陰陽退魔士・逢坂蘭子/第三章 夢鏡の虚像
其の拾玖  道子の部屋。  ベッドに寄りかかるようにしていた蘭子の意識が戻った。 「大丈夫か、蘭子?」 「はい。大丈夫です」  答える蘭子の懐からは、御守懐剣の虎徹が覗いていた。 「そうか……。虎徹を呼び寄せたのか」 「苦しい戦いでした。呪法や式神だけではとても……」 「そうかも知れないな」  二人ともが揃って道子の方に視線を向けた。  夢鏡魔人は倒した。残る問題は道子の容体だけである。 「道子は?」 「大丈夫だ。かなり弱ってはいるが、護法をかけておけば、二三日ですっかり良くなるだ ろう」 「ありがとう。おばあちゃん」 「なあに、友達を助けようと一所懸命に勉強し、命を掛けて頑張ったんだ。そんな孫娘の ためなら、いくらでも力を貸すさ。さてと……、後片付けをするとしようか」 「はい」  手分けをして、部屋の周囲に置いた燭台や魔鏡などの道具を丁寧にしまい込み、ついで に道子(魔人)が散乱させた部屋もきれいに片付けてゆく。倒れたタンスは式神を使役し て元に戻した。  やがて、道子の両親と刑事二人の待つ居間へと降りてくる二人。 「宮司!」  その姿を見て、両親が立ち上がる。 「大丈夫です。娘さんは助かりました。取り付いていた魔物は退治しましたから」 「本当ですか?」 「無論です。しばらく安静にしていれば、元気になりますよ」 「あ、ありがとうございます。様子を見に行ってもよろしいですか?」 「もちろんですとも」  喜々として階段を上がって道子の部屋へと向かう母親。  その姿を見送りながら、父親が晴代に礼を述べる。 「本当にありがとうございました」 「いやいや、礼なら孫娘に言ってやってやってください。魔物を退治したのはこの孫です から」 「蘭子ちゃん、ありがとう。道子が聞いたらどんなにか喜ぶでしょう」 「とんでもない。当然のことをしたまでですよ」  両手を横に振って礼を言うまでもないことを表現している蘭子。  とにかく円満解決した喜びに溢れている一同であった。 「さてと……」  晴代が井上課長に向き直る。 「刑事さん達は、これからどうなさるおつもりじゃ」  夜道で道子に絡んで惨殺された事件が残っていた。  証言を裏付けるための事情聴取が必要ということで、この家を訪問したのであるから、 何もしないで帰るわけにもいかないのだが……。 「ともかく今夜は、このまま引き上げましょう」  しばらく安静という判断なら、枕元での聴取もかなわないだろう。  道子の家を出てくる刑事二人。 「どうしますか? 報告書」 「どうしますかと言われてもな……。男に絡まれていた、か弱い少女が、自分の力で図太 い二の腕を捻じ曲げ、その首根っこから頭をもぎ取って、十数メートル先に放り投げた。 と、証言通りに書くのかね?」 「上層部は信じないでしょうね」 「まあ、暗がりのことでもあるし、目撃者の見間違いということで落ちだな。犯人は通り すがりの怪力男ということにしておこう」 「それが無難ですかね……。なんか、今回も迷宮入りになりそうです」 「運がないと、あきらめようじゃないか。さて、もう一度、殺害現場に行ってみるか」 「はあ……」  刑事達が立ち去った後に、蘭子と晴代も出てきた。  大きな背伸びをする蘭子。 「あ〜あ。気分がいいわ」 「眠くはないのか?」 「どうかな、ついさっきまでは、気が張り詰めていたから。横になって目を閉じたら、そ のまま朝までバタン・キューかもね」 「丁度明日は日曜日だ。昼まで寝ていると良い。晴男には儂から言っておく」 「ありがとう。でも大丈夫よ。若いんだから」 「あてつけかね、それは」 「あはは……」  仲良く並んで談笑しながら、夜の帳の中へと消えてゆく二人だった。 夢鏡の虚像 了
     夢見のミサンガ
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