第一章 中立地帯へ
W  と、その時、通信士からの報告が入った。 『トランターのウィング大佐より、極秘暗号通信が入電しています』 「こっちへデータを回してくれ」 『データをそちらへ回します』  端末が受信状態となり、自動的に暗号解析が行われて、パスワード入力画面が表示 された。 「レイチェルからの極秘暗号通信とはね。よほどの緊急通信なのかしら」  画面をのぞき込むジェシカに、スザンナが答える。 「当然じゃないでしょうか。レイチェルさんのいる場所は、敵のただ中ですよ。総督 軍の監視網をかいくぐって通信を送るのは、へたをすれば基地の場所を悟られる結果 となり、多大な危険を伴います」 「なかなか連絡が取れないレイチェルさんからの通信だというのに、双方向通信がで きないのは寂しいですね。それにフランソワのことに気になっているんですが……」  さも残念そうな表情のパトリシアだった。 「仕方がないわよ。フランソワもちゃんとやっているって! それよりとにかく、早 く暗号を解いてよ、アレックス」  端末を叩いてパスワードを入力するアレックス。  キー入力操作を眺めていればパスワードを知ることができるのだが、ここにいるの は士官学校時代からの腹心中の腹心達ばかりである。気にする必要はなかった。 『パスワードヲ確認シマシタ! 認証バッチヲドウゾ』  アレックスは胸に刺してある戦術士官徽章を外して認証装置の上に置いた。  徽章は階級を示すと同時に、組み込まれたICチップが個人を識別して認証装置を 作動させることができる。  艦内の移動において自動ドアが開くのは、徽章から識別コードが発信されているか らである。 『アレックス・ランドール少将ト確認。映像回線ヲ開キマス』  ディスプレイにレイチェル・ウィング大佐の姿が映し出された。  一方通行の秘匿通信なので、相手からの送信を受け取るだけしかできない。 『簡潔明瞭に報告します。バーナード星系連邦の先遣隊が銀河帝国への進軍を開始し ました。その一方においてほぼ同時刻に、銀河帝国のジュリエッタ第三皇女が配下の 艦隊を引き連れて、辺境周辺地域の警備状況の視察に赴くという情報があります。お そらく先遣隊は皇女艦隊を襲撃拉致しようともくろんでいるものと推測されます。た めに、速やかなる対処が必要かと思われます。先遣隊の進撃ルートは不明、司令官に すべて一任されているもよう。第三皇女艦隊の進行ルートのデータを送信します。そ れでは、幸運を祈ります』  暗号通信が途切れた。 「うーん……、これは問題だな」  と唸って、しばし考慮中となるアレックスだった。  それはまた、言葉には出さないが『君達ならどうするかね』と質問する意思表示で もあった。  私も考えるが、君達も考えたまえ。  と、言っているのである。  もちろんそれに気づかない者はいない。  一同の討論がはじまる。  一番手はパトリシアだった。 「第三皇女が拉致されたら、これから提督がされようとしている銀河帝国との協定交 渉が暗礁に乗り上げてしまいます」 「逆に連邦側の言いなりになる可能性がでるわね」  ジェシカが言葉尻を次いで発言する。  その後は順次発言を続ける。 「奴らに先をこされないようにして、帝国皇女を保護されたらいかがでしょうか」 「それは不可能ですよ。そうするためには中立地帯を越えることになります。戦艦が 中立地帯を通行するのは、国際協定違反になります」 「そういうことね。だからこそ、デュプロス星系に滞在して、接触の機会を伺おうと していたのよ……」 「何を悠長なことをおっしゃるのですか。先遣隊は、すでに行動を起こしているので すよ」 「これは切実なる国家間の外交問題です。外交に不慣れな軍人が立ち入るようなもの ではないのです。まかり間違えば戦争に発展することもありえるのですから」  堂堂巡りであった。  皇女を救いたいが外交問題で中立地帯への進入がかなわない。  かといってこのまま手をこまねいていては連邦の思うつぼになってしまう。  後は、アレックスの決断次第であった。 「提督はどうお考えですか?」  一同が司令官の判断をあおいだ。 「そうだな……。やはり、放っておくことはできないだろう。デュプロス星系への進 攻作戦は一時延期し、中立地帯へ転進する」 「今から向かっても間に合わないのでは?」 「かも知れないが、敵艦隊の狙いが第三皇女の拉致にあるとしたら、皇女艦隊が視察 範囲の最も外縁に到達するのを待たねばならない。それ以前に侵攻すれば察知されて 引き返されて拉致に失敗することになる。いかに高速艦艇を揃えていて追撃にかかっ たとしても、帝国軍は全力を挙げ身を犠牲にしても、皇女を後方へ脱出させるだろ う」 「なるほどね。さすがは私たちの指揮官だわ。相手もすぐには中立地帯へ踏み込めな いなら、こちらにも追いつく時間が稼げるというわけですね」  ジェシカが感心して賛同する。 「おだてるんじゃない。ミルダ! レイチェルが暗号文を送信した時間を出発時間と し、敵先遣艦隊が連邦の最寄の基地を出発して銀河帝国へ向かったと想定して、その 進撃予想ルートと、我が艦隊が転進してこれを追撃するとした場合の最短ルート及び 遭遇地点と時間を計算して出してくれ」 「了解しました!」  端末を操作して航路設定を計算するミルダ。  航路に関することなら、艦隊随一の航海長。  計算はすぐに終了した。 「航路でました」 「よし! そのデータをリンダに送ってくれ。予定を変更する。スザンナ、艦隊を転 進させる」 「了解しました」  新たなる動きが発生した。  銀河帝国へ先遣隊を向かわせた連邦軍と、おそらく何も知らないであろう銀河帝国 第三皇女の一行。  皇女を拉致されないためにもと、急遽予定を変更して中立地帯へと転進したアレッ クス達解放軍。  果たして、いずれかに運命の女神は微笑みかけるのだろうか? 第一章 了
     ⇒第二章
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