陰陽退魔士・逢坂蘭子/第二章 夢幻の心臓

其の捌  意を決して門をくぐる蘭子と警察官の二人。 「ごめんください!」  蘭子のよく通る声が奥まで届き、主人らしき人物が玄関先に現れた。  目はどこか虚ろで疲れきったような足取りだった。 「何かご用ですか?」 「お亡くなりになられたお嬢さんのご焼香に伺いました。それと奥様にご挨拶を」  途端に主人の顔色が変わった。 「どういうご関係かは知らぬが、会わせるわけにはいかぬ」  すごい形相だった。  しかしここで引き下がるわけにはいかない。 「ご近所の皆さまから伺った話ですが、お嬢様はお亡くなりになられたというのに、奥様 は死んでいないと言い張って、看病を続けているというじゃありませんか」 「そ、それがどうした」 「おかしいとは思いませんか? お嬢様がお亡くなりになって十五日ほど経ちますが、普 通なら腐敗がはじまって異臭が屋敷中に漂っているはずです。純日本家屋ですから、異臭 が部屋の外に出ないはずがありません。もしかしたら亡くなった時の状態を保ってらっし ゃるのではありませんか? 違いますか?」  主人は言葉に詰まって返答できないでいる。  図星だなと判断した蘭子は、追い討ちを掛けるように言葉を続ける。 「もう一つ、お伺いしますが、奥様はどうなされていますか? ちゃんと食事を摂られて いますか? 十五日も食事をしなければ死んでしまいますよね」  矢継ぎばやに繰り出される質問に、主人は答を見出せない様子だった。  しばらくうなだれていたが、意を決したように口を開いた。 「わかりました……。とにかく会っていただきましょう」  玄関を上がって長い廊下を歩いていく。エアコンは見当たらないが、開け放たれた障子 など、換気は十分で吹き抜ける風は冷たい。  家中がひんやりと冷え切っているような感じだ。  主人、蘭子、刑事二人の順で廊下を歩く。  やがて閉めきった部屋の前にたどり着く。  さすがに死人のいる部屋を開けておくことはできないようだ。 「こちらです」  主人が立ち止まって障子を開く。  信じられないような情景が目に飛び込んでくる。  布団に横たわる少女。  まるで生きているような表情をしていた。  しかし少女は死んでいるはず。  そして枕元に正座して、少女をやさしく見つめるようにしている母親。  しかし、それは現実ではありえないはずのものだった。  まるで時が凍えていうような情景であった。 「本当にお嬢様は亡くなられているのですか?」  若い刑事が念のために質問した。 「はい。もう十五日になります。心臓病でした」 「変死事件が始まったのもその頃ですね」  若い刑事が口をはさんだ。 「ここでそんな話をするもんじゃない!」  ぶしつけな質問をするのを、刑事課長がたしなめた。 「いえ、確かにそうなのかも知れません。心臓移植を希望していたものの、ドナーが現れ ずに死んだ娘。それから始まった「娘は生きている」と主張する母親の狂気ですが、そこ に悪魔かなんかが取り付いてしまったのではないかと。この部屋の光景が物語っていると 思います。娘は他人の心臓を与えられて、腐ることなく生き続けているのです。いや、生 かされているのだと。そしてまさしく、心臓を届けているのが妻なのです」  部屋の前で数人が集まって話し合っているというのに、部屋の中の住人はまるで聞こえ ないかのように静かなものだ。
     
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