エピソード集 ミッドウェイ撤退(3)

 それから一時間後のことだった。
 オペレーターが敵艦隊を発見した。
「敵艦隊。捕捉しました。方位角十二秒。上下角五・三秒。距離、三十七光秒」
「ついに来たか……」
「ぎりぎり間に合いそうですね」
「しかし、これからが正念場だ」
「そうですね」
「戦闘配備!」
「戦闘配備します」
 艦橋内を指令が飛び交い始めた。
 戦闘配備命令によって一挙に緊迫が最高潮に達した。


 その頃、共和国同盟軍第五艦隊は、バリンジャー星から程遠くないところまでに迫っていた。
 その旗艦である攻撃空母エルゴウスの艦橋。
「バリンジャー星到着まで、後三時間後です」
 オペレーターの声に腕組を外して指令を下す司令官コードバル・シグナイゼス准将。
「全艦戦闘態勢だ。索敵を出せ」
「全艦戦闘態勢!」
「索敵を出します」
 戦闘態勢となり緊張の度合いを高めていった。
 とはいえ、撤退する艦隊を追撃しているという安堵感があった。
 司令官に歩み寄る士官が一人。
「閣下。バリンジャー星には多くの女がいるというのは本当でしょうか」
 首席参謀のナイキ・シュナイダー中佐が尋ねる。
「おおうよ。よりどりみどりで全員に行き渡るほどな」
「楽しみですね」
「よだれが出てるぞ」
「いやだ。からかわないでくださいよ」
「あはは」
 大声を上げて笑う司令官。
 周りのオペレーター達もくすくすと笑っている。
 
 情報部より、バリンジャー星には、軍人達の性欲を満たすために、挺身隊の女性達が召集されているという情報が寄せられていた。
 最前線にあって激しいストレスに苛まれ、性欲に駆り立てられる軍人達を放っておいては士気の低下を招くのは必至である。そこでそのはけ口を与えるために女性達による挺身隊が組織されて、最前線に送り込まれている。
 というもののである。
 トリスタニア共和国同盟では、バーナード星系連邦の特別授産育英制度のことなど知る由もない。
 一度間違って伝えられた情報は尾ひれがついて広がっていった。

 そんな中、冷静に意見具申する参謀がいた。
「閣下。占領した惑星の女性に暴行を加えるなど許されてよいわけがありません」
 第五艦隊きっての良識派と言われるオーギュスト・チェスター大佐だった。
 彼ほど運のない軍人はいないだろう。自身が招いているとはいえ……。
 良識派ゆえに、間違っていると思われる指令に対しては、はっきりと意見具申を申し述べていた。だが、それが上官の心象を悪くして嫌われる結果を招いた。有体に言ってしまえば、世渡りが上手ではないということである。上官に対して、ゴマすり媚びへつらうことも、気に入られて昇進の条件となるということである。しかし彼にはそれができなかった。
 大佐から将軍へ昇進するためには、昇進査問委員会に諮られることが軍規に定められている。当該艦隊の司令官の推挙状の他、同僚の大佐の意見も参考にされる。当然としてチェスターの評価は低く、将軍候補として一度も挙げられたことがなかった。
 第五艦隊の大佐にまでは何とか昇進を果たしたもののそこがどんづまりだった。後から昇進してきた大佐達に追い越されて、将軍の座に就けないでいたのだ。そして定年間近の五十九歳になった。この年になっては、もはや彼に将軍への昇進はあり得なかった。大佐までの定年は六十歳であり、将軍となれば六十五歳まで延長されるとはいえ、仮に将軍となってもすぐ定年で退役では士気に影響が出る。艦隊司令官となり、その人となりが将兵達のすべてに浸透するには数年はかかるものである。やっとこれからという時にはもう退役では意味がない。そこで定年間近な将兵には、勧奨退役や後方作戦部隊への転属辞令、つまり肩叩きが行われるのだ。

