エピソード集 ミッドウェイ撤退(2)

  II


 第七艦隊から分かれたスティール率いる輸送大隊と護衛艦隊の目前にバリンジャー星が現れた。
 バリンジャー星には連邦軍の最前線補給基地があった。同盟へ侵攻する際には、必ずここへ寄って補給したのちに、進撃を開始するのである。
 今そのバリンジャー星に、第七艦隊撤退の間隙をついて敵艦隊が押し寄せてきている。一刻もはやく当惑星の住民の収容を急がねばならない。
「護衛艦隊はこのまま軌道上に待機。輸送隊は降下して住民の収容にあたれ」
「はっ」
「それから早速索敵の部隊を出して敵の進撃ルートを探知するのだ」
「了解」
「とにかく、敵艦隊がどこから来るかが判らない限り、我々はどうしようもない」
 スティールは指揮官席に深く座り直した。
 目の前のスクリーンに大きく映されたバリンジャー星。住民を収容するために輸送隊が次々と降下をはじめている。
「バリンジャー星か……」

 その惑星の直径は約四千キロ。ほとんどが濃い二酸化炭素の大気に覆われ、地上は砂漠の不毛の惑星である。微かに酸素や水蒸気は見られるものの、生命維持装置の助けを借りなければ生きられない。
 とはいえ、共和国同盟への最短進撃ルートにあたるこの地には、大規模な基地建設が行われ壮大な宇宙空港及び燃料補給設備と、地下には巨大な居住施設が縦横に走るトンネルで結ばれて点在していた。
 軍事施設に従事する十万人の他、約七十万人におよぶ民間人が暮らしている。
 その民間人のほとんどが女性とその子供ばかりで、基地に併設された授産施設のために集められているのであった。授産施設は、その名の通り未婚の女性達が、この地に立ち寄った将兵の相手をし子供を宿すための施設である。
 連邦では戦争により戦死する男子の続出で人口男女比がニ対三という極端な構成になっていた。一夫一妻を堅持する限り結婚できない女性が出るのは必定であるが、だからといって子供を産む能力のある女性を遊ばせておくわけにもいかない。
 長期化した戦争を維持していくには、局地での戦闘に勝つ以上に、戦争による人口の減少を食い止め、一人でも多く増やす政策を推し進める必要がある。
 そのために連邦で取られた政策が、結婚からあぶれた未婚女性に対する特別授産育英制度、通称『未婚の母親制度』であった。
 そのための授産施設が各軍事基地に併設の形で建設され、未婚の母親となる環境を与えていたのである。ここもその一つで、施設は軍の保健部が運営・管理しており、全国から未婚の女性が集められ子作りに勤しんでいた。
 女性はすべて月経といった生理周期を保健部に把握されており、妊娠可能日に限って施設へ出頭し、妊娠が許されることとなる。妊娠が確認され次第、母子寮へ入居して出産・育児の生活に入ることになる。
 未婚女性が一人で生活するには、その生活費と住居を確保するために、自分で働かなければならず苦労ばかりあって楽なものではなかった。ところが特別授産育英制度の下で子供を産んだだけで、軍が管理する母子寮に無償で入居できるうえに、子供が成人するまでの養育費とともに母親の生活費をも自動的に支給されるのである。というよりも、子供をたくさん産めば産むほど、その母親としての生活はより安定し裕福となることが保証されていた。まさしく子宝に恵まれるという表現がぴったりであったので、結婚できない女性達はこぞって特別授産育英制度の恩恵にあずかることとなったのである。
 あくまで女性が子供を宿すための施設であって、男性の性欲を満たすための施設ではないということを強調しておかなけらばならない。かつてのヤマト民族が挺身隊や慰問婦などという制度で、男の性欲を満足させて士気の低下を防ぐために、強制的に婦女子に不特定多数の相手をさせていた時代があるが、それとは根本的に思想がことなっているのだ。

