陰陽退魔士・逢坂蘭子/第一章・夢魔の標的
其の捌
「結界か……。こしゃくな真似を。しかし、その中にいても私を倒せないぞ」
蘭子は答えずに黙々と呪文を唱えていた。
と、突然。
御守懐剣の刀身で自分の人差し指に傷をつけた。
そのしたたり落ちる鮮血を、刀身に吸わせるようにしながら、今度ははっきりとした言
葉を発した。
「先祖より代々伝わりし虎徹よ。いにしえの契りにより、その本性を現わし、我に応え
よ」
するとどうだろう。
懐剣が輝きだし、その形を変えて長剣へと変貌し、その刀身からすさまじいオーラを発
し始めた。
この妖しく輝く長剣こそが、【長曾禰虎徹】が鍛えし本来の姿で、その刀身には魔人が
封じ込められていた。
蘭子の先祖である安部清明の子孫が修行で江戸に赴いた時、世間を騒がす魔物と対峙す
ることになった。修行者は江戸で買い求めていた虎徹を使って、その中に魔人を呪法で封
じ込めることに成功した。その後、その修行者が亡くなり、虎徹は人から人へと渡ってい
った。しかも封じ込められた魔人の力によって、その虎徹は人斬り剣となって、数多くの
民衆の血を吸い続けたという。
虎徹の持つ鋭い切れ味と、刀身に刻まれた見事なまでの彫刻によって、有力武家が欲し
がり所持している者を殺してまでも手に入れようとした。
魔剣となってしまった虎徹。安部家の子孫であり神道をも極めた土御門家の修行者の一
人が、虎徹を再び御守懐剣として人殺しをできない形状にして封じ込めに成功したという。
力を封じ込められてしまった魔人は改心し許しを乞うた。そこで修行者は契りを結ぶこ
とによって、一時的に懐剣から解放し、懐剣を持つ者と共に魔物と戦うことを約束させた。
魔物と戦い続け、この世にさ迷う魔退治した時、降臨して封印をすべて解いてやることに
したのだ。
これが蘭子の家に伝わる御守懐剣の秘密だった。
虎徹を下段に構えて、結界から出てくる蘭子。身体中からオーラが発散していた。これ
は虎徹から解放された魔人と精神融合して、その能力を身に付けた証でもあった。だから
といって、魔人に精神を乗っ取られたのではなく、完全に魔人をコントロールしていた。
「ほほう。退魔剣というわけか……。なら、これでどうだ」
というと、智子の背後に飛び移って、人質にとった。
蘭子は意に介しないという態度で、剣を大上段に構えなおした。
「この虎徹。人を斬る剣にあらず。魔を封じ滅ぼす退魔剣なり」
言うなり、大上段から剣を振り下ろした。
まばゆいばかりの光の渦が地を走るようにして妖魔に向かって襲いかかった。
苦しみもがく妖魔。
素早く駆け寄り、護符を貼り付ける蘭子。
やがて妖魔から白い靄のようなものが浮かび上がり、弾けるように消え去った。
崩れるように地に伏した達也の身体に変化が現れた。
白い羽根や長い爪が消え去り、ごく普通の女の子の身体になった。
女性の精気を大量に注ぎ込まれて女の子になってしまった身体は、元の男である達也に
は戻れないようだった。
一方の智子は、茫然自失のまま身動きしなかった。
「智子、しっかりして」
その身体を揺すぶって気づかせる蘭子。