陰陽退魔士・逢坂蘭子/第六章 すすり泣く肖像
其の参  安子にとって幸せは長くは続かなかった。  二人の関係が学校側に知られるところなり、稲川教諭は三ヶ月間の自宅謹慎となった。  せっかく良い雰囲気になったというのに、このまま会えないままとは寂しい。安子は稲 川教諭の自宅へ密かに通い始めた。  とはいえ、危ない関係になるということではなかった。  日がなキャンバスに向かってデッサンを続ける日々が続いていた。  この頃から安子は体調を崩す日々が多くなった。突然めまいを覚えたり、一日中だるさ を感じるようになっていた。  日に日に痩せていく安子。  はた目にもその異常さが良くわかるものだった。  安子の変わりように、クラスメート達が忠告する。 「安子。稲川先生の自宅に通っているみたいだけど、やめた方がいいんじゃないの?」 「そうよね。後ろめたい気持ちがあるから、精神的に疲れてきているのよ」 「そうは言うけど……」 「モデルやってるってことだけど、まさかヌードモデルじゃないでしょ」 「とんでもないわ」  恋は盲目。何を言っても無駄のようであった。  このままにしていては、取り返しのつかないことになる。  ついに蘭子が動き出した。  稲川教諭の自宅前。  蘭子が姿を現す。  ベランダを見上げたかと思うと、まるで忍者のように軽々と塀を飛び越えてベランダに 乗り移った。  そこからは部屋の中がよく見えた。  折りしも稲川教諭が安子の肖像画を描いている最中だった。  壁には所狭しと肖像画が飾られている。中に一つだけ稲川教諭の自画像と思しき額がひ ときわ異彩を放っていた。 「もうじき完成だよ」 「ええ……」  答える安子は意識朦朧として虫の息同然のようであった。  突然、窓が開け放たれて蘭子が姿を現す。 「そこまでにしてくれる?」 「君は逢坂君じゃないか」 「いつまで講師ぶっているつもり? 正体を現したらどうなの?」 「何のことですかね」 「では、これではどうです」  蘭子が封印を解く呪法を唱えると、壁に掛けられた肖像画から魂が飛び出し部屋の中を 舞い始めた。すすり泣いたり、涙を流す肖像画もあった。 「ほう……。陰陽師というわけですか」 「おまえは、人の魂を絵に写し取り、封じ込めてしまう妖魔だ」 「まるで悪者のような言い方ですね」 「そうではないのか?」 「私は、女性達の願いを叶えてあげているだけですよ」 「願いを叶える?」 「永遠の若さがほしい。いつまでも若くありたい。そんな女性達の願いを、肖像画にして 叶えてあげているのです。肖像画になれば永遠に年をとりませんからね」 「それで肖像画に魂を封じ込めているのか」 「肉体は老いさらばえ朽ちてしまう。それを防ぐことは不可能です。せめて美しい時の姿 を肖像画として残し、魂を写し取って封じることは罪ではないでしょう。本人の希望なん ですからね」 「希望なんかではあるものか! そう思っているのはおまえのエゴだ。ここにある肖像画 は嘆き苦しみもがいている」 「見解の相違ですね」
     
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