 このような話を共和国同盟の人間が聞けば、間違いなく女性蔑視だと憤慨するだろう。しかし思想など教育次第でどうにでもなるのだ。例えば
『スカートは女性が着る衣服だ』
 と、誰しもが思っているはずだが、物心付いた時からそういうものだという風習や教育があったからこそのものなのである。

 長期化した戦争を勝つために、子供を産んでくれる女性は絶対最優先的に守らなければいけない。
 女性達を一人残らず無事に本星に送り返すこと。
 それが今回、スティール中佐に与えられた指令であった。
「バリンジャー星か……」
 スクリーンに映るバリンジャー星を見つめながら、スティールは深いため息をついていた。
 バリンジャー星は補給基地であると同時に、特別授産施設平たく言ってしまえば生殖の最前線基地ともいえる惑星である。連邦の法律や軍規に純然と従う男女が、人口増進のために日夜生殖に勤しんでいるわけだが、共和国同盟には真意が歪曲して伝えられて公設売春センターであるかのごとく報じられていることを、スティールは苦々しく思っていた。
 彼女達を残したまま撤退すれば、股間を膨らました同盟軍の将兵達の餌食とされることは明白であった。
 同盟軍将兵にとって自国の女性を襲えば強姦罪に問われるが、占領した惑星の女性に対しては何等法制上の束縛は存在しない。占領した時点では同盟でもなく連邦でもない軍の統括地となるわけで、すべては軍規がものをいう。軍規に従うかぎり当地の女性を手込めにしようとも、それを引き止めることはできない。古今常識的な行動である。
「中佐。索敵に出していた部隊が敵艦隊を発見しました」
 通信士の報告で我に返るスティール。
「敵艦隊が本星に到着するまでの推定時間は?」
「はっ。敵艦隊が現在のコースと速度を維持したとして、約六時間後になります」
「速すぎるな……」
「せめてあと三時間くらい余裕があれば、十分間に合うと思うのですが」
「時間がなければ時間をつくるだけだ」
「といいますと?」
「護衛艦隊を本星の前衛に展開させ迎撃作戦を行う」
「待ち伏せですか」
「その通りだ。時間を稼ぐために、敵艦隊に波状攻撃をかける。一斉攻撃したら一旦退却し、体制を立て直した後に再び一斉攻撃を行ってまた引く、これを数次に渡って繰り返すのだ。これで敵の行き足は大幅に遅れるはずだ。その間に惑星住民の収容を間に合わせる」
「うまくいくでしょうか?」
「いくもいかぬも、これしかない」
「……」
「しかし、仮に収容が間に合ったとしても、足の遅い輸送艦隊だ。すぐに追い付かれて背後を襲われるのは目にみえている。そこで、もう一つの作戦を同時に遂行する」
「作戦?」
「この惑星を自爆させるのだ」
「惑星を自爆させるのですか」
「そうだ。惑星を自爆させて、接近した敵艦隊を葬り去るのだ」
「うまくいきますかね」
「全滅とまではいかなくても、追撃してくる士気を削ぎ落とすくらいはできるだろう。我々の任務は、敵艦隊を討つのではなく惑星住民を避難させることだ。惑星の一つくらい破壊しても、戦術上差し支えないだろう」
「わかりました。司令がそこまでおっしゃるのなら、作戦に従いましょう」
「うむ。直ちに惑星爆破の準備にかかりたまえ」
「はっ」