 その追い越された司令官であるシグナイゼス准将が冷ややかに答えた。
「暴行? なに言っているのだ。やつらだって戦場に女を連れてきて欲求を満たしていたんだ。そのために集められた娼婦じゃないか。なんなら女子挺身隊と言い換えてもいいが。相手が連邦だろうが同盟だろうが、金さえ積めば喜んで身体を開くさ」
「果たしてそうでありましょうか? 女子挺身隊などという情報が正しいとは言い切れません。我々は連邦の組織など知らないのですから」
「馬鹿が。多くの女性が集められているのは間違いのないことなのだ。最前線に召集される女性など慰問婦以外にあり得ん」
「そうは言っても……。それに守備艦隊がいるでしょう」
「その心配はありません。敵の主力艦隊は撤退をはじめバリンジャー星を放棄したもようです」
 首席参謀が口を挟んで答える。
 彼は准将のお気に入りとなっていた。典型的なゴマすり人間。
「惑星に残る住民を回収していては時間が掛かり過ぎて撤退が間に合わなくなる。どうせ女ばかりだ、残していくのは当然だろうし、命までは取られないだろうと考えるのが自然だ」
「女達は自分達がかわりに守ってやりますよ。へへ」
 副官の一人が、にやにやしながら言った。
「おいおい。股間を膨らませていうんじゃない」
「あ、これは……。なにせ、半年近く女を抱いていないもので」

 そんな状況は艦橋だけではなかった。
 艦内のあちらこちらでは、これから向かうバリンジャー星に滞在する女性のことでもちきりであった。
「聞いたか、バリンジャー星には女がうようよいるそうだぜ」
「なんでも公設の売春宿があって、連邦のやつらは自由に欲求を満たしていたらしい」
「一刻も早くこの腕に抱いてみたいものだ」
「あわてるな、女は逃げないさ」
「しかしいうことをききますかね」
「なあに。びんたの一つ二つ食らわせればおとなしくなるさ」

「索敵機がバリンジャー星に到達しました。映像が入電しております」
「スクリーンに出せ」
「スクリーンに出します」
 正面のスクリーンにバリンジャー星の全容が投影された。
 漆黒の宇宙に浮かぶ茶褐色の惑星。
「周辺に艦艇の存在は探知できません」
「撤退したか……」
「星の住民はどうですかね?」
「残されているだろうさ。こういう場合、軍人だけがさっさと逃亡して、民間人は切り捨てられるのが普通だ」
「そうですよね。軍人にとって戦闘に寄与しない民間人はただの足手まといですから。ということは……」
「女もそのままいるってことさ」
「期待しましょう」
「よし、早速占領体制に入るぞ。全艦、全速前進でバリンジャーに向かえ!」

 と司令官が発令した途端だった。

 激しい衝撃が艦を揺るがした。
 よろけながら椅子の背もたれにしがみ付いて難を逃れる司令官。
「どうした? 報告しろ!」
 すぐさまオペレーターから答えが返ってくる。
「攻撃です。敵の攻撃を受けました」
「そんなこと……」
 言い終わらぬうちに、再び艦内に衝撃が走った。
 激しい震動とともに投げ出されるように艦の内壁に激突する参謀達。
「攻撃です。敵の攻撃」
 オペレーターが金きり声をあげた。
「馬鹿な。敵艦隊は全艦撤退したはずです」
 副官がうろたえて答えた。
「ならばこれは一体なんだ」
「それは……」
 再びおおきく揺れる艦体。
「ええい! 全艦隊応戦。全砲門開け!」
「敵艦隊四時の方角より接近中!」
 直ちに司令官は命令を下す。
「右舷急速回頭!」
 ゆっくりと艦隊が回頭をはじめ、到来する敵艦隊の方へ艦首を向けた。
「回頭終了!」
「敵艦隊との相対距離、3.2光秒」
 次々と飛来するミサイル群。
 完全に先手を取られてしまっていた。
 前方のバリンジャー星にばかり気にとられていて、後方の索敵を疎かにしていた結果であった。まさか撤退したはずの艦隊が後方から迫り来るとは考えもしなかったのである。
 被弾して撃沈していく艦艇が続出していた。
「戦艦シルベスター轟沈」
「空母ハイデルベルク大破」
「駆逐艦レンドラ撃沈」
 損害報告が繰り返されていた。

