陰陽退魔士・逢坂蘭子/第四章 夢見のミサンガ
其の壱  近鉄南大阪線大阪阿部野橋駅。  賑やかな界隈を連れ立って歩く蘭子たちがいた。  それぞれにアイスクリームなどを頬張り、小脇に写生道具を抱えている。 「まったく……。美術の田丸の野郎!」 「ほんとに高校生にもなって、動物園で写生だなんて、何考えとんじゃ!」 「幼稚園児や小学生ならともかくだよ」 「じろじろ見られて恥ずかしかったよ」 「いつか焼き入れたるで!」  彼女達が息巻いているのには訳があった。  本日の六時限目の授業は、国語で担当教諭の都合で自習になるはずであった。六時限目 であるから帰ってしまうことも可能であったのである。  ところが五時限目の美術教諭が、国語教諭の許可を貰って、二時限連続の美術にしまっ たのである。そして天王寺動物園での写生授業となったのである。  本来なら楽しいはずの自習時間が奪われてしまったのだから、彼女達が憤慨するのも当 然であろう。 「田丸の馬鹿やろう!」  智子が叫びたくなるのも無理からぬこと。  田丸教諭の悪口を言い合いながら歩き続ける一行。  ビルとビルの狭間の窪地に露店を出している人物がいた。仲間の一人の京子が気がつい て近寄ってゆく。 「あら占いかと思ったら、アクセサリー屋さんね」  小さな机を黒いシーツで覆って、その上に数点のアクセサリーを並べているというみす ぼらしいものだった。 「なんだ、これだけしか売っていないの?」 「はい。これだけです」 「売れているの?」 「いえ、売るために出しているのではないのです」 「売りものじゃないの?」 「はい。差し上げるためのものです」 「どういうこと?」 「つまりです。こんな暗い窪地に潜むようにしている私にあなたは気がつかれ声を掛けて くださった。霊波の共振というか、霊感波長が似通っているのです。これは私とあなたの 間に共通するインスピレーションがあったからです。これらの品々はそんなあなたに幸せ になってほしいとの願いから差し上げている夢見のアクセサリーなのです」 「夢見のアクセサリーね……」 「どうぞご遠慮なくお受け取りください。どれでも一つお気に召したものを」  改めて机の上のものを品定めする京子。  といっても指輪、ネックレス、イヤリング、ブローチ、ミサンガの五点だけしかない。 「このミサンガでいいわ」  品物を取り上げて手首にはめてみる。 「でも、ただで貰うというのもね……」  と言いながら、財布を取り出して、 「はい、五百円でいいわね」  机の上に五百円硬貨を置いた。 「そうですか……。では、ありがたく頂いておきます」  気にも留めずに普通に受け取る露天商だった。 「ありがとうね」  手首にはめたミサンガをくるくると回しながら、その場を立ち去る京子。一同もその後 についていく。 「五百円は高かったんじゃない?」 「いいのよ。こういうのって気持ちよ。気持ち。何たって夢見のミサンガなんだから」 「まあ、京子がそう思っているのなら、どうでもいいけどね」  ワイワイガヤガヤと、その場を離れていく一同。  そして客のいなくなった露天商はというと……。  ニヤリとほくそ笑んだかと思うと、スーと姿が消えてしまった。  まるでそこには誰もいなかったような侘しい窪地があるだけだった。  ふと立ち止まり、振り返る蘭子。  何か気配を感じたようであった。 「蘭子、なにしてんのよ。行くよ」  急かされて歩き出す蘭子だった。
     
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