 一人きりになったのを確認して、スティールはコンピューターに向かった。
「この惑星の自爆装置の暗号コードを」
「認識番号ト所属オヨビ名前ト階級ノ順ニ、声ヲ出シテ入力シテクダサイ」
 コンピューターのセキュリティーシステムが作動し、合成音によるチェックが始まった。
「認識番号51396A17、第七艦隊首席参謀、スティール・メイスン中佐」
 声を出して入力するのは、音声分析によってシステムに登録されているスティールの声紋と照合して本人の確認をするためである。通常のチェックならこれだけで大概済むはずであるが、惑星自爆という重大さから、さらにもう一段先のチェックがあった。機器の一端からレーザー光が発せられて、スティールの眼球を照らし、その網膜パターンの読み取りを開始した。
「プレグニッションコードヲドウゾ」
「389H6B77」
「結構デス。シバラクオ待チクダサイ」
 システムによって登録情報の確認がなされるのに時間がかかった。ここのシステムにはスティールの全情報は記録されておらず、バーナード本星のシステムに機密回線によってアクセスして情報を取り出さなければならないからである。
 ややあってシステムが応答した。
「スティール・メイスン中佐ヲ確認シマシタ。自爆連番コードヲ表示シマス」
 ディスプレイに自爆連番コードが表示され、スティールはそれを頭に叩きこんで記憶した。機密情報であるために、他人の目に触れないようにしなければならないからである。
 スティールは早速入手したばかりの自爆連番コードを入力して、自爆制御コンピューターにアクセスして、自爆のセットアップをはじめた。自爆連番の最終コードを入力してから自爆までの時間として、初期設定の六十分を五分に変更し、遠隔誘導システムをオンにして誘導周波数をセットした。もちろんそれは、旗艦から遠隔で自爆させるための準備である。その他諸々の設定を施してシステムを閉じた。


 スティール率いる輸送大隊の艦船が惑星宇宙港へ入港し、各地に分散した授産施設や母子寮から多くの女性達が集められて、避難のための搭乗がはじめられた。妊娠し大きなおなかを抱えた女性、乳児を抱きながら片手に小さな子供を引き連れた女性、人口を増進するために産むことを教育され奨励されて、その役目を担った女性と子供達の群れ。
「中佐殿。こうやって眺めると壮観ですね。総勢六十万に及ぶ女性すべてが、妊娠しているか子供を引き連れている」
「そのためにここに招集されているのだからな」
「あの中には、自分の子供を宿した女性もいるのでしょうけど、これだけの数の中から彼女を探すのは不可能ですね。もっとも緊張していてその顔をあまり覚えてはいないのですが」
「仮にその女性に出会ったとしても、結婚できるわけでなし相手に迷惑なだけだ。妊娠が確認されるまでは、自分以外の幾人かの男性の相手をしているわけだから、受胎した相手が誰かは特定できないのさ」
「え? 本当ですか。男女が交われば必ず子供ができるのではないのですか」
「犬・猫などは交尾すればほぼ百パーセント妊娠するがね。人間はそうはいかんらしい。これは妻から聞いたことだが、女性には受胎可能期間がほぼ毎月数日間だけあるそうだ」
「毎月数日間だけ?」
「その時に交わった時のみ妊娠できるそうだ。しかも必ず妊娠するとは限らなくて……」
 スティールは妻から聞いた女性の生理と妊娠についての知識を話して聞かせてやった。
 バーナード星系連邦に生まれたすべての男性は、生まれた時から軍人としての教育・鍛練のみ受けてきたのであり、ほぼ男女隔離された状態で育った環境においては、女性の生理や妊娠のメカニズムについては一切の知識を持ち合わせていない。ましてや女性の身体的特徴すらまともに知らないのが現状であったのだ。そのような男性が女性の身体にはじめて触れるのは、保健部より授産施設への出頭が命じられて、子作りのために女性に見合わされた時である。もちろん女性経験のない男性が子作りの何たるかを知るよしもないので、すでに子供を持つ経験豊富な女性があてがわれて、はじめての経験を知ることになるのである。
「そうだったのですか。女性ってのは複雑なんですね」
「肉体的なところもそうだが、精神面でもいろいろ複雑だよ。君もいずれ適当な女性を与えられて結婚することになるが、一緒に暮らすというのはいいもんだぞ。男と女は結ばれる運命にあるのだからな」
「はあ……」
「さて、そろそろ出発するとするか」
「はっ。すでに護衛艦隊は燃料補給を終えて発進準備を完了しております」
「よろしい」