 その頃、スティールの乗艦するシルバーウィンド艦橋。
「先制攻撃に成功しました。今のところ、主導権はこちらが完全掌握しています」
 副官が静かに報告する。
「後方の索敵を疎かにするからこうなるのだ。馬鹿な奴らだ」
「敵艦隊の司令官は、コードバル・シグナイゼス准将ですね」
「聞かない名前だな」
「つい三ヶ月前に艦隊司令官に就任したばかりですからね」
「しかし全然情報がないのはどうしたことか? 司令官になるくらいだから、それなりの戦功を挙げてのことだろう。何らかしらの情報が入ってきてもいいのではないか?」
「彼は、作戦参謀からの成り上がりですね。名籍簿にも掲載されてはおりません」
「しかし同盟軍の昇進は功績点がすべてじゃなかったのか?」
「司令官が自由に配分できる評価点で昇進したのではないですかね。評価点とは作戦毎に与えられるもので、それを子飼いの部下に集中的に配分すれば何もしなくても昇進できるというわけです。つまりは自分の取り巻き連中だけを昇進させることもできます」
「無能な連中を昇進させてもしようがないだろうに」
「まあ、その最たるものがニールセン中将ですかね。自分の気に入った配下の者ばかり昇進させて、気に食わない将兵は最前線送りして葬り去る」
「奴自身もそうやって昇進したのだろうな。ゴマすりが得意なだけだが、一度将軍の位に就いてしまえば後は自由勝手だ。戦闘は無能で、口ばかり達者な連中が寄り集まっている。それが絶対防衛艦隊の諸提督達だ。要は直接の戦闘の起きない後方で、のほほんと暮らしている連中の馬鹿さ加減だな」
「最前線に送り込まれる将兵はたまらないですね」
 オペレーターが警告を発した。
「敵艦隊、射程内に入ります」
「そろそろ相手も本腰入れて反撃してくるぞ。これからが正念場だ」
 姿勢を正して指揮艦席を座りなおすスティールだった。

 先手を取られながらも徐々に陣形を整えつつある同盟軍第五艦隊。
「敵艦隊、粒子ビーム砲の射程に入りました」
「よおし! 反撃するぞ。艦隊数ではこちらが勝っているのだ、冷静に対処すれば何のことはない」
 勇躍全艦が一群となってスティール艦隊に向かった。
「粒子ビーム砲、臨界に達しました」
「撃て!」
 全艦が一斉に粒子ビーム砲を発射する。
 両艦隊同士のビーム砲の撃ち合いが開始された。
 双方共に次々と撃沈大破され、損害が広がっていく。

 その頃、スティールの指揮下にある第二分隊は丁度第五艦隊の背後を襲う位置に配していた。
 スティールの考えによれば、まともに戦っては消耗を早めるだけなので、艦隊を二分して別働隊で敵の背後から攻撃を加え、敵艦隊の攻撃目標を散らす作戦だった。
 分隊指揮官のカウパー・チャコール少佐が乗艦している戦艦ワシントン。
「敵艦隊、射程距離まで、〇・七光秒」
「ふん。敵艦隊はまだこちらに気付いていないようだな」
「股間を膨らませて、冷静な判断力を失っているのでしょう」
「言い得て妙だな。血の気が違うところに回っているようだ」
「敵艦隊、射程内に捕捉しました」
「よし。全艦、砲撃開始」

 さらなる敵艦隊の出現に一時騒然となる旗艦空母エルゴウス艦橋。
「後方より別艦隊接近!」
「伏兵が潜んでいたか。艦数は?」
「およそ三千隻」
「いかがなさいます」
「かまわん。敵は少数だ、恐れることはない。まずは前面の艦隊を叩く」
 この時点での裁量としては最善であろう。
 兵力を分散するのは得策ではない。後方からの攻撃により多少損害は増えるが、まずは前面の敵を殲滅することの方が大切だと判断されたのである。