろ うと推測します。侵入者を撃退してくれればそれでよし、あわよくば全滅してくれれ ば願ったりでやっかい者払いができるというもの。早い話が、カラカス基地方面が、 がら空きになるということです。その間に別働隊でこれを奪回するのです」 「なるほど……」  そんな声がそこここから聞こえてきた。 「ランドールのことばかりに気をとられているから策に窮することになるんです。そ の上にいる上官、しかもランドールを煙たがっているニールセンに働きかけて、ラン ドールをカラカス基地から引き離すように仕向ければ、何の苦労もなく基地を奪還す ることができるのです」 「そのために一個艦隊を、補給なしで敵国の只中に送り込むのだな」 「その通りです」 「しかし、その艦隊が生きて無事に凱旋できる保障はどこにもないぞ。敵艦隊に包囲 されて全滅する可能性の方が高い。誰があえてそんな火中に飛び込む勇気のある者が いる」 「わたしが行きましょう。こういう時は言い出した者と相場が決まっていますから ね」  自信満面の口調で言い放つスティールだった。  その表情を見つめていた司令官だったが、 「いいだろう。スティール・メイスンの作戦を採用することにする」 「ありがとうございます」  その時、将兵達を掻き分け、 「わたしに行かせてください」  と、司令官の前に歩み出たものがいた。  かつてカラカス基地を奪われた当直の基地司令官のスピルランス少将であった。基 地陥落で捕虜となり、捕虜交換で舞い戻ってきたばかりだった。 「スピルランスか」 「ぜひ、お願いします」 「いいだろう。君にまかせよう。参謀としてメイスンを連れていきたまえ」
